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祈り
しおりを挟む出発の前、まだ陽は昇らない。
ひっそりと静まり返る、ちいさな魔王さまの村で、僕は、天を覆うように枝葉を広げる、精霊の樹を見あげる。
跪いた僕は、つややかな根に、そっと額を押しあてた。
「僕は、世界一むかつくモブで。
レベルも、チートも、何にもなくて。
レトゥリアーレさまを、殺す者です」
僕は、唇を噛み締める。
「そんなこと、絶対、したくない。
思っていても、だめかもしれない」
零れた弱音に、精霊の樹の葉が、ひらひら揺れた。
「レトゥリアーレさまを、たすけたい。
ジアを、たすけたい。
どうか、僕に、力をお貸しください」
僕は、闇の申し子みたいだけど。
闇魔法しか使えなくて、光の精霊の樹には、ちっとも相応しくないけれど。
僕の心からの魔力を捧げて、祈る。
ジァルデをたすけたい気持ちを。
レトゥリアーレをたすけたい気持ちを。
僕の魔力にのせて。
祈る。
僕の身体の奥から、透きとおる闇が、噴きあがる。
精霊の樹が、応えるように、輝きはじめた。
教えてもらった歌を、歌う。
眠る皆を起こさないように、密やかに。
クロが僕の隣にやってきて、僕と一緒に鼻を鳴らして歌ってくれた。
金の光に、包まれる。
眩しくて、目を閉じた僕の手に、金に輝く葉が、舞い降りる。
僕は、精霊の樹を見あげた。
エルフを守り、レトゥリアーレを守ってきた、やさしい樹を、見あげる。
「命にかえても、お守りします」
つややかな根に、額をつけた。
「お祈り?」
やさしい声に、振り向いた。
じょうろを手に、チチェが微笑んだ。
「……ほんとは、ひめさまと、行きたい。
ひめの力になりたい。
思ってるだけで、俺は、何にもできなくて……」
「してくれてるよ!」
思わず、叫んだ。
「チチェとエォナがつくってくれたお野菜が、どれだけ美味しいか!
皆が笑顔で暮らせるのは、チチェとエォナのおかげだよ。
僕が元気で生きているのは、魔山羊のお母さんと、チチェとエォナのおかげだよ!」
チチェの栗色の瞳が、まるくなる。
僕は、畑仕事でごつごつになった、チチェの土に汚れた手を握った。
「チチェとエォナには、金の魔力がある。
勇者の力だ。
周りの者は、勇気をもらえる。元気をもらえる。
傍にいてくれるだけで、獣人さんたちを勇気づけて、励ましてくれてる」
照れて熱い頬で、僕は笑う。
「僕のことも」
耳まで真っ赤になったチチェが、もごもごする。
「そ、そう?」
「うん!」
手を繋いで、笑う。
笑顔は、ジァルデを思うと、すぐに消えた。
「魔王さまを超える敵が、攻めてくるかもしれない」
僕の言葉に、チチェは頷く。
「絶対に、エォナを、獣人の皆を守る」
拳を握ったチチェの瞳が、遠くなる。
「時々、夢に見るんだ。
ひめさまが、来てくれなくて、村が、魔物軍に蹂躙される。
皆が、どんどん殺されて、エォナも殺されそうになって。
俺は、すべての力と命を捧げて、エォナを護る。
……俺は死んで、エォナの命は護れたけど、エォナの心は、壊れた。
復讐することだけを、早く死んで、俺のところへ来ることだけを願う、真っ暗な目をしたエォナを、夢に見る」
息をのんだ僕に、チチェは微笑む。
「ひめさまが、変えてくれたんだなって、思う。
村の皆を、俺を、エォナを、ひめさまが、救ってくれた。
救うために、ひめさまは、魔物軍を殺した。
救われたのは俺たちなのに、ひめさまは、数多の命を背負うことになった」
チチェの指が、ふるえてる。
僕は、精霊の樹を見あげた。
「僕の、わがままなんだ。
僕は、大切な人に、愛する人に、しあわせでいて欲しい。
そのために、幾多の命を屠っても。
一番残虐なのは、僕で、一番ゆるされないのは、僕だ。
でも、だからこそ、僕はこの世界に生まれたのかもしれない」
目を瞠るチチェの手を、僕は握る。
「今度は、絶対、死なないで。
生きて、エォナを、獣人の皆を守って」
栗色の瞳が、揺れる。
「ひめも」
抱きしめられた僕は、チチェのやわらかな栗色の髪を撫でて、笑う。
「しあわせになってね」
栗色の瞳が、歪む。
「ひめは────!」
きょとんとした僕は、笑う。
「僕は、とびきり、しあわせだよ」
ジァルデと、レトゥリアーレを、救えたら。
どんなに命を屠っても。
僕は、しあわせだよ。
ああ、だから、僕は、闇の申し子。
最愛を殺してしまうほど愛したルルと、同じ魂なんだね。
鳥が、歌う。
世界が、目覚める。
朝の光が、射し込んだ。
────出発だ。
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