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もふもふ獣人に生まれました
しおりを挟む「さぼってんじゃねえ、働け!」
鞭打たれたリトのちいさな身体が吹き飛んだ。
降りしきる雨にドブ色に染まり、べしょりと絡まった、ふわふわのはずの耳としっぽが水たまりに落ちる。
泥水を飲んでしまったリトは、咳き込んだ。
「ごほ……! ぐ、ぅ……」
石の欠片が、口を切った。
……血の味がする。
息が、苦しい。
「働け!」
働いてるよ。
もう無理だよ。
いくら獣人だからって、身の丈の3倍はあろう長さと10倍を超える重さの石材を運べる訳ない。
5歳だよ?
文句は泥水と一緒に零れ落ち、声にはならなかった。
口答えすると、またぶたれる。
鞭の痕だらけのリトは、歪にしか動かない足を引きずり、石材を背負う。
ドディア帝国帝都に立派な円形闘技場兼劇場を造るための白い石を辺境から切り出し、帝都ゆきの魔列車に積み込むために、リトの身体は壊れてく。
雨がリトの背の傷に染み込んだ。
ぬかるむ道に、足が滑る。
「まあ、獣人よ」
「臭くて汚いわ、いやあね」
懸命に石材を運ぶリト目掛け、嘲笑が降ってくる。
ちいさな背骨が軋む。
そろそろ、折れると思う。
折れたって、死んだって、誰も気にしない。
獣人はこの世界では家畜よりも酷い扱いを受ける、下僕だ。
人権なんて、どこにもなかった。
──生きるのに必死で、だから両親は僕を捨てたんだと思う。
リトはおかあさんの、おとうさんの顔さえ知らない。
自分が何の獣人なのかも知らない。
ふわふわの白い耳と、もふもふの大きくて長い白いしっぽで、しましまはないけれど虎の獣人だったらいいなと思ってた。
おっきくなったら、力持ちになったら、僕のことをいじめた皆を、ぽこぽこにしてやるんだ。
僕はほんとうは、虎獣人なんだ。
世界で一番強いんだぞ。
──夢を見てた。
でも、大きくなることなく、ここで息絶えるんだ。
泥水にまみれて。
重たい石に圧し潰されて。
使い古された雑巾みたいに、殺される。
それが獣人の生涯だ。
リトの足が崩れる。
背負っていた石材が、リトの心の臓を押し潰すように降ってくる。
──ああ、もう、終わりだ。
ぼんやり、落ちてくる石を見ていた。
死ぬ前は、時間がゆっくりになるという。
ゆっくり、ゆっくり、リトに向かって落ちてくる石材はもうすぐリトを圧し潰すだろう。
もうすぐ
──今すぐ
僕は、死ぬ
………………あれ?
落ちて、こない?
瞬いたリトは、落ちそうな石材を支える片手に気づいた。
誰かが、支えてくれている。
人間の手だ。
はやく起きて石材を背負わないと、またぶたれる。
慌てて起きあがろうとしたリトを背に、片手で放り投げられた石材が
ドォオォオン──!
大地を抉りながら落ちた。
「な、何やってやがる──!」
駆けてきた監督官に、人間は蒼い目を吊りあげる。
「獣人の幼児を強制労働させるのは、帝国法で禁じられている。
知らぬのか、阿呆が」
地獄の底から響くような、冷たい声だった。
蒼の瞳は、凍えるように切れあがる。
見あげるほど大きな筋肉ムキムキの監督官を、ちっちゃくて細くてまだ少年なのだろう人間が睥睨する。
「……だ、だめ、だよ、あいつ、強い。
あの、……でも……ありがとう」
よろよろ起きあがったリトは、頭を下げる。
泥水でよれた耳と尾が、ぺしゃりと揺れた。
「……っ!」
胸を押さえた少年の眦が、ほんのり赤い。
「だ、だいじょぶ? くるしい?」
あわてるリトを突き飛ばした監督官は、鼻を鳴らした。
「帝国法なんて守る輩がいるもんか。
獣人はな、人間じゃあねえんだよ。
死ぬまで扱き使っていいって決まってんのさ!」
ブゥン──!
振りあげられた拳に、リトが跳びあがる。
「逃げて──!」
少年の前に出ようとするリトに、微かに瞳を見開いた少年は微笑んだ。
月の光の髪が、さらりと揺れる。
次の瞬間、巨躯を誇る監督官が吹き飛んだ。
「責任者を出せ。
帝王に堂々と背くんだ、首を刎ねられる覚悟くらいあるだろう」
少年が掲げる紋章に、駆けつけたもうひとりの監督官が目を瞠る。
「帝国近衛騎士──!?」
「お前らの首を独断で即刻刎ねてよい権限くらい持っている。
さあ、首を出せ」
「ひぃイイイ──!」
泣いて逃げ去るガチムチ監督官と、月の精霊みたいな少年を見あげたリトの意識が遠くなる。
──ああ、これはきっと、死ぬ前に見せてくれた幻なんだ。
ほんとうはきっと、石に圧し潰されて死んだんだろう。
だって、こんな夢みたいなこと、ある訳ない。
最高に大すきだった推しを、ちっちゃくしたみたいな少年が、死ぬ間際に助けに来てくれるなんて。
………………ヲシ?
オシって何…………?
………………推し………………?
「はぅあ!
あ、あの、僕、リトっていいます、あのあの、あなたのお名前は……?」
そうっと見あげる。
「ジゼ」
囁きは、清かな雫のように耳に落ちた。
「……ジゼ・ディオ・ジェディス……?」
透きとおる蒼の瞳が、見開かれる。
「どうして、俺の名を──?」
最愛の推しのかんばせが、近い近い近い近い近い────!
え、え、ほ、ほんとに、ほんもの──!?
リトは茫然と、推しを見あげる。
推しに逢えた衝撃に、前世の記憶が蘇ったようです。
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