最愛の推しを殺すモブに転生したので、全力で救いたい！

歪んだ闇

　お話では、クロは、殺されてる。

　死んでいるはずのクロを殺そうと、歪んだ闇が、僕の最奥から噴いた。


「来、ちゃ……だ、め――！　ク、ロ――――！」

　歪んだ闇に呑まれそうな僕を、クロの前足が、抱きしめる。


「クロを殺したく、ない――――！！」

　悲鳴と涙で叫ぶ僕を、深淵を覗かせる闇の瞳が、見つめた。


「ろー、くろの、いとしご。
　くろ、やみの、ひかり」


　クロの唇が、僕の額に、ふれる。


　あふれゆく漆黒の光が、天を指した。



「てきと、おもうと、ふくれあがる。
　やみは、てきじゃ、ないんだよ」


　歪んだ闇に呑まれそうな僕に、クロの言葉が、沁みてゆく。


「……くろ……」

　闇の光の瞳で、クロが、歪みそうな僕を、抱きしめてくれる。



　ああ、そうだ。

　クロは、いつも、僕の傍にいてくれた。

　生まれた時から、ずっと。




　僕は、きみの愛し子。


　やさしい闇の、愛し子だ。




　闇は、敵じゃない。

　ずっと、僕の、味方だった。




　僕を襲うのは、歪んだ闇。

　絶望と苦しみに、歪められてしまった闇だ。


　ほんとうの、闇じゃない。

　ゲームのお話どおりに、世界を強制しようとするのは、歪んだ闇だ。


　永い時のなかで降り積もる、皆の、苦しみ、怒り、哀しみ、怨みと憎しみが、
やさしい闇を歪め、世界を動かした。


　絶望が導く、破滅へと。



　人族で唯一魔法が使える勇者の村を全滅させ、勇者エォナの心を壊す。
　精霊界と繋がれる唯一の一族、エルフたちを皆殺しに。
　人族随一の戦闘能力を誇るゾォガ帝国は、獣人たちの国を滅ぼし、勇者エォナに
滅ぼされる。

　ジァルデが捕らわれ、魔界をやさしく治めてきた魔王ゼドが斃れたら、生きる意味が復讐しかなかったエォナは、殺された最愛の兄チチェのもとへと向かってしまう。

　
　止める者が、いなくなった世界で、魔界の蓋が開く。

　人界は、滅びる。
　
　苦しみと怒り、哀しみと怨み、憎しみを、噴きあげて。


　痛いほど苦しみ、哀しみ、怨んで、憎んで、はらわたが燃えた人は、
　同じ苦しみを、哀しみを、怨みを、憎しみを、敵にも、味わわせたいから。

　どこまでも果てなく噴きあがり、闇を歪め、世界を壊す。


　皆が滅びるまで、止まらない。


　憎しみに応えて、憎しみを掲げるなら。




　僕は、クロの、やさしい瞳を見つめる。

　闇のなかに、確かにきらめく、やさしい光を見つめる。



　闇黒に染まりゆく僕の指が、ふるえた。




「つらかったね。
　くるしかったね。
　なのに、殺して、ごめんね」


　僕の指が、僕の奥から噴きあがる歪んだ闇に、触れる。

　流れ込む闇黒を、抱きしめた。



「う、ぁ、あ、ぁああアアア――――！！」


　電撃に触れたような衝撃が、僕の身体を貫いた。


　冷たく、くるしい、果てのない絶望が、僕を呑み込み、膨れあがる。


　僕の手が、レトゥリアーレを殺そうと蠢くのを、命の光を振り絞り、止めた。





　クロが、傍にいてくれる。

　けれど、僕を止められるのは、僕だけだ。



　歪んだ闇の誘惑に、負けたりなんて、しない。

　殺すことが、愛だなんて。
　殺されることが、愛だなんて、もう、間違ったりしない。


　身を引き千切る慟哭は、最愛を殺してしまったルルが、誰よりも、
知っているから。


　ルルと一緒に、僕が、必ず、止めてみせる。




　レトゥリアーレを殺すはずの指を、握り締める。


　レトゥリアーレを受け容れて、レトゥリアーレを注がれて、わかったんだ。


　愛は、受け容れるもの、注ぐものだって。



　レトゥリアーレを、愛してる。

　レトゥリアーレに、愛されてる。


　僕のなかに、あたたかな光を、燈してくれた。

　闇の僕に、光の魔力を、注いでくれた。




　キュトのおじいちゃんの言葉が、今はわかる。


　世界を救うのは、愛だって。