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おそばに
しおりを挟むぼんやり、リトは目を明ける。
窓の向こうから、冬の朝の光が降ってくる。
馬車は夜の間に動いたらしい、ふかふかの寝台に横たえられていた。
泥水に塗れた身体では汚してしまう。
起きあがろうとした手は、ジゼの手と繋がっていた。
リトの寝台の傍にちいさな丸椅子が置いてある。
──眠らずに、ずっと、手を握ってくれていた……?
夢のような幻想を、ジゼの呼び声が掻き消した。
「……っ! テデ!」
あたたかな手が、強張る手を握ってくれる。
テデは隣の寝台で仮眠をとっていたのだろう、瞼を擦りながら起きあがった。
「お、おはようございます、ジゼさま!」
真っ赤な頬で、直角お辞儀だ。
目覚めばっちり。すごい。
「リトを!」
ジゼに促されたテデは、やっとリトの存在に気づいてくれた。
「おぉ、目覚めましたか! 峠は越えたかもしれません。
気分はどうですか?」
栗色の髪を揺らし、心配そうな緑の瞳で覗き込んでくれるテデに、起き上がろうとしたリトはジゼの手に止められる。
「安静に」
「……で、も……め、ぃわ、く……」
まだ動き難い口で告げたら、ジゼは首を振った。
「きみに、生きてほしい」
冬の陽にきらめく月の髪を見あげたリトは、そっとジゼの指を握る。
「……ど、して……?」
月の睫に縁どられた蒼の瞳が瞬いた。
「生きてほしいから」
きょとんとするリトの向こうで、一緒にきょとんとしたテデが肩を揺らした。
笑ってる。
ジゼの頬が、ほんの微かにふくれた気がした。
気づいたらしいテデの肩の揺れが大きくなって、ジゼはふいと目を逸らす。
リトはそうっと唇を開いた。
「……獣人、なの、に……?」
「当たり前だ!」
ぎゅっと手を握ってくれる。
痛いくらいに。
リトは、最愛の推しを見あげる。
いつも、いつも、硬い画面の向こうを見つめてた。
作り物のお話だって、分かってる。
痛いくらい、解ってた。
異世界転生なんて、起こるわけない。
なのにずっと、近くにいきたくて。
傍にいたくて。
一度でいい、その指に、ふれてみたかった。
ジゼの手が、手を繋いでくれる。
痛いくらい、握ってくれる。
想像していた、なめらかで吸いつくような指先じゃない。
厳しい鍛錬にゴツゴツになった、荒れて硬い手だった。
さらさらの髪が、すぐ近くで揺れて。
涼やかなのに、とろけそうに甘い香りがする。
氷のように透きとおる瞳に、自分を映してくれる。
最愛の推しに逢えたから、もう死んでもいいと思ってた。
寿命だし、仕方ない。
最期に推しに逢えるだなんて、最高にしあわせだと。
なのに、命が、繋がったら
生きても、迷惑にしかならないと、解っているのに
獣人と蔑まれ、嘲笑われることも、解っているのに
あなたの傍で、生きたい
「……ごめ……なしぁ……」
嗚咽が、こぼれる。
涙が、あふれる。
「謝るな。
……お願いだから」
しなやかな腕が、涙を攫うように抱きしめてくれる。
胸が、ふるえた。
唇が、ふるえる。
「……ジゼしゃま……」
愛しくてたまらない名を、口にする。
ふるえる指で、ぎこちなくしか動かない腕で、リトはそっと、そっと、ジゼの背に手を回した。
前世からずっと、愛しくてたまらない人を、そっと、そっと、抱きしめる。
「……ぉそば、に……いた、ぃ……れ、す……」
ちいさな、ちいさな声が、ジゼの胸に溶けてゆく。
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