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楽しみなのです
しおりを挟むおどろおどろしい闇がエヴィの背から噴きあがる。
「早速ポーテ家に不敬で処断を請求しよう。お兄さまを侮辱して糾弾するなんて、家を取り潰して欲しいみたいだな」
ふふふふふ
嗤うエヴィの目が、本気だ。
「だめ」
ふるふるヴィルが首を振る。
「だって、お兄さま──!」
「不敬、じゃ、なくて、ノィユを、心配、してた。ノィユ、追いかけて、あげて」
ごつごつの大きなヴィルの手が、頭を撫でてくれる。
それは、とても心広く、心やさしいことだと思うのに。
見あげるノィユの頬が、ぷくりとふくれた。
「……ヴィル、やきもちは……?」
耳まで真っ赤になったヴィルが、とろけて笑う。
「ノィユ、も、俺と一緒、のきもち。……うれしい」
きゅうっと抱っこして、ふわふわ朱い頬で笑ってくれた。
追いかけたノィユは、図書館の中庭の白いベンチに腰掛けているネニを見つける。
ちいさな肩が落ちていた。
ぎゅっとしかめられた顔が、苦しそうに歪んでる。
「……ネニさま……」
声をかけたノィユに、ネニはきつく唇を噛んだ。
「……両親やヴァデルザ家の前だから、ほんとうのことを言えなかったんでしょう? ノィユなら王太子の伴侶にだってなれる。ほんとうは借金の形なんだ、じゃないとよりにもよって、辺境の貧乏ヴァデルザ家なんて──!」
息をのんだノィユは拳を握る。
「北の最果てで、敵国を前に、魔物の森に囲まれて、それでも領地を、国を守ってくれるヴァデルザ家には尊敬と感謝しかありません。僕のことは何と仰ってもいい。でもどうかヴィルを、ヴァデルザ家を悪く言うことだけは、お止めください」
ふかく、頭をさげた。
緑の葉を透かす陽の光が、ちらちら揺れた。
そろえたノィユの指を、木洩れ日が照らす。
「……最初は友達でいい、まだたっぷり時間はあるから、少しずつ仲良くなって、僕のことを知ってもらって、成人したら、ノィユの伴侶に──思ってた僕が、あんぽんたんだ」
かすれて歪んだ声が、落ちてゆく。
「……お気持ちを、ありがとうございます、ネニさま」
ノィユは、顔をあげる。
「僕は、ヴィルの伴侶です。ヴィルを、あいしています。気持ちが変わることは、死んでもありません。僕は死んでも、ヴィルの伴侶です。ごめんなさい」
ふかく、ふかく、頭をさげた。
ネニの瞳からあふれる涙をぬぐってあげられないことを、さみしく思う。
「……ごめんなさい、ネニさま」
もう一度頭をさげてヴィルのもとに戻ろうとしたノィユの背に、声が降る。
「僕、ぜったい、絶対いい男になる。優秀なお金持ちになって、バチルタ家の莫大な借金さえ、鼻歌で返済してあげられるようになるから。だから、15年後──!」
振り向いたノィユは、微笑んだ。
「僕は、自分の力で、代々連なるバチルタ家の借金を、返済します。借金を肩代わりしようとしてくれるのではなく、僕の頑張りを後押ししてくれようとするヴィルを、僕を信じてくれるヴィルを、誇りに思います」
「どうして楽な道を選ばないんだ──!」
叫ばれたノィユが、笑う。
「莫大な借金まみれのバチルタ家の最貧の領地復興なんて、楽しみしかありません」
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