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はじめてのおつかい(you様リクエストありがとうございます!)
しおりを挟む「やらかした!」
銀縁眼鏡が割れそうな勢いで頭を抱えるセバに、セバの隣でお茶の淹れ方の特訓をしていたリトが跳びあがる。
「セバ? どしたの?」
覗き込むリトのふわふわの耳としっぽが、心配そうにゆらゆら揺れて
「ぐ──!」
胸を押さえたセバは、吐息した。
「失敗した。今日はジゼさまが大すきな露店の菓子屋の新作発売日だった! が俺はゲォルグさまの執務で帝宮に行かねばならん。執事も侍従も従僕も皆今日は忙しくてな、行列に並ぶ時間がない」
リトはちいさな手を挙げる。
「あい!」
ちいさきものを見るようにセバが蘇芳の瞳を細める。
「どうした、リト」
「おつかい、行きまし!」
「……は?」
「ジゼしゃま、お菓子、大切! おつかい、僕、やるでし!」
あんぐり口を開けたセバが、硬直した。
「ま、まさか、これは初めてのおつかい──!? ちょ、ちょっと待てリト、今、護衛隊を組織する!」
銀縁眼鏡が割れそうなセバに、リトはあわあわ首を振る。
「おつかい、ひとり、行く!」
胸を叩くリトのほわほわのしっぽが、ぶんぶん揺れる。
「僕、できる、でし!」
中身はおじちゃんだからね。
うむうむするリトをよそに、セバが駆けだした。
「ジゼさま、緊急事態です!」
バァン──!
執務室の扉をブチ開けたセバに、ジゼが月の眉をあげる。
「セバ、今は領地の重要議題で忙し──」
「リトが『初めてのおつかい』に──!」
ジゼが、刮目した。
「なにィイ──!? 護衛隊は組織したのか!」
「只今!」
引きずる足で、ぽてぽてセバの後ろを追ってきたリトが、ぷっくりふくれる。
ほわほわのしっぽも、不満を表すように、ぼふぼふ揺れた。
「僕、おつかい、ひとり、行ける、でし!」
きゅ、と両の拳を握って、上目遣いで訴えるリトに、くしゃりと笑み崩れそうになったジゼが、あわてて凛々しい顔面を立て直す。
「あ、あぁ、勿論だ、リト。おつかいに行ってくれるのか」
「あい!」
ぴしっと手を挙げるリトのふわふわの耳としっぽが、ぶんぶんだ。
「く──!」
胸を押さえてうずくまるジゼとセバは流行りの癖で忙しいみたいなので、リトはお使いの準備を始めた。
「おかね。ちじゅ!」
噛んだ!
「えとえと、おかね、これ、1、ドデぃ、これ、10ドデぃ?」
ちいさな銅貨と、大きな銅貨を掲げて首を傾げるリトに、胸を押さえて呻いたままのセバが頷いた。
「あ、ああ、そうだ」
「り、リト、かばんと財布は、これを」
ふわふわの羊さんの毛糸で作られた、真っ白なほわほわ鞄と、おそろいの羊の毛でつくられた真っ白ながま口のお財布を、ジゼが渡してくれる。
「ありあと、ござまし」
ふわふわ鞄を持って、ほわほわしっぽを揺らして頭をさげるリトに、耳の紅いジゼが顔を覆った。
「リト、地図を描いた。ここがジェディス家、市場の露店がここだ。街中を通っていくことになる。……その、辛い目に遭ったら、すぐ帰って来い」
眼鏡の向こうのやさしい瞳に、リトの胸は、ぽかぽかする。
「おつかい、できるでし!」
ちっちゃな拳を掲げて、しっぽをふりふりして、笑った。
セバとジゼが、倒れてた。
「たいへん!」
あわあわするリトに
「だいじょぶだよ、行っておいでー」
赤い頬のテデが、手を振って見送ってくれた。
セバが授けてくれたお金と地図と、ジゼが授けてくれた鞄と財布を持ったリトは、久しぶりにジェディス家の外に出た。
引き摺る足は、ちっちゃい。背がちっちゃいから、仕方ない。
た、短足じゃないと、信じてるもん──!
