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貴重なのです
しおりを挟む「行け。
見なかったことにしてやる」
ルァルの言葉に微かに目を瞠ったジゼは、リトを抱えたままこうべを垂れた。
膝を折り深く頭を下げる、最敬礼だ。
「まだ見習いの身ながら賜った近衛の紋章も役に立ちました。
ルァルさまに、感謝を」
軽く手を振るルァルに、顔をあげたジゼが微かに唇の両端をあげる。
「お、ま……! 笑っ……!?」
陽の瞳を見開いたルァルが伸ばす腕を、ジゼはかろやかに躱した。
月の髪をなびかせ、振り返る。
「ありがとう」
口元を掌で覆ったルァルの耳が朱く染まる。
「──っ!」
膝を折ったジゼはリトを抱きなおし、テデを促し転移門の部屋を出た。
御殿を駆け抜け、テデが乗ってきたのだろう馬車に飛び込むと、毛布にくるまれたリトを広やかな座席にそっと横たえてくれる。
「テデ、一刻も早く治癒を」
ジゼのぴんちとルァルに仰け反ってばかりで、リトにようやく気づいたらしいテデが、目を剥いた。
「じ、獣人──!? ジゼさま、これは──」
「責は俺が負う。
……頼む」
頭をさげるジゼに、テデはぶんぶん首を振る。
「ジゼさまが玉頭を下げられることなど、何もございません!
わ、わかりました、尽力します」
おっかなびっくり、小柄なテデがリトに近づいた。
人間が獣人を忌避するのは、その強大な力と凶暴性にあると言われている。
テデはリトが噛まないか、牙を剥かないか確かめるように、指の先でちょこっと頬に触れた。
その熱さに驚いたように、リトの目のなかを覗きこむ。
「……これは……魔素が侵入してる……治癒士でも救えるかどうか……」
リトの目を指で押し開き、手の脈と首の脈にふれ、足をさわり、抉れた背を確認したテデの声が沈んでゆく。
「質の悪い魔素です。さらに侵入から随分時間が経っていますね……この病は時との勝負です、助かるかどうかは……2分……いや、1分もないか……」
「俺の魔力を」
差しだされた右手に目を剥いたテデは、押し戴くようにジゼの指を握った。
「あぁ……! ぼ、僕、がんばります、ジゼさま……!」
うるうるの目で見つめられたジゼが、テデの手を握る。
「辛くなったら言ってくれ」
月の光の髪が、舞いあがる。
ジゼの身体からあふれる魔力が、テデの指へと流れ込む。
「……っ!」
恍惚を浮かべたテデは、あわてたように唇を開いた。
不思議な旋律が、ちいさな馬車を満たしゆく。
冬の冷たい夜に、やさしい音が広がってゆく。
テデの身体から溢れる緑の光が、リトの身体を包んだ。
あたたかなのに冷たいのは、ジゼの魔力が混ざっているらだろうか。
苦しかった呼吸が、ほんのすこし楽になってゆく。
熱くて千切れそうだった背から、激烈な痛みが消えてゆく。
強張っていた唇が、動いた。
焦点の揺れる目で、リトはテデを、ジゼを見あげる。
「……ご、め……なさ、ぃ……」
あふれる涙に、テデの緑の瞳が戸惑ったように彷徨う。
見つめたジゼは、目を伏せた。
「……こんなになるまで、たすけられなくて……すまない」
かすれる声で囁いて、まだ震える指を握ってくれた。
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