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鼻血いただきましたー!
しおりを挟むエォナがクロに乗せてもらってお家に帰った夜、にこにこしたキュトが、魔王さまのお家にやって来た。
ぽぽらっぽっぽっぴー!
「レトゥリアーレの鼻血から、エルフ探索魔道具できたよー!」
満面の笑顔で叫ばれたレトゥリアーレが、轟沈する。
「そ、そこは叫ばなくていい!」
「泣いて縋るひめさまに、鼻血噴いて倒れたんだよ、エルフの長が!
こんな楽しいこと、全世界に拡声器で叫びたいよ!!」
「叫ぶな!!!」
とんがってる耳まで、真っ赤だ!
レトゥリアーレさま、かわい──!
「はあ、レトゥリアーレさまの鼻血、見たかった……!」
僕のほうが早く鼻血噴いて倒れてたから、見れなかったんだね……!
しょんぼりする僕に、キュトの目がきらりと光る。
「あ、映像録画してみたよ。見る?」
「見る──!!!!」
両手を挙げて叫ぶ僕を、
「見るなぁあああああ!!!
伝説の魔法を、鼻血に使うなぁあああああ!!!」
レトゥリアーレが全力で阻んで、キュトが映し出そうとした像が掻き消える。
「え、伝説の魔法を相殺するって、エルフの長、すげえ」
キュトの紫紺の瞳がきらきらして、肩で息をしたレトゥリアーレの目が、胡乱になった。
「伝説の魔導士は、こんなに軽いのか」
「永遠の美少年だよ☆」
目の横のピースが可愛いとか、キュトはチートだ。
ぽぽらっぽっぽっぴー!
レトゥリアーレの鼻血特製、エルフ探索魔道具を手に入れた!
「ジア、前にエォナにかけてくれた魔法、ピンチの時に僕の名前を呼んだら、僕にわかる魔法、エルフの皆にかけるって大変?」
何百回もかけるから、魔力消費が激しいと、ジアが倒れてしまう。
聞いた僕に、ジァルデは眉をあげた。
「あれは、想いあう者同士を繋ぐ魔法だ。
ろーに悪意を持つ者には、何の効果もない」
想いあう者のところで、レトゥリアーレの目が凍てついた。
氷柱に刺されそうな目も、かっこいーです、レトゥリアーレさま!
ちがう、魔法が使えないなら、魔道具だ!
「伝説の魔導士にお願いです!
緊急事態にボタンをぽちってしてもらえば僕にわかる、通報装置みたいのって作れますか?」
きょとんとしたキュトは、頷いた。
「できるよ。魔力を補充するなら半永久的に使えるのができる。
ひめは、まさか、自分を虐げて殺そうとしたエルフたちを、たすける気なの?」
もふもふのクロを抱っこした僕は、ちょっと笑った。
「死んじゃってもいいやと、思ってました。
僕が関係しなければ、別にいいって。
でもエルフが殺されて、その血で、ジアと魔王さまが危険になるなら。
全力で、阻止したいと思うんです」
キュトは、眉をしかめる。
「ひめさまを、殺そうとしたのに?」
レトゥリアーレの握り締めた拳が震えて、僕は、目を閉じた。
「……僕が前世で通っていた学校は、一緒に学ぶ人が30人くらいで。
僕をいじめに来るのは、3人から5人くらいでした。
9割の人は、見なかったことにする。
怖いんです。自分がいじめられるのが。
いじめが終わってから、大丈夫? って心配してくれる人が、ひとりいるか、いないかくらい」
前世を思い出す指が、震えた。
「僕をいじめた輩を、殺したいと思いました。
憎んで、怨んで、ナイフを持ったこともあります。
学校に持って行ったこともあった。
でも……怖くて、刺せなかった」
今なら、首を刎ねられる。
思って、ちょっと、笑う。
笑う自分に、びっくりする。
僕のなかに、闇がある。
ああ、そうだ。
僕は、知ってる。
「僕がどんなに怨んでも、憎んでも、そいつらは嗤ってた。
小国の民を虐殺する大国のトップが、世界中の人から憎まれても、平気な顔で生きているように」
僕が死んだ時、まだ生きてた。
