上 下
71 / 117

たすけにゆく!

しおりを挟む



 下げられたヨァトォのちいさな白い頭に、レトゥリアーレは、目を伏せる。

 震える拳が、やるせない怒りと哀しみをこらえるように、握られた。


「我らでは、ズァビエを止められぬ。
 エルフの血が流され、魔王の目の前でジァルデを攫ったなら、ズァビエは
魔王さえも凌ぐ力を身につけている」

 ヨァトォの言葉に、誰もの顔が引き締まる。

 
「ズァビエは、ジァルデを溺れるほど愛している。
 ジァルデの命に危険が及ぶことは、ないと思われる。
 ――……その心は、死ぬとしても。
 たすけにゆくなら、そなたたちは、死ぬかもしれぬ」


 ひとりひとりの目を、老いに白く濁りゆく目が覗き込む。

 真っ直ぐ見つめ返した僕は、頷いた。


「いきます」

 僕の声に、

「いく!」

 クロが尻尾をぶんぶん振って、レトゥリアーレが頷いた。


「ゆこう」

 レトゥリアーレの声に、グィザが頷く。


「ひめさま、ために」

「ひめじゃないよ」

 わかってね!

 グィザの手を握ったら、グィザが真っ赤になって、レトゥリアーレの目は
切れあがる。

 
「我、力、強い。
 干渉、よくない。
 帰り、待つ」

 僕の手を、ぺいっと払いのけたヴァツェーリヤが、グィザの手をにぎにぎする。
 ちょっと赤くなったグィザは、頷いた。


 うん。
 鈍い僕にもわかるよ!
 いい感じだ!

 がんばれ、グィザ!

 しかし、お尻は大変そうだな……伝説の竜の……いやいやいや想像したらだめ
だから!!


「全力で魔法使えるなんて、ないからね。
 死の恐怖で、ギリギリすることも。
 たまには、いいかな」

 キュトが、微笑んだ。


「――……俺は、行っても、いいのだろうか」

 ぺしょりと項垂れるゼドの背を、僕の手が叩いた。


「ジアが聞いたら泣きますよ!」

 ゼドの真っ黒な瞳が、うるうるする。


「――……でも、ジアをずっと守ってきた、大切な、幼馴染み――」

「あれは、偏執狂という」

 ヨァトォの突っ込みに、ゼドは目を見開いた。


「儂らは、虐げられてきたからな。
 同族以外を信じられんし、魔王なんて厭な輩の骨頂だが、ジァルデをあいつから攫ってくれたことは、礼を言ってもいい」


 白い眉があがり、ゼドを見つめた。
 目をまるくしたゼドが、息をのむ。


「あまりにも愛され過ぎて、構われ過ぎて、着るもの、食べるもの、見るもの、
聞くもの、話す言葉、すべてを指定されたジァルデは、まるで感情の抜け落ちた
人形だった」


 ヨァトォは、皺の手を握る。


「ジァルデの強い力ならズァビエを簡単に倒せたが、ズァビエはジァルデに
力の使い方を教えなかった。
 それどころか、ジァルデを脅していた。
 力を使えば、すぐに魔王に解る。すぐに魔王が来る。
 時魔は、必ず、殺されると」


 ゼドが微かに目を瞠る。


「ジァルデは、何もかもを指定される、時の止まった箱庭の生活に、
耐えられなかった。
 ……殺して欲しかったのか、自死したかったのか。
 ジァルデの力が、爆発した。
 ズァビエの造った4次元の檻は吹き飛び、強すぎる魔力の爆発に、
真に魔王がやってきた」


 白く濁る瞳の奥で、やわらかに魔力がきらめいた。


「黒き獅子は、ひとめで生涯を奪われた。
 ジァルデもまた、ひとめで生涯を奪われた。
 黒き獅子に攫われて、初めて、ジァルデは、ほんとうに、世界を見た」


 ヨァトォの瞳が、昔を思い出すように、細くなる。

 否、ほんとうに、過去を視ているのかもしれない。
 時を超えられる、時魔の長だから。


「ジァルデの使う言葉は、乱暴だろう。
 乱暴な言葉を使えることこそが、ジァルデには、自由の証。
 うれしくて堪らないんだ」


 白く濁る瞳が、可愛いひ孫を愛しむように、ひらめいた。

 ゼドの漆黒の瞳が、泣きだしそうに、揺れる。


「すべての時魔の監視は長の責務だが、儂の力をジァルデは凌ぐ。
 儂の目を弾けるのに、ジァルデは儂に見せてくれた。
 お前の隣で、笑う姿を」


 ヨァトォの瞳が、揺れる。


「……笑うように、なった。
 人形だった、ジァルデが」


 ゼドの目から、涙が落ちた。



「ジアの、傍にいたい。
 あと百年きりでも。
 ジアの、傍に」


 ふるえる囁きに、頷いた。



「行きましょう、ジアをたすけに!」


 拳を、突きあげる。

 頷く皆を見つめたヨァトォの掌に、異次元が開きだす。



「ズァビエの処罰は、エルフの長に一任する。
 次元の扉を、開く」


 噴きあがる魔力に、ヨァトォのちいさな顔が、歪む。


 僕とクロ、キュトとレトゥリアーレ、グィザとゼド、これだけたくさんを
異次元に送るのは、きっと、老体の命を削る。


 けれど、きっと、長にしかできない。

 だから、僕たちを、呼んでくれた。



 愛する、ひ孫のために。

 最愛の子を守れなかった、愛する孫たちのために。


 ちいさな老いた体が、命を懸けて、開く異次元が、口を開ける。


「ぐ……っ!」

 時空の抵抗を押し込めるように、ヨァトォが拳に力を籠める。
 しわの手が盛りあがり、異次元は、ずるりと広がった。


「おじいちゃん……!」

 僕と皆の悲鳴に、応えるように、ヨァトォはかすかに唇の端をあげる。

 脂汗の噴き出す額で、ぜえぜえ切れる息で、ヨァトォが時の止まった世界への
扉を、開けてくれる。


「……っく……! ジァルデを、頼む……!」


「はい!」

 涙と一緒に頷いた僕は、時の止まった世界に、踏み出した。









しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです

BL / 連載中 24h.ポイント:1,448pt お気に入り:3,376

転生したら猫獣人になってました

BL / 完結 24h.ポイント:411pt お気に入り:3,137

【R18】注文の多い料理店【TS】ー完結ー

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:737

いろいろ・なる!(自由動物変身)

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:9

【完結】【R18BL】学年二位は、学年一位の命令を聞く

BL / 完結 24h.ポイント:2,769pt お気に入り:637

追放されたΩの公子は大公に娶られ溺愛される

BL / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:1,967

処理中です...