もふもふ獣人転生

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救急車はないのです

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 獣人を助けただなんて、身分の高いジゼにとっては醜聞にしかならない。
 一刻も早くジゼの部屋を辞そうとしたリトの身体が、燃える。

 息が、火だ。

 最愛の推しに触れるなんていう禁忌を犯したから、罰が当たったんだ。

 身体がビクリと痙攣する。
 口が、動かない。

 硬直した身体で倒れるリトが床に激突する前に、腕が伸びた。

「リト──!」

 推しの悲鳴に、リトはかなしくなる。

 最期に推しに逢えて、しあわせだったけれど。
 最愛に哀しみを押しつけただけだなんて、最低だ。

 這ってでも、この場を離れてひとりで死のうとするのに、指先までも震えはじめた。

 やすらかに死は訪れると想像していたのに、これは烈しい。
 リトがしょんぼりする暇もないほど、息が苦しい。

 夜中なのに推しが医士を呼んでくれたらしい、駆けつけたおじちゃんはリトの様子に眉をさげた。

「これは……鞭でぶたれて泥のなかに落ちたのでしょう、悪い魔素が身体のなかに入ったようです。獣人は耐性があるものですが、ろくに食べさせてもらえなかったのですね、抵抗力が殆どない。この街に治癒士はいません。残念ですが……」

 首を振る医士に、ジゼは目を剥いた。

「どういうことだ!?」

「治療法は、ありません。
 命は、あと僅かです」

「──っ!」

 ちいさな推しのかんばせが、歪む。

 そんな顔をさせたくないのに
 笑っていてほしいのに

 指先さえ、動かない。

「……ご、め……」

 ごめんなさいさえ、紡げない。

 ジゼのしなやかな腕がリトを抱きあげる。

「特権を使う。
 早馬を飛ばせ」

 幼いのに低い声に、部屋の隅で控えていたのだろう侍従が息をのむ。

「獣人のために──!?
 なりません、ジゼさま──!」

 悲鳴を睥睨するジゼに、侍従は黙った。

「サザに鞍を。俺が行く」

「……は!」

 駆け去る侍従を横目に、ジゼはリトの身体を毛布でくるんだ。

「帝都まで戻る。
 ──頼むから、生きてくれ」

 かすれた声とともに、抱きあげられた。

 月影を熔かしたような馬が引き出され、跨ったジゼが毛布にくるまれたリトを侍従から受け取る。

「……ジゼさま」

 非難よりも心配の瞳で見あげる侍従に、ジゼは手を挙げた。
 ジゼの踵が馬の腹を蹴る。

「夜分にすまないな、サザ。駆けてくれ」

 ひと声嘶いたザザが駆けだした。

 途切れる息で、リトはジゼを見あげる。

 研ぎ澄まされたかんばせと凍てつくような蒼の瞳で、ジゼはひどく冷たく見える。

 でも、ほんとうは、とびきり、やさしい。

 目の前で死にゆく子どもを放っておくことが、できないほどに。
 それがジゼの評価を、地に墜としてしまうのだとしても。

 強張る唇を、抉じ開ける。


『獣人に、こんなことをしてはだめです』

『お逢いしなければよかった』

『ご迷惑ばかりおかけして、ごめんなさい』

 なにひとつ、声に出せなかった。
 痙攣する頬を、ジゼの胸に寄せる。

「……ご……」

 ごめんなさい

 こぼれる涙を、ジゼの胸が吸いこんだ。


「生きてくれ。
 お願いだ」

 掠れた声が、耳にふれる。

 手綱を片手で操り、痙攣するリトの手を握ってくれるジゼの指が、ふるえてる。







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