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千歳を翔るキュト

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 勇者エォナが、お茶を淹れてくれる。
 魔王さまのお家に、やさしい薬草茶の香りが満ちてゆく。

 円い飴色の卓に並べられたのは、魔王さまゼドと、伝説の時魔ジァルデが手を繋ぎながら一緒に作ってくれたお茶菓子だ。

 頬張った伝説の魔導士キュトと僕とクロは、とろけて笑った。


 ものすごく異様な光景のはずなのに、なごむ!
 さすが、もふもふ魔王さまと、もふもふクロ!


「ひゃー、千年生きてる僕でも、魔王とお茶するなんて、初めてだよ!
 ずっと引き籠もってたからなあ。
 よろしくね。
 我が名はキュト・デア・グォリアーゼ、伝説の魔導士だよ」


 差し出されたキュトの手を、もふもふ魔王の手が握る。


「ゼドだ」

「おお! かっこかわいー!」

 もふもふの手をにぎにぎするキュトと、ちょっと赤くなるゼドに、ジァルデの柘榴の瞳が凍りつく。


「伝説の魔導士?」

 ジァルデの氷の声に、ジァルデとゼドを見つめたキュトは頷いた。


「だいたい分かった」

 さすが伝説の魔導士。


「伝説の魔導士と言えば、昔、伝説のえっち魔導士にお世話になったことがある」


 ……つぶらな瞳で、何を言い出すかな、魔王!!


 仰け反った僕が、あわあわエォナの耳を塞ぎ、ジァルデはほんのり赤くなって、くるりと紫紺の瞳を回したキュトは頷いた。


「それ、たぶん、おじいちゃん」

「千年を超えて、ご存命か!」

 ゼドの叫びと一緒に、皆で仰け反る。

 キュトが千歳ってことは、千百くらい? もしかして、もっと?
 すごいー!


「うちの家系、長寿過ぎてさあ。皆伝説なんだよ。
 大昔の、魔法を使えた人間たちの、生き残り」


 首を傾げる僕とエォナに、キュトは寂しい瞳で微笑んだ。


 ……エォナが首を傾げてるってことは、聞こえてるってこと?
 大丈夫そうな話題になったから、もう平気かな。

 エォナの耳を覆う手を外すと、ほんのり潤んだ瞳で、エォナが僕を見あげてくれる。

 こほんと咳払いしたキュトは、千年の時を超えて、つやつやの唇を開いた。


「ゼルア大陸は、魔力に満ちた大地に護られてる。
 そこに生まれた人間は、いにしえの昔、皆魔法が使えたんだ」

「へえ!」


 ゲームでは、ゼルア大陸に生まれた人間は、魔法は使えない。
 使えるのは勇者の村に住む、エルフの血を引く者たちだけだ。
 唯一の生き残りのエォナだけが、魔法を使える人間だった。

 昔は皆、使えたんだね。

 声をあげる僕の隣で、エォナが首を傾げる。


「人間は魔法が使えないのですか?」

 エォナの指の先で、金の魔力が、きらめいた。
 見つめたキュトは、頷いた。


「きみは、勇者だ。
 エルフの血を継ぐ者が暮らす村で生まれただろう。
 今は勇者の村と呼ばれ秘匿されているけれど、昔はどこにでもある村だった」

 キュトの紫紺の瞳が、昔を思い出すように、細められる。


「遥か昔、エルフと人は仲良しでね、エルフの血を引く者は、沢山いた。
 エルフとの混血、つまりは精霊界との繋がりこそが、魔力の源なのかもしれないね」

 RPGゲーム『黎明のゼルア』の世界では、人界、魔界、精霊界があると言われてる。

 人界と魔界は、力のある者なら行き来することができるけれど、精霊界には誰もゆけない。
 精霊界から、人界、魔界に来ることはできるみたいだけど、精霊たちは興味が皆無らしく、伝説の存在だ。

 精霊界と交信できるのは、エルフだけだと謳われてる。


 キュトはエォナと、自分の腕を見つめる。

 魔力を継ぐ血だ。


「強大な力は、おぞましい諍いを生む。
 千年の昔、大国が小国に攻め入り、次々と壊滅させ、ゼルア大陸を支配しようと目論んだ。
 そんなことが楽しいのが理解できるようになったら、僕は僕を殺すだろう。
 暴行と虐殺が繰り返され、涙と血に染まった大地は死んだ」


 キュトの声が、沈む。

 うつむくエォナのちいさな手を、僕の手が握る。
 おごそかにキュトは続けた。


「病んだ大地は、人の加護を止めた。
 人は魔力を失い、病んだ大地に縛られたエルフは、精霊界に帰れなくなった。
 血で大地を穢した人間を厭い、エルフは人間から離れた」


 今はもう誰もが入れなくなってしまった精霊界。
 遥か昔は、エルフなら、ゆくことさえ、できたんだね。


「加護を失くした人間は、力弱き、頭弱き、魔力なし。
 大きな戦を起こしたって、我ら魔導士の生き残り、たったひとりの力で、すべてを壊滅させられる」


 紫紺の瞳が、冴え凍る。
 強大な力を従える、強き者の瞳だ。

 見つめた僕は、そっとキュトの手を握る。


「魔力を失くした人間と関わって、また諍いが起こらないように。
 力の強すぎる魔導士たちと交わって、諍いで世界を破滅させないように。
 ずっと、キュトはひとりぽっちで、頑張ってきたんだね」


 キュトの瞳が、見開かれた。
 揺れる紫紺の瞳を見つめた僕は、そっとキュトの髪をなでる。

 ふうわり紅に染まったキュトが、僕の手を握った。



「千歳の孤独は、ひめに逢うためだったんだね」


 微笑む紫紺の瞳から、涙が落ちた。










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