今も、きっと、生きてるんだろう。
世界中の怨嗟を、一身に受けて。
「僕ばっかり苦しくなって、辛くなって、殺意と憎しみでドロドロになって。
落ちていくんです。底なしの闇に。
落ちて、落ちて、気づきました。
誰かを怨むのも、憎むのも、相手は微塵も痛くない。
自分の首を絞めることだって」
そっと首を撫でた僕は、顔をあげる。
「僕を殺そうとした輩を殺すのは、僕が罪に堕ちること。
誰より僕が、憎しみと怨みの底なしの闇に落ちてゆくのです。
そいつらが死んだって、僕がいじめられたことは、微塵も変わらないから。
夢で見て、びっしょり汗をかいて飛び起きる。
死ねばいいのにって思って、気づくんです。
もう、死んでる」
訃報を聞いて、喜んだ自分を、憶えてる。
死んで喜ばれるなんて、すてきだね。
嗤った僕を、憶えてる。
そいつの死は、ちっとも救いにならなかった。
それも、ちゃんと、憶えてる。
「復讐は、何の慰めにも、ならない。
ボコボコに殴ったって、殺したって、死んだって、僕の苦しみは、終わらない」
ふとした瞬間に思い出して、降る痛みと苦しみは、幾度も、幾度も、僕を襲う。
「誰かを、心の底から、憎んで、怨んで、殺したいと思った時の、自分の顔を、鏡で見たことが、ありますか」
僕の声が、落ちる。
「鬼だった」
眼球が、震顫する。
「僕はもう、あんな風に、なりたくない……!」
悲鳴を、クロの前足が、抱きしめてくれる。
「ろー……!」
ぎゅうぎゅう抱きしめてくれる、もふもふのクロに顔を埋める。
「ふぇえ……クロ……」
ぬくぬくのあたたかさが、やさしさが、沁みてくる。
ぎゅうぎゅうクロを抱き締めて、鼻を啜った僕は、涙を拭った。
爆速のクロに一瞬遅れたレトゥリアーレが、悔しそうな顔をしていて、微かに笑う。
前世の痛みが、遠くなる。
「僕のことを、たすけたいなと思いながら、たすけられなかったエルフも、いるかもしれない。
僕だって、誰かがいじめられていたら、たすけにゆく勇気は、出ない。
僕まで、いじめられるから。僕まで、殺されそうになるから。
勇気は出なかったけど、ほんとうは僕をたすけたかったエルフまで、皆殺しになるのは、いやだと思うんです」
「……ルル」
レトゥリアーレが、ふるえる僕の手を、握ってくれる。
「ろー」
クロが、僕の頬を、慰めるように嘗めてくれる。
ジァルデが、ゼドが、大きな掌で、僕の頭を撫でてくれる。
僕の傍で、僕を心配してくれる者がいる。
それが、どんなにしあわせなことか、ひとりぽっちだった僕は、知ってる。
怨嗟に堕ちたら、皆の手で、皆の笑顔で、笑えなくなるんだよ。
鬼になった僕は、それも、知ってる。
皆に抱っこされる僕をしばらく見つめたキュトは、吐息した。
「……レトゥリアーレの意見は」
レトゥリアーレは、目を伏せる。
「エルフを離散させたのは、確かにエルフを生かすためでもあったが。
どうでもいいと思ったんだ。
最愛のルルを、虐げ、殺そうとし、追放したエルフたちを、なぜ私が率い、守らねばならない?
私が二百年やってきたことが、たまらなく愚かしく思えた」
レトゥリアーレの透きとおる蒼の瞳が、僕を、見つめてくれる。
「ルルをくるしめる、すべてのものから、ルルを、守りたい」
切なげに揺れる蒼の瞳に、息をのむ。
「ルルのためだけに、生きたい」
最愛の推しの両の手が、僕の手を、包んだ。
そっと、指先が、からまる。
ほんのり紅い眦で、照れくさそうに、愛しそうに、やわらかに瞳を細めて。
笑ってくれる。
噴火して倒れる僕を、クロのもふもふの前足が、ぽふりと支えてくれた。
きゅるるる氷魔法で作った氷枕を、ジァルデが僕の鼻にあててくれる。
うん。
今日も僕の鼻の血管は、弱い。
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