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ヴィルのあいしてる
しおりを挟むまだ冷たい春の風に、月の光を溶かしたような短い髪がさらさら揺れるのを見つめたヴィルは、目を瞠る。
天使だと、思ったんだ。
はじめて逢ったノィユのちいさな背に、翼を探してしまった。
長い月の睫に縁どられた大きな瞳が、見あげてくれる。
思わず覗き込んだら、紫だった。
はじめて見る色だった。
人の瞳ではないと謳われる理由が、解った気がした。
一度覗き込んだら、目を逸らせない。
透きとおる紫に、落ちてゆく。
3歳のちいさな男の子が餓えていると聞いたから、ご飯を食べさせるだけならと、援助を了承したつもりだった。
まさか、伴侶になると思っていたなんて。
『援助するだけだ。伴侶になんて、ならなくていい』
言わなければならないと思った。
18歳と51歳なら、貴族ならそれほど珍しくない。
『お若い伴侶でうらやましい』涎を垂らされるくらいだ。
3歳と36歳は、犯罪の匂いしかしない。
いやもう絶対だめだろう。
大人としてというより、人としてだめだろう。
『伴侶になんて、ならなくていい』
言わなければ、ならないのに。
精霊のように愛らしく、聡明で、明るい未来しかないだろう3歳のノィユを、北の最果ての売れ残りの領主が伴侶にするだなんて、あってはならないと思うのに。
『伴侶になんて、ならなくていい』
言えなかった。
ノィユのちいさな、ほんのすこし力を籠めたら壊れてしまいそうにちいさな手が、手を握ってくれる。
大きな紫の瞳で、見あげてくれる。
その紫に自分を映して、ほんのり朱い頬で笑ってくれる。
高くあまい声で
「ヴィル」
名を呼んでくれる。
夢を見ているみたいに、ふわふわした。
ノィユの傍にいたくて、ノィユと手を繋ぎたくて、ノィユを抱きしめたくて、赤い頬で笑ってほしくて、その唇で、その声で「ヴィル」呼んでほしくて
ノィユの、伴侶に、なりたくて
めまいがする。
ノィユは3歳だ。
わかってる。
なのに、心の底から思うんだ。
伴侶は、ノィユしかいない。
ずっと、恋をしなかったのは
誰の伴侶にもならなかったのは
ノィユに、逢うためなんだと
ご飯で釣ってしまったみたいで、しょんぼりするけど。
ノィユが、泣いてくれたから
「だいすき」
赤い頬で笑ってくれたから
きみのことを、何にも知らないのに、落ちるみたいに、離れられなくなって
きみのことばかり、考えてしまうようになって
きみを見るたび、鼓動が駆けて
きみが視界にいてくれないと、胸がつぶれる。
きっと、これを、恋というんだ。
「ノィユ」
恋に落ちた次の瞬間、伴侶になってくれたきみの名を呼ぶたび、至上のさいわいを、噛み締める。
ノィユは気にして謝ってくれたけれど、中身が同い年くらいと聞いたらほっとした。
ちいさな男の子が大すきなんじゃなくて、ノィユだから、大すきなんだと。
「だいすき」
笑ってくれるたび、心の臓が壊れてしまいそうで
「……俺も」
言うのが精いっぱいだけど
いつか
『あいしてる』
ささやけるように、がんばるから
どうか、末永く、よろしくね
最愛の、俺の伴侶
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