涙目じゃないもん──!
ちっちゃい足では歩くのも遅いが、頑張れば着くだろう。
しかし売り切れる前に辿り着かないと!
「がんばりゅ!」
噛んだ!
しょんぼりしたしっぽと耳とジゼが誂えてくれた真っ白な従僕服とほわほわ鞄で、リトはぽてぽて街に出た。
ジェディス家は帝宮の近く、高位貴族たちが住まう一角に居を構えている。
閑静で広やかすぎる貴族の邸宅が立ち並ぶ区画を越えると、街は急に賑やかになった。
たくさんの人が、市場を目指して歩いてく。
「まあ、獣人よ」
「こんなところを歩くなんて」
「汚いな、こっち来るなよ」
「臭──!」
口撃が降ってくる。
いつものことだ。
忘れそうになるほど、セバもテデもゲォルグもジゼも、やさしくしてくれた。
皆の蔑みの目を、憎しみの口を、見あげる。
──あなたの顔のほうが、鬼だよ。
言い返したら、殴られて蹴られて、酷い目に遭うから。
ジゼがくれた服も鞄もドロドロにされて、セバがくれたお金を奪われてしまうから。
ぎゅ、と唇を噛んだリトは、足を引き摺った。
「うわ、引きずってる!」
「魔素だよ、移るぜ!」
「汚い!」
「来るな!」
石を投げられそうになったリトが、ジゼがくれた鞄を抱えて守ろうとした瞬間
ドォオン──!
突然現れた数多の氷の礫が、リトを虐げようとした輩を、撃ち倒した。
「ぎゃあぁアァ──!」
「痛ェ──!」
「怖ぇえ──!」
「ひぃイ──!」
氷の礫に撃たれて青痣を作った人々が、泣いて逃げた。
「……え?」
びっくりしたリトが、振り返る。
冷たい凍気が、指にふれた。
「……ジゼ、しゃま……?」
確かBLゲームで、扱える者の少ない氷魔法が得意なのは、ジゼだった。
ジゼの魔力が、香った気がする。
ぴんと立ったリトの耳が、辺りの喧騒を掻きわけ、ジゼを探す。
いつもならすぐ見つけられるのに、何かに阻まれるように音が消えた区画がある。
……隠蔽魔法?
首を傾げたリトのしっぽが、ぱたりと揺れた。
ふわふわ、頬が熱くなる。
忙しい執務の最中だったのに、きっと心配して、ついてきてくれたんだ。
はじめてのおつかいをリトが頑張ろうとしていたから、見えないようにして、きっと応援してくれてる。
「ありあと、ござまし」
ふわふわ揺れる耳としっぽで、音と姿の消えた区画に、頭をさげる。
「ぐぅ──!」
聞こえないはずの向こうから、呻きが聞こえた気がした。
「ぐ──!」
近くでも、声が聞こえる。
「?」
ふわふわのしっぽと一緒に、首を傾げるリトの向こうで、真っ赤な顔で胸を押さえた人たちが、うずくまってる。
おお、この癖、ほんとに帝都で大流行してる!
リトも一緒に胸を押さえてみた。
ふわふわのしっぽも楽し気に、ふさふさ揺れる。
「はぅあ!」
真っ赤な頬を両手で覆った人たちが、くずおれた。
セバが描いてくれた地図は完璧だ。
くるくる地図を回したリトは、引きずる足で、ぽてぽて進む。
「獣人だ!」
「いやあね」
「臭い!」
リトを嘲る口には、速攻で
ドォオン──!
氷の弾が撃ち込まれた。
正確無比すぎる氷魔法だなんて、間違いなくジゼだ。
夏ならかき氷みたいでちょっとうれしいかもしれないが、まだ肌寒い春だし、でっかい氷だし、涙目になった人たちが顎を外してる。めちゃくちゃ痛くて泣いちゃうよね!
