上 下
35 / 127

鼻血いただきましたー!

しおりを挟む



 エォナがクロに乗せてもらってお家に帰った夜、にこにこしたキュトが、魔王さまのお家にやって来た。


 ぽぽらっぽっぽっぴー!

「レトゥリアーレの鼻血から、エルフ探索魔道具できたよー!」


 満面の笑顔で叫ばれたレトゥリアーレが、轟沈する。


「そ、そこは叫ばなくていい!」

「泣いて縋るひめさまに、鼻血噴いて倒れたんだよ、エルフの長が!
 こんな楽しいこと、全世界に拡声器で叫びたいよ!!」

「叫ぶな!!!」

 とんがってる耳まで、真っ赤だ!
 レトゥリアーレさま、かわい──!


「はあ、レトゥリアーレさまの鼻血、見たかった……!」

 僕のほうが早く鼻血噴いて倒れてたから、見れなかったんだね……!

 しょんぼりする僕に、キュトの目がきらりと光る。


「あ、映像録画してみたよ。見る?」

「見る──!!!!」

 両手を挙げて叫ぶ僕を、


「見るなぁあああああ!!!
 伝説の魔法を、鼻血に使うなぁあああああ!!!」

 レトゥリアーレが全力で阻んで、キュトが映し出そうとした像が掻き消える。


「え、伝説の魔法を相殺するって、エルフの長、すげえ」

 キュトの紫紺の瞳がきらきらして、肩で息をしたレトゥリアーレの目が、胡乱になった。


「伝説の魔導士は、こんなに軽いのか」

「永遠の美少年だよ☆」

 目の横のピースが可愛いとか、キュトはチートだ。





 ぽぽらっぽっぽっぴー!

 レトゥリアーレの鼻血特製、エルフ探索魔道具を手に入れた!


「ジア、前にエォナにかけてくれた魔法、ピンチの時に僕の名前を呼んだら、僕にわかる魔法、エルフの皆にかけるって大変?」

 何百回もかけるから、魔力消費が激しいと、ジアが倒れてしまう。
 聞いた僕に、ジァルデは眉をあげた。


「あれは、想いあう者同士を繋ぐ魔法だ。
 ろーに悪意を持つ者には、何の効果もない」

 想いあう者のところで、レトゥリアーレの目が凍てついた。

 氷柱に刺されそうな目も、かっこいーです、レトゥリアーレさま!


 ちがう、魔法が使えないなら、魔道具だ!


「伝説の魔導士にお願いです!
 緊急事態にボタンをぽちってしてもらえば僕にわかる、通報装置みたいのって作れますか?」

 きょとんとしたキュトは、頷いた。

「できるよ。魔力を補充するなら半永久的に使えるのができる。
 ひめは、まさか、自分を虐げて殺そうとしたエルフたちを、たすける気なの?」

 もふもふのクロを抱っこした僕は、ちょっと笑った。

「死んじゃってもいいやと、思ってました。
 僕が関係しなければ、別にいいって。
 でもエルフが殺されて、その血で、ジアと魔王さまが危険になるなら。
 全力で、阻止したいと思うんです」

 キュトは、眉をしかめる。

「ひめさまを、殺そうとしたのに?」

 レトゥリアーレの握り締めた拳が震えて、僕は、目を閉じた。

「……僕が前世で通っていた学校は、一緒に学ぶ人が30人くらいで。
 僕をいじめに来るのは、3人から5人くらいでした。
 9割の人は、見なかったことにする。
 怖いんです。自分がいじめられるのが。
 いじめが終わってから、大丈夫? って心配してくれる人が、ひとりいるか、いないかくらい」

 前世を思い出す指が、震えた。


「僕をいじめた輩を、殺したいと思いました。
 憎んで、怨んで、ナイフを持ったこともあります。
 学校に持って行ったこともあった。
 でも……怖くて、刺せなかった」


 今なら、首を刎ねられる。
 思って、ちょっと、笑う。
 笑う自分に、びっくりする。


 僕のなかに、闇がある。


 ああ、そうだ。
 僕は、知ってる。 


「僕がどんなに怨んでも、憎んでも、そいつらは嗤ってた。
 小国の民を虐殺する大国のトップが、世界中の人から憎まれても、平気な顔で生きているように」

 僕が死んだ時、まだ生きてた。
 今も、きっと、生きてるんだろう。
 世界中の怨嗟を、一身に受けて。


「僕ばっかり苦しくなって、辛くなって、殺意と憎しみでドロドロになって。
 落ちていくんです。底なしの闇に。
 落ちて、落ちて、気づきました。
 誰かを怨むのも、憎むのも、相手は微塵も痛くない。
 自分の首を絞めることだって」


