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おまけのお話

レリアの最愛 2

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 エルフの長の責務、今まで一番大切だと信じていたものを放り出して捜し続けたが、ルルの微かな気配さえ追えなかった。

「お戻りください、レトゥリアーレ様!」

 懇願するエルフを振り返った私は、灰の世界を見た。

 今まで、大切だと思っていたんだ。
 仲間を。
 エルフの皆を。

 分け隔てなく誰もを愛し、誰もを護るために、エルフが命を繋いでゆくために、尽力してきた。

 なのに、すべてが塵に思えた。

「ルルを虐待したお前が、それを言うのか」

 声は、凍えた。
 こんなに低い声が出るのかと暢気に驚く裏で、気づけなかった私こそが罪悪だと叫ぶ心に裂かれる。

 ルルを捜して世界を彷徨い、噂を聞いた。
 いにしえのエルフの血を継ぐ村、迷いの森の奥に秘された小さな村に、黒髪のひめが来ると。

 ひめ?

 ルルは赤子だ。そんな訳はない。
 だが黒髪だ。
 この世界にはとても珍しく、人間で生まれたなら即殺されるか捨てられる。
 生き長らえていることが奇跡だ。

 血縁かもしれない。
 ルルのことを、何か知っているかもしれない。

 縋るように赴いた地で、輝ける人を見た。
 内から光を放つような人だった。

 いや、人とは言えないのかもしれない。
 膨大な闇の魔力を感じる。
 人間には、ありえぬほどの。

 月の光を閉じ込めたかのように流れ落ちるつややかな黒髪が、華奢な腰を彩る。
 護るように傍らに佇むのは仔馬だろうか、ふわふわの黒い毛をしていた。

 後ろ姿でも、解った。

 きみだ。

 ずっと、ずっと捜していた
 逢いたくてたまらなかった
 きみだ。

 逢えば、呆れられ、きらわれ、憎まれるかもしれない。
 それでも、私がつけたきみの名を、呼ばないなんて、できない。

「……ルル……?」

 ふるえる声が、玻璃のように砕ける。

 振り返った少年の星の光のように瞬く瞳は、闇の深淵をのぞくような漆黒だ。

 ルルだ。

 きみだ。

「……レトゥリアーレさま……」

 名を、憶えていてくれた。
 きみが、私の名を呼んでくれた。

 狂喜が、あふれる。

「ルル──!」

 駆け寄ろうとした私は

「僕のひめに、近づくな!」

 栗色の髪のちいさな子どもに阻まれた。

 ……すまない、存在に気づけなかった。
 申し訳ない気持ちで『僕の』所有格に軋む心に蓋をする。

「ひめじゃないよ」

 ルルの声だ。
 鈴を鳴らすようにあまやかな、月の光のように清かな、きみの声だ。

「ルル、その姿は?
 まだ赤子のはず──……まさか、きみはほんとうに──」

 魔族の血を継いでいる?
 だから膨大な闇の魔力を?
 だから成長が早かった?

 聞きたかったことは、きみの歪んだ瞳に潰えた。

「ひめを傷つける者は、ゆるさない!」

「待って、エォナ。
 捨てられた僕を、拾ってくださった方だよ」

 子どもの瞳が、歪んだ。

「また捨てたんだろう!
 僕のひめを、傷つけたな!」

 言い訳のしようもない真実が、刺さる。
 抜かれたちいさなナイフを、咄嗟に抜いた短剣で受けた。

「……きみは……」

 子どもの瞳が、金に燃える。
 溢れゆく金の光が、ちいさな子どもを、ルルを護るようにきらめいた。

「ひめを、守る!」


 ──私が、きみを、護りたかった。

 舌にふれる絶望を味わいながら、突撃する子の剣を躱した。

「エルフの血が、魔物軍から狙われています!
 隠れ里を移転するか、警戒を!」

 告げてくれた情報はエルフを生かすために何より重要なものだったのに。
 ……もう私は、エルフの長じゃない。

 きみだけの、レトゥリアーレになれたら──

「ずっと、捜していた。
 黒い瞳に、黒髪の者がいると聞いて、やって来たんだ。
 ルル──!」

 きみに、手をのばす。

 ずっと、ずっと、のばしたかった、手を

 ルルは、私の手を見つめた。
 ちいさなかんばせが、くしゃりと歪む。

「…………さよなら、レトゥリアーレさま」

 真っ黒な仔馬が、ルルを乗せて駆けだした。

 ルルは、手を振ってくれた。

 何度も
 何度も

 さよならのために


 ルルは、私を憎んでいる。

 突きつけられても

 あふれる涙で、想う。



 きみが、私の、最愛だ





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