酷いことを言うと、酷い目に遭うんだよ。
「ありあと、ござまし」
ジゼの援護に、ふわふわ熱い頬で、ほわほわ揺れるしっぽで頭をさげるたび、
「ぐぅ──!」
隠蔽区画からも、街の人からも、声があがる。
「?」
もふもふ揺れるしっぽと一緒に、リトは首を傾げる。
何となく、後ろで、赤い顔で胸を押さえる人が、増えてる?
ジゼの援護に守られつつ、ぽしぽし歩いたリトは、市場に到着した。
……しっぽを追いかけてくる人が、増えてる? 気のせい、かな?
「いらっしゃい、いらっしゃい!」
「焼きたてだよー!」
すごい人!
たくさんのお店!
しかしセバの地図は完璧だ!
地図を一生懸命見て歩くリトの耳としっぽが珍しいのか、真っ赤な頬で動きを追うように見つめる人が後ろに連なってる気がするんだけど、気のせいかな?
新作発売の露店の前は、行列だ。
リトが最後尾に並ぼうとすると
「獣人──!」
「いやだ、来ないで──!」
叫んだ人の口のなかに
ドォオン──!
氷が撃ち込まれて倒されたので、あんまり並ばなくて済みました!
「ジゼしゃま、ありあと、ござまし」
ふわふわ熱い頬で、頭をさげる。
「ジゼさま、思いっきりバレてますよ」
見えない区画から、セバの声が聴こえた気がした。
「い、いらっしゃいませー!」
『氷魔法ぶっ放さないでくださいね!』引き攣った顔に書いた店員さんに、リトはちっちゃな拳を掲げる。
「新しゃく、10個、おねが、しましあ!」
「ぐは──!」
店員さんだけじゃなく、周りの人々が真っ赤な顔で呻いた。
お兄さんがあわてたように、さくさくのパイ生地に粉砂糖をたっぷり振りかけた新作のお菓子を10個包んでくれる。
「ひとつ1ドディ、ぜんぶで10ドディだよ。お客さんを沢山連れてきてくれたから、1個おまけな!」
お兄さんが片目を瞑ってくれた瞬間
キュアァア──!
氷の矢が、お兄さんの頬を掠めた。
真っ青になったお兄さんが、ガタガタしてる。
「えとえと、10、ドデぃ、でし!」
ふわふわのがま口のお財布から、おっきい銅貨を取りだしたリトに、真っ赤になって復活したお兄さんが、とろけて笑った。
「おつかい、えらいねえ」
「えへへ」
てれくさく、うれしい頬で、胸を張る。
中身おじちゃんとか、聞こえません!
ぽふぽふ揺れるしっぽと、ほわほわ揺れる耳に、
「ぐは──!」
周りにいた人たちが皆、真っ赤な顔で、胸を押さえて、うずくまった。
「……え?」
この癖、大流行すぎないかな?
皆で一緒にやるものなの?
もしかして、しないと仲間外れ!?
あわあわしたリトも、胸を押さえる。
「あぁ──!」
何かの衝撃で、隠蔽魔法が解けたらしい。
突然現れた護衛の衛士の皆さんとセバとテデとジゼが、真っ赤な頬で胸を押さえて、うずくまってた。
「おつかい、できまた! ジゼしゃま、ありあと、ござまし」
ぽてぽて歩いたリトが、熱い頬で、胸を押さえたままのジゼを見あげる。
「立派におつかいを務めてくれた。ありがとう」
紅い頬で、ふうわり笑ってくれた。
「ぅ──!」
胸が、ぎゅーっ、しゅりゅ!
わたわたしたリトは、胸を押さえる。
ジゼも真っ赤な頬で、胸を押さえてた。
たくさんの人でごった返す市場の皆が、真っ赤な頬で胸を押さえて、うずくまってる。
目をまるくしたリトのしっぽが、ほわほわ揺れた。
────────────
はじめましての方、いつも見てくださる方、心からありがとうございます!
you様のリクエストで、リトの初めてのおつかいと見守り隊とリトの後ろに広がる死屍累類でした!
1200字とか無理でした……(笑)
楽しんでくださったら、とてもうれしいです!
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