 そっと首を撫でた僕は、顔をあげる。


「僕を殺そうとした輩を殺すのは、僕が罪に堕ちること。
 誰より僕が、憎しみと怨みの底なしの闇に落ちてゆくのです。
 そいつらが死んだって、僕がいじめられたことは、微塵も変わらないから。
 夢で見て、びっしょり汗をかいて飛び起きる。
 死ねばいいのにって思って、気づくんです。
 もう、死んでる」


 訃報を聞いて、喜んだ自分を、憶えてる。
 死んで喜ばれるなんて、すてきだね。
 嗤った僕を、憶えてる。


 そいつの死は、ちっとも救いにならなかった。

 それも、ちゃんと、憶えてる。


「復讐は、何の慰めにも、ならない。
 ボコボコに殴ったって、殺したって、死んだって、僕の苦しみは、終わらない」

 ふとした瞬間に思い出して、降る痛みと苦しみは、幾度も、幾度も、僕を襲う。


「誰かを、心の底から、憎んで、怨んで、殺したいと思った時の、自分の顔を、鏡で見たことが、ありますか」


 僕の声が、落ちる。


「鬼だった」


 眼球が、震顫する。


「僕はもう、あんな風に、なりたくない……!」


 悲鳴を、クロの前足が、抱きしめてくれる。


「ろー……!」

 ぎゅうぎゅう抱きしめてくれる、もふもふのクロに顔を埋める。


「ふぇえ……クロ……」

 ぬくぬくのあたたかさが、やさしさが、沁みてくる。


 ぎゅうぎゅうクロを抱き締めて、鼻を啜った僕は、涙を拭った。

 爆速のクロに一瞬遅れたレトゥリアーレが、悔しそうな顔をしていて、微かに笑う。


 前世の痛みが、遠くなる。


「僕のことを、たすけたいなと思いながら、たすけられなかったエルフも、いるかもしれない。
 僕だって、誰かがいじめられていたら、たすけにゆく勇気は、出ない。
 僕まで、いじめられるから。僕まで、殺されそうになるから。
 勇気は出なかったけど、ほんとうは僕をたすけたかったエルフまで、皆殺しになるのは、いやだと思うんです」


「……ルル」

 レトゥリアーレが、ふるえる僕の手を、握ってくれる。

「ろー」

 クロが、僕の頬を、慰めるように嘗めてくれる。

 ジァルデが、ゼドが、大きな掌で、僕の頭を撫でてくれる。


 僕の傍で、僕を心配してくれる者がいる。

 それが、どんなにしあわせなことか、ひとりぽっちだった僕は、知ってる。



 怨嗟に堕ちたら、皆の手で、皆の笑顔で、笑えなくなるんだよ。

 鬼になった僕は、それも、知ってる。



 皆に抱っこされる僕をしばらく見つめたキュトは、吐息した。


「……レトゥリアーレの意見は」

 レトゥリアーレは、目を伏せる。

「エルフを離散させたのは、確かにエルフを生かすためでもあったが。
 どうでもいいと思ったんだ。
 最愛のルルを、虐げ、殺そうとし、追放したエルフたちを、なぜ私が率い、守らねばならない?
 私が二百年やってきたことが、たまらなく愚かしく思えた」


 レトゥリアーレの透きとおる蒼の瞳が、僕を、見つめてくれる。



「ルルをくるしめる、すべてのものから、ルルを、守りたい」


 切なげに揺れる蒼の瞳に、息をのむ。



「ルルのためだけに、生きたい」



 最愛の推しの両の手が、僕の手を、包んだ。

 そっと、指先が、からまる。

 ほんのり紅い眦で、照れくさそうに、愛しそうに、やわらかに瞳を細めて。
 笑ってくれる。


 噴火して倒れる僕を、クロのもふもふの前足が、ぽふりと支えてくれた。
 きゅるるる氷魔法で作った氷枕を、ジァルデが僕の鼻にあててくれる。



 うん。

 今日も僕の鼻の血管は、弱い。







しおりを挟む
感想 182

あなたにおすすめの小説

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...