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最愛の推しの傍
しおりを挟む精霊の樹は、おっきい。
夏の強い陽射しをやさしく遮り、さやさや揺れて、清々しい風を運んでくれる。
透きとおるような清浄な大気に満ちているのに、闇の申し子らしい僕も、苦しくない。
やさしい精霊の樹は、闇の僕も、ふわふわ包んでくれる。
キュトは、いつも精霊の樹の傍で、ちいさな部品を複雑に組み合わせ、魔力を流しては確かめながら、むつかしそうな魔道具を作ってくれる。
僕は、キュトの隣で、キュトの膨大な蔵書から、キュトのおすすめの初心者向けの魔法の本や、この世界のことが書かれた本を、木洩れ日の光で読んでゆく。
ゼルア大陸は、『黎明のゼルア』のゲームの舞台だ。
この世界で一番大きい大陸で、真ん中には物凄く高い山があって、西の果てには海があるみたい。
ゲームでは全然出て来なかった海や山に、へえ! と声が零れる。
隣のキュトが、ちいさく笑う。
僕も一緒に、くすくす笑う。
時々、キュトが、きゅ、と手を握ってくれるから、きゅ、と握り返して笑ったら、キュトのかんばせが真っ赤になった。
「ふぁあ──! ひめさま、尊い──!」
いやいやいや、キュトたんが、尊いから!!
「ひめじゃないです。
キュトたんが、尊いよ──!!」
拝んだら、キュトが紅い頬で笑う。
「伝説の美少年だからね☆」
ちょっと照れくさそうにピースするキュトは、今日もとびきり可愛い。
「うん、いい感じかな」
僕の魔力が流れるのを確認したら、キュトはまた魔道具作りに戻ってゆく。
野原を駆け回っていたクロは、僕が眠くなると、ふんふん戻ってきて、うとうとする僕の顔を覗き込む。
「ろー、ねむねむ?」
こくりと頷くと、クロはぶんぶん尻尾を振って横たわり、ふわふわであったかい僕の枕になってくれる。
「ふあふあ」
もふもふのクロを抱っこして、ふわふわ笑う。
クロと一緒にくうくう眠りこけていると、いつの間にかレトゥリアーレがやってきて、クロと僕に毛布をかけてくれる。
ぽやぽやしながら目を明けたら、レトゥリアーレが、透きとおる蒼の瞳で、笑ってくれる。
僕の髪を撫でて、頬を撫でて。
「起きた? お茶飲む?」
愛しさがこぼれるように、やわらかに瞳を細めて、笑ってくれる。
精霊の樹のお家にお呼ばれして、お茶をいただくと、とろけるようなしあわせがやってくる。
え、僕、世界で一番むかつくモブだよね。
最愛の推しを殺してしまうモブなのに、推しの傍で、こんなにしあわせでいいのですか────!
泣きたくなるくらい、しあわせだ。
ぐすぐす鼻を啜ってたら、レトゥリアーレが頭を撫でてくれる。
おっきくて、あったかくて、ペンだこと鍛錬の痕でごつごつの手は、とてもやさしい。
「ルル」
僕につけてくれた、名を呼んで。
あなたを殺す僕に、微笑んでくれる。
そんなこと、絶対だめだから。
離れなきゃと、思うのに。
レトゥリアーレの微笑みが、尊すぎて。
あなたに、名を呼ばれると、動けない。
「傍にいて」
大きな手が、僕の手を、包みこむように握ってくれる。
しなやかな腕が、僕を怖がらせないように、そっと、抱きしめてくれる。
夢みたいだと、思う。
夢でいいと、思う。
うっとり見あげて、ぽーっとする。
絶対夢だと思うのに。
いい匂いがするんだよ!
レトゥリアーレさまの匂い!
ふぁあああああ────!
しあわせ過ぎて倒れそうになると、いつもクロが、ぽふりと僕を支えてくれる。
クロ、やさしい!
「できたよ!」
精霊の樹の傍で、キュトが魔道具を掲げてくれる。
掌に乗る大きさの魔道具は、装飾を削ぎ落とし、内部の複雑さを隠すような、つるりとした造りで、キュトのちいさな手のなかで錫色の光を放った。
緊急時に押すんですよ、と主張してくれる紅いボタンが、中央に鎮座する。
ぽぽろっぽっぽっぴー!
緊急事態にぽちっとすれば、僕に通報される魔道具を手に入れた!
「キュトたん、ありがとう!」
思わず抱きつこうとしたら、レトゥリアーレの腕に阻まれた。
失礼だったかな、ごめんなさい。
しょげる僕と、止めるレトゥリアーレに、赤い頬を膨らませたキュトは、魔道具を掲げる。
「完成!
でも何百個も作りたくない!
伝説の魔導士が、魔道具美少年になっちゃうよ。
作ってる間に、エルフ全滅してそう」
嘆くキュトに、確かに、と途方に暮れる。
しばらく魔道具を見つめていたジァルデが、きゅるりと銀煤色の爪を回した。
「これでどうだ?」
ジァルデの手のなかで、キュトの手のなかの魔道具と全く同じものが、錫色の光を放った。
「な、なんか今、伝説の魔法が発動した!!」
キュトの紫紺の瞳が、ギラギラだ。
「複製魔法だ。
無機物にしか使えないから、薬草や食料を増やしたり、兵を増やしたりはできない。
使えない魔法が、初めて役に立ちそうだな」
僕の目は、点になったと思う。
無機物ってことは、宝石とか金銀を、ぽこぽこ複製できるってことだよね?
それ、働かなくて一生食べてけるぜ、ひゃっはー! を一瞬で実現できるってことだよね?
そ、そそそれを、使えないって言った???
隣で伝説の魔導士も、目を剥いてる。
「な、ななななな、なんてこというんですか、伝説の超常魔法に!!
時魔、こわい!
一攫千金伝説魔法を、使えないって言い切った!!」
ぷるぷるするキュトに仰け反られたジァルデが、ちいさく笑う。
「複製したものも、使えるか」
ジァルデが作ってくれた魔道具を検分したキュトの目が、ギラギラした。
「すんごい! 僕が作ったのより精度あがってる気がする!
ふぁあああ────!
時魔と闇の申し子とエルフの長と魔王がいて、精霊の樹と精霊の泉があるなんて、魔法研究の楽園なんですけど!!」
踊るキュトを横目に、ジァルデはぽこぽこ、魔道具を複製してくれた。
銀煤色の長い爪が閃くたび、そっくりな魔道具が増えてゆく。
「僕に通報したいと思ってくれるエルフなんていないと思うので、もう充分です!
レトゥリアーレさまの魔道具作りましょう!」
叫んだら、ぐるんとキュトが、僕を振り向いた。
「だーめ♡
ダークエルフ堕ちの秘法を見る機会を、まさか、阻まないよね……?」
爛々するキュトの目が、めちゃくちゃこわい。
こ、これ、阻んだら、僕、殺されるやつだ────!
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