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禁忌
しおりを挟む人型になったヴァツェーリヤが、珍しそうに藁ぶき屋根を見つめ、藁を引っ張ったり、引っこ抜いたりするのを、グィザが慌てて止めている。
キュトが笑って、レトゥリアーレが吐息した。
クロは僕の隣で、ふわふわの尻尾を振ってくれる。
ゼドは、遠く痛い記憶を見るように、漆黒の瞳を細めた。
屋根から藁を引っこ抜かれたヨァトォは、声をたてて笑った。
「ほほ、伝説の竜殿に、引っこ抜いてもらえる藁は、光栄ですの」
ヴァツェーリヤが胸を張って、グィザが、ぐいぐいヴァツェーリヤの頭を押さえる。
「ごめんなさい! するの!」
きょとんとしたヴァツェーリヤは、虹の瞳をまるくした。
「ごめん?」
グィザが頷く。
ヴァツェーリヤの瞳が、なつかしそうに細くなる。
『ナハロ、思い出す』
ヴァツェーリヤは、言わなかった。
ただ、グィザのなかのナハロと、グィザを見つめて、微笑んだ。
赤くなったグィザは、ぎゅうぎゅう、ヴァツェーリヤのちいさな頭を押さえる。
「家、こわす、だめ!
ごめん!」
グィザに頭を押さえられたヴァツェーリヤは、うれしそうに頷いた。
「ちがう! あやまるの!」
「ごめん?」
「俺ちがう、あっち!」
指されたヨァトォが、声をたてて笑う。
「ほほ、よきつがいであられる」
グィザの虎の尻尾がビキビキになって、真っ赤になった。
ヴァツェーリヤは、とろけそうに、やわらかに、瞳を細める。
息をのんだ僕は、納得した。
獣人と、竜だから。
きっと、ひとめで、わかってた。
幾度生まれ変わっても、必ず巡り逢う、魂のつがいだって。
しあわせになってね、グィザ────!!
お尻の心配をしつつ、僕は祈る。
クロもぶんぶん、尻尾を振った。
ヨァトォが僕らを、藁ぶき屋根のお家の中に通してくれる。
3次元で初めて見る囲炉裏では、鉄の魚が鉄の薬缶をくわえていた。
「わあ!」
手を叩いて喜ぶ僕に、おじいちゃんが笑う。
お茶を淹れてくれるのをお手伝いしたら、白く濁ったヨァトォの瞳が、やさしく細められた。
「ひめさまは、なぜジァルデを?」
「黒目、黒髪の僕は、悪魔の子と人間に捨てられ、エルフにも暴行されました。
僕を救ってくれたのは、ジァルデです。
僕は、ジァルデをたすけたい」
僕の言葉に、ヨァトォは目を伏せる。
「こやつに、聞きましたかの」
ゼドを顎で指すヨァトォに、僕は首を振った。
「里を追われたとだけ。
さっき、穢れの忌み子と言われてた。
ジァルデも、僕と同じだったのでしょうか」
僕の言葉に、ヨァトォは、目を閉じる。
「禁忌の子。
ジァルデは、同じ母、同じ父の、弟と兄の子」
目を瞬いた僕は、頷いた。
「子どもに障碍や遺伝病が起きないように、禁忌なだけでしょう。
誰が誰を愛しても、罪じゃない」
僕の断言に、白く濁りゆく目を見開いたヨァトォは、目を伏せる。
「みなが、ひめさまのようであればのう」
「ひめじゃないです」
訂正した。
ヨァトォは、頷いた。
「時魔には、禁忌だ。
血が濃すぎ、麗しすぎ、力が強くなりすぎる。
平穏に、何とか命を繋いでゆきたい時魔の均衡を乱す」
しわの瞼を、ヨァトォはゆっくり閉じた。
「力が強すぎるジァルデを産んだ弟は、死にました。
弟は、死ぬのを解っていて、それでも兄との子を産もうとした。
最愛の兄と、愛しあった証を、この世界に残したいと」
息をのんだ僕の隣で、クロの尻尾がしゅんとなる。
「兄は、泣いて泣いて、ジァルデを守ろうとしましたが……最愛の弟を失った哀絶が、兄を殺した。
互いを失っては、生きていられぬふたりでした」
僕は、唇を噛み締める。
キュトとレトゥリアーレは、目を伏せた。
「ジァルデは、ひとりぽっちになった。
力の強すぎる、麗し過ぎる、騒乱の種にしかならぬ子。
ゆえにジァルデは、捨てられた。
外界に」
ゼドが握り締めた拳が、震えた。
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