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ごめんなさい
しおりを挟む「ごめんなさい。あんまりきれいで。手折ろうとしたんじゃないんです」
あわてて弁明し、ひざを折るノィユに、声が降る。
「おもてをあげよ」
幼いのに堂に入った『おもてをあげよ』に、ノィユの指がカタカタふるえた。
まちがいなく、ものすごく偉いお坊ちゃんなんじゃ……?
そうっと顔をあげたノィユの目の前には、ノィユよりすこし大きな少年が立っていた。
肩くらいに伸ばした空色の髪を、空色のリボンできゅっと結んでいる。
すずめのしっぽみたいな可愛い毛先が、ちいさな肩の向こうで揺れていた。
凛々しく切れあがる瞳は、あざやかな夏の空だ。
……この色彩を、さっき見た気がする……
血の気がひいてゆくノィユの顔を覗き込んだ少年が、目を剥いた。
「精霊の瞳! お、お前、精霊なのか!」
ふるふるノィユは首を振った。
短い月の髪が、さらさら揺れる。
「ノィユ・バチルタ、バチルタ家長子にございます。母も父も人間です」
胸に手をあて、ひざを折る。
「……バチルタ? 聞いたことがあるような……?」
最底辺なのに、こんなちいさな子どもまで家名を知っていてくれるだなんて、間違いなく借金の悪評かな……!
ちょっと涙目になるノィユに、ちいさな男の子は胸を張った。
「お、俺はザファ・ト・ネメド、ネメド家長子だ!」
やっぱり王太子だった──!
「お目に掛かれましたこと、このうえない栄誉にございます、ザファ殿下」
さらにひざを深く折り、最敬礼したノィユの手を、ザファの手がさらう。
「けがしなかったか?」
心配そうな、やさしい声だった。
「……え?」
まだ幼いのに剣だこのある小さな手が、ノィユのちっちゃな指の先まで、確かめるようになぞった。
「あのメィメの花には棘があるんだ。感嘆して触れる者を刺す、いじわるな花だ」
拗ねたように唇を尖らせるザファに、叱責されたとばかり思っていたノィユは息をのむ。
「……だから、ふれるなと?」
「棘が刺さると大変なんだ、抜けないし、抜こうとすると傷がより深くなるし。……よかった、けがはないようだな」
春の空みたいに笑うザファのちいさな顔が、落ちる夕日に茜に染まる。
「きみのように愛らしい子の手に傷ができたら、大変だから」
微笑むザファが、父王の血を確実に継いでいることがめちゃくちゃ解る、タラシ具合だ。
思わず感嘆したノィユの手を握ったままのザファは、赤い頬で微笑んだ。
「ひと目惚れなんだ」
夏の空の瞳が、あまい恋慕にやさしく揺れる。
「ノィユ、俺の伴侶になってくれ」
とろけるようなあまい声で囁くザファに、跳びあがったノィユはめちゃくちゃ申し訳なくなりながら眉をさげた。
「ごめんなさい、ザファ殿下。僕にはもう、伴侶がいるんです」
「…………は…………?」
ちっちゃな殿下が、あんぐりしてる。
ちっちゃなお顔が崩壊しそうなくらい口を開けてしまう殿下の気持ちは、大変よくわかる。
ふつう、3歳児に伴侶はいない。
でもノィユにはいるのです。
最愛の伴侶、ヴィルが──!
なので、ごめんなさいなのです。
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