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素早いざまぁ
しおりを挟む「毛が入ったお茶なんて、最低だよね」
「臭い匂いで、お茶の香りが台無しだ」
砂時計の砂が落ちてゆく間、侍従の呟きが降ってくる。
リトには聞こえるがジゼには聞こえないだろう巧緻な声量で口撃された。
獣人は、人間より毛が多いので、確かに毛が入る確率は上がるのです。
人間の耳は、中にちょこっとしか毛がないからね。
獣人、ふさふさの耳としっぽだから、しかもふりふりしちゃうから、確かに絨毯は哀しいことに!
しょんぼりしてたら砂時計の砂が終わってるのに気づかなくなりそうだった。
危ない危ない。
耳としっぽをほわほわ揺らしながら砂が落ちるのを待ったリトは、丁寧に丁寧にお茶を淹れる。
「あるじしゃま、緑花茶、れす」
音が鳴らないように茶器の下に指を添え、静かに置く。
香りを楽しんだジゼは、ティーカップに口をつけ、微笑んだ。
「美味い」
ぶんぶん、しっぽが揺れる。
「ありあと、ござまし!」
ぺこりと下げた頭を、ジゼのごつごつ手が、なでなでなでなでなでなでなでなでしてくれた。
「よく勉強してくれた」
「えへへ」
最愛の推しが褒めて撫でてくれるだなんて。
夢みたいだ。
ジゼの微笑みにとろけたリトの至福の時は、嘲る声に終焉を迎えた。
「従僕の分際で」
「大きな顔をしやがって」
「時間に合わないお茶を淹れただけじゃないか」
睥睨と、リトにしか聞こえない嘲笑が降ってくる。
しょんぼりして、隅っこに下がろうとしたリトを、ジゼの手が止めた。
桜の唇からこぼれるのは、凍てつく声だ。
「あぁ、そこのリトに暴言を吐いた輩は、今すぐに退出しろ。俺の侍従を罷免する」
「な──! わ、我らは獣人を差別したのではなく、親切な指導で──!」
「そ、そうですジゼさま! 糾弾ではなく指摘です!」
「我らは伯爵家子息にございます、あまりに横暴が過ぎるかと!」
氷の瞳が、侍従を刺した。
「俺の目が節穴だったことを残念に思う。セバ」
ちりりと鈴を鳴らすまでもなかった。
音を立てず扉を開けたセバが銀縁眼鏡の向こうで微笑み、やわらかに腰を折る。
「御前に」
「帝国法違反で罷免しろ。今日までの給金は支払ってやれ」
「そんな──!」
悲鳴のとなりで
「御意」
うやうやしく膝を折ったセバが手を挙げる。
さっと入ってきた侯爵邸警護の衛士たちが、抵抗しようとする侍従たちを無言で連行した。
ジゼの吐息が、静かになった執務室に響く。
「心底鬱陶しい貴族のつきあいを、断絶しようと思う。──俺が貴族じゃなくなるほうが早いか?」
12歳なのに顎に手をあて首を捻るジゼに、セバが笑った。
「最高の地位を投げ棄てたいジゼさまにはお可哀想ですが、次期帝王が離してくださらないでしょうね」
「次期帝王など辞めればよいのだ。身分で人を差別するなど、愚かしい」
ふんと鼻を鳴らすジゼに、セバが笑う。
「王となるからこそ、国をよりよき方に独断で導くこともできるとお考えなのでしょう。その傍にはジゼさまがあって欲しいとお望みかと」
氷のジゼに進言する勇気が出なかったリトが、あわあわ思い切って顔をあげる。
たすけてくれたのに
こんなことを言うなんて、酷いのかもしれないけれど
それでも
「あ、あのあの、あるじしゃま、あの、僕、平気、れす。あるじしゃま、周り、人、いなく、なちゃう!」
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