112 / 117
おまけのお話
レリアの最愛 3
しおりを挟むきみが教えてくれたから、エルフを生かし、私も解放される道を考えた。
エルフの村を、離散させる。
襲撃され、絶滅する危険は少なくなる。
それが灰としか思えなくなってしまった同胞たちにできる、精一杯だった。
「里を離散させ、長を辞す」
告げたら非難も反対も囂々したが、私にはどうでもよかった。
「レトゥリアーレ!」
ノェスが泣いて止めてくれるのに。
その涙が心を撃たないことを、心から申し訳なく思った。
「よくしてくれたのに、すまない、ノェス」
世界に散り散りになってゆくエルフを確認し、里を閉じた私は、魔物軍が侵攻してくるのに目を剥いた。
ルルの言葉は、ほんとうだった。
ほんの少し、決断が遅かったら、離散が遅かったら、エルフは絶滅していたかもしれない。
ルルが、エルフを救ってくれた。
自分を虐待して殺そうとした、エルフたちを。
……きみは、私を憎んでいる。
それでも、エルフの命を繋いでくれた御礼を言うためなら、きみに逢えるだろうか。
傍にゆくことは、きみを苦しめるかもしれない。
さよならを告げた男が追ってくるなんて最低だ。
気持ち悪いとか迷惑とかいう領域を超えてしまう。犯罪だ。
それでも、ありがとうを伝えるだけ。
きみに、逢いたい。
そばに、ゆきたい。
こえが、聞きたい。
わらって、ほしい。
焦がれるように熱く、吐息を奪うほどくるしく、狂気のような想いが、あふれる。
──あぁ、これが
あいしてる
エルフの長になったのは、随一の力を持っていたからだ。
気配を察知し辿ることにかけては、右に出る者を知らない。
この間はルルの気配が断絶していて追えなかったが、ルルは仔馬に乗って駆けていった。ゆく先を、追尾できる。
魔界とは思えぬ、うららかな場所に、ちいさな藁葺きの家が建っていた。
世界を圧し拉ぐような魔力は、間違いなく魔王のものだろう。
不思議な魔力が、傍にある。
ルルがいなくなった夜、断絶した時に香った魔力と同じ気がした。
人間を超えるような強大な魔導士の気配もある。
敵意を表されたら、瞬殺されるだろう。
でも、きみが、ここにいる。
ありがとうを、伝えるだけだ。
憎まれても、きらわれても、それでも、もうひと目だけ、きみに逢いたい。
扉に伸ばそうとした指が、ふるえる。
きみに、きらわれている
憎まれている
突きつけられると、壊れる。
それでも、逢いたい。
震えの止まらない指を、伸ばそうとした時だった。
扉が、開いた。
ルルの茫然とした顔が、目に映る。
ああ、きみだ。
ずっと、ずっと、逢いたかった。
月の光をまとうようにきらめく黒髪と、星の光を宿したように瞬く漆黒の瞳に、きみの姿に、身体の奥からとろけるような、甘い痺れが降ってくる。
うっとり恍惚を初体験した私は、ようやく気づいた。
家の扉を開けたら立ってた、変なエルフになってる!
あわあわした私は、口を開く。
「や、やあ、ルル」
やっぱり私は、あんぽんたんだ。
「……れ、レトゥリアーレさま……」
きみが、名を呼んでくれる。
憶えていてくれる、きみの唇が、私の名を紡いでくれる。
泣き崩れそうになるほど、胸が熱い。
「あ、あのあの、エルフの皆さんが、魔王になりたい輩に殺されるかもしれません。
世界に散ったエルフの皆さんを捜すために、レトゥリアーレさまの血を、ほんの少し、いただけないでしょうか」
エルフのことを言われた気がしたけど、きみが名を呼んでくれる甘い歓喜で、よく聞こえなかった。
「……ああ、やはり、ルルなんだね。
大きくなって──……」
そっとのばした手に、ルルは飛び退いた。
当たり前なのに、指先が凍える。
心が、砕ける。
「ぼ、僕に、お触りになってはいけません!
レトゥリアーレさまが、殺されてしまうかもしれないのです!」
砕けていたから、今度は聞こえた。
「どうして」
「前世の記憶です。
僕は、エルフを滅ぼし、レトゥリアーレさまを殺す者」
荒唐無稽だとは思わなかった。
ルルは魔物の進軍を知っていた。
きみの言葉を疑うなんて、できない。
「これが、ろーの記憶だ。
この世界のことが、書かれている」
不思議な魔力をもつ魔族が差しだしてくれたのは、分厚い本だった。
あふれる敵意とともに魔王や魔導士に瞬殺されるかと思ったら、意外にも家のなかに招いてくれた。
座らせてくれて、お茶まで淹れてくれる。
魔導士とともに、手書きの本を覗きこむ。
ルルの前世の世界に存在したというげーむには、レトゥリアーレるーと、というのがあるらしい。
私が主人公になって、物語がはじまる。
そこには私とルルが辿る未来が書かれていた。
『あなたが一番、憎かった』
絶望を、幾度味わえばいいだろう。
真実はこんなにも、私を殺す。
続く私の言葉は
『きみをずっと、愛してた』
………………ルルに、バレてる。
赤子のころから、ずっとずっと愛していたことを、きみにきらわれても憎まれても、それでも愛しくて仕方なくて、傍にいきたくて、きみに逢いたくて、きみを捜すためだけにすべてを捨てた私が、きみに最初から、バレてる。
恥ずか死ぬ……!
応援ありがとうございます!
259
お気に入りに追加
2,307
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる