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たすけにゆくのです
しおりを挟む精霊の樹の前で、目を閉じたレトゥリアーレの髪が、舞いあがる。
あふれる魔力に応えるように、精霊の樹が、やわらかに明滅した。
「……次元が、違う。
時の止まった場所に、いる」
4次元に入ることができるのは、時魔だけだ。
「魔王さま、他の時魔に心当たりは!」
叫んだ僕に、ゼドはたてがみを震わせた。
「…………ある。…………が、決して言わないと……」
「僕が罪を負います!
教えてください!」
時を、止める。
伝説のチート魔法だ。
ジアが特訓してくれた時は、便利だな、と思った。
でも、ジアが捕らわれてしまったら。
最悪だ。
もし、ジアが、ひとりで切り抜けられるなら、捕らわれたことなんてなかったみたいに、リビングでほんのり唇の端をあげるだけだ。
ジアは、消えた。
あの銀煤色の角は、もう、折られてしまったのかもしれない。
ゼドを愛したことを詰られて、拷問を受けているかもしれない。
愛は、憎しみに、変わるから。
誰より愛するレトゥリアーレを殺したルルは、誰よりその気持ちを、知ってる。
恐ろしいのは、時が止まっていることだ。
僕らが、こうしている間に、ジアは無限の時を苦しんでいるかもしれない。
噴き出した冷たい汗が、背を伝う。
震える指を、握り締めた。
「1秒でも早く、たすけに行く!!」
震える声で叫んだ僕の手を、レトゥリアーレが、グィザが、キュトが、ゼドが、握ってくれる。
「ぼ、僕も行きます!」
青い顔で叫ぶエォナを、今度はチチェは止めようとしなかった。
「俺も行く」
真っ直ぐな瞳で告げる弟と兄に、僕は首を振る。
「あいつが、また来るかもしれない。
エォナとチチェは、ここで獣人の皆を守って欲しい」
「僕だって、闘える!!」
ちいさな拳を握り締めるエォナを、抱きしめる。
「ここに残って皆を守ることも、命の危険がある。
エォナは、皆と、死ぬかもしれない。
でも僕は、エォナなら、皆を守って、生き残ってくれると、信じてる」
エォナの瞳の奥に燈る光を見つめて、微笑んだ。
「エォナは、勇者だから。
誰にも斃されることのない、勇者だから。
エォナを信じているから、僕は闘いにゆけるんだ」
金の滲むエォナの瞳が、揺れた。
「……ひめさま」
「ひめじゃないよ」
笑った僕は、エォナのちいさな頭を、なでなでする。
「チチェは、勇者のお兄ちゃんだから。
力になってくれると、信じてる」
くやしそうな赤い顔で、チチェは頷く。
「きっと、皆を守ってみせる」
断言してくれるチチェと、エォナの手を、握った。
「皆を、頼む」
僕の言葉に、金の光をふりまく拳を握り締め、エォナは頷いた。
青い顔で、風磨は胸を叩く。
「俺が、エォナと皆を守る!」
燦然と輝くレベル1が心配になったけれど、僕は深く頷いた。
「お願い、風磨たん」
ぎゅ、と両の手で風磨の手を握ったら、跳びあがった風磨が真っ赤になった。
レトゥリアーレの瞳が、凍える。
ブリザードが吹きつけるのは、気のせいだと思う。
ゼドは、時魔の里を知っている。
決して口外せぬという約束を、ジァルデのために、破ってくれた。
「世界の果てに、いる」
ちいさな声だった。
ふわふわの指が、広げられた地図を指す。
最果ての島。
絶海の孤島だ。
辺りの海は、巨大な渦潮に覆われているという。
船は、近づくことさえできない。
ものすんごい火力で渦を突き抜けたとしても、断崖絶壁の孤島は、着岸を阻む。
崖をよじ登ろうとしている間に、船は波の狭間に藻屑と消える。
「時魔しか、ゆくことができない孤島だ。
その力を求められ、捕らえられ続け、絶滅寸前まで追い込まれた時魔の、最後の楽園」
教えてくれたゼドの、ふるえる手を握る。
「ジアは、楽園を出ても、魔王さまと一緒にいることを、選んだんだね」
唇を噛んだゼドは、首を振った。
「他種族に迫害されないという意味での楽園だ。
同族同士で、諍いもある。
……ジアは……事情が、あって、里を追われた。
そのジアを、ずっと支え、ともに世界を彷徨った、かけがえのない幼馴染みから────俺は、ジアを、奪った」
僕は、茫然と、ゼドを見あげる。
ああ、そうか。
ゼドは、ジアが傍にいないと、だめなんだ。
ジアが隣で、ゼドの手を握ってくれないと、ゼドは崩れる。
やさしすぎるゼドは、大切な、かけがえのない幼馴染みから、ジアを奪った申し訳なさに、圧し潰されてしまうんだ。
ジアのしあわせは、同じ時魔で、ゼドと同じくらいジアを愛する幼馴染みとともにあることだと、思ってしまう。
時を止める時魔は、永い、永い時を生きるから。
強大な魔力を誇る魔王は、百年しか、生きられないから。
どんなに長生きしても、ゼドはジアをおいて、死んでしまう。
今、ゼドが死んでしまうのも、百年後にゼドが死ぬのも、きっとジアにとっては、同じこと。
だから、魔王は、勇者に殺してもらったんだ。
後百年で死んでしまう自分が、同じ時を生きられる幼馴染みから、ジアを再び奪うことを、ためらって。
けれど、ジアが隣にいてくれない生に、耐えられなくて。
ジアのしあわせを願って、きっと、魔王は死んだ。
それが、どんなにジアを絶望に落とすか、わからないまま。
僕は、ゼドの手を握る。
ふるえる手を、ぎゅうぎゅう握る。
「ジアのしあわせは、魔王さまです。
わからないなんて、言わせない」
ゼドの漆黒の瞳が、歪む。
「僕は、レトゥリアーレさまを、たすけるために。
ジアと魔王さまをたすけるために、この世界に来た。
僕が絶対、たすけてみせる!」
拳を握った僕は、キュトを振り返る。
「絶海の孤島まで、よろしくお願いします!」
舌の根も乾かないうちに、キュトたんに頼りました!
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