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特訓、はじまりました

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「襲われた時は、魔王さまを攫って、とりあえず逃げる、とかできる?」

「しようとして、殺されたんだろうな。
 時を止めるまでに、角を叩き斬られたんだろう」

 僕は、唸る。

「向こうが時魔法を使ってきたら、ジアの時も止まっちゃうの?」

「時魔同士なら、時の止まった時空に来て闘うだけだな。
 俺ら、卑怯だからな。あんまり鍛えたりしねえんだよ。
 時魔相手なら、一族全部が殴りかかってきても、負ける気はしない」

 拍手した僕は、顔を引き締めた。

「油断大敵だからね。大丈夫と思ってたら、殺られるんだからね」

 不服そうに、ジァルデは頷いた。
 ゼドも、真面目な顔で頷いてくれる。


「襲われそうになったら、魔王さまは、全力でジアを守ってください!
 特に角!」

「わかった」

「ジアさえ守れば、逃げ切れます!
 ジアが殺されたら、きっと、魔王さまも殺されちゃう!」


 ゼドは、つぶらな瞳を伏せた。


「……たぶん、ジアを殺された俺は、早く殺して欲しかったんだと思う。
 はやく、ジアの傍にいきたくて、だから、人間に殺してもらったんだ」


 ちいさな声に、柘榴の瞳がまるくなる。

 真っ赤になるジァルデが、とびきりかわいーのも、見なかったことにしてあげるね!


 僕、やさしー!
 ちがう、僕、めちゃくちゃお邪魔だ!


「あ、あのあの、あとは、ふたりで、ごゆっくり。
 クロ、行こう」

 クロと一緒に、時の止まった次元から出ようとする僕の襟首を、ジァルデの手が掴んだ。


「特訓だ」





 ジァルデの操る時魔法は、不思議だ。

 時の流れは止まっている。
 僕の時間は、過ぎてゆかない。

 なのに、時の止まった時空で特訓すると、ちゃんと習ったことを覚えられる。

 たぶん、次元がずれてるんだと思う。


 4次元の空間に、ジァルデは自由に出入りできる。
 時間軸を、操れる。


 ただ、時魔であっても、過去を改変することは、許されないらしい。
 過去を改変しようとすると、力が暴走して、肉体まで燃え尽きるのだという。

 過去を視ることはできるけれど、未来を覗き視ることも、未来に干渉することも、できないみたいだ。


 できるのは、今の時を止めること。
 時の止まった空間に入れること。

 時空を切り裂いて、転移することもできるみたい。
 だから魔山羊のお母さんを、あんなに早く連れてきてくれたんだね。

 後は、僕の姿を、幼児にしたり、青年にしたり、おじいちゃんにしたりできるらしい。

 そこは過去と未来の干渉に当てはまらないみたいだよ。
 リアルすぎる特殊メイクみたいな分類なのかも。


 参謀に相応しく、でも、かわいさも求められた僕は、16歳くらいの姿になったっぽい。

 鏡がないから、今ひとつよくわからないけど、身長160cmくらい、小さめだよ。まだまだ伸びると信じたいよ。


 髪は腰まで伸びて、鬱陶しいから切ろうとしたら、魔王が、ぷるぷる首を振って、泣きそうな瞳で止めた。

 仕方ないので、後ろでひとつに括っている。

 ポニーテールだよ。
 あこがれの可愛い男っぽいけど、僕がしたら気持ちわるくないかな。
 ちょっとビビる。



 時の止まった空間で、ジァルデは僕に、剣術と魔術を叩き込んでくれた。

 魔山羊のお母さんも連れて来て、ミルクをたくさんもらって飲みまくり、血を吐く特訓を頑張った。

 魔山羊のお兄ちゃんも来てくれて、ボロ雑巾みたいになる僕とクロを励ましてくれた。


「お母さんのミルクいっぱい取っちゃって、ごめんなさい」

 本泣きで謝る。
 僕がミルクをもらう分、お兄ちゃんが成長できないよ!


「めええ」

 いいのさ、弟のためだからな。
 顎をあげて鳴いてくれるお兄ちゃんは、めちゃくちゃかっこいー。


 魔山羊のお母さんのミルクを飲みまくったからか、僕、魔山羊のお母さんとお兄ちゃんの言葉がわかる気がするよ!

 ……いや、最初から何となくわかってた?
 謎のモブパワーだ。






「遅い!」

 渾身の一撃を、一瞥されることさえなく弾き飛ばされた僕は、吹き飛んだ。
 僕をたすけに来ようとしてくれるクロまで、飛ばされる。


 ……僕のこと、きらい……?


 泣いちゃいそうになると、頭をぽふぽふされて、

「できないと、殺される」

 また吹き飛ばされた。



 ジアと魔王さまの特訓は、厳しかった。

 こんなに頑張ったのは、前世を振り返っても、ない。

 頭のよろしくない、見た目も残念な僕を雇ってくれた、唯一のオーナーに報いたくて、めちゃくちゃコンビニバイト頑張ってると思ってたけど、本気で頑張れてなかったかもしれない。

 反省した。

 がはって、ほんとに血を吐いたのも、初めてだった。



 魔山羊のお母さんのミルクは凄い。

 僕みたいな、世界一むかつくモブでも、魔法が使えるようになったよ!

 一緒にミルクを飲んでたクロが、びっくりするくらいおっきくなって、16歳の僕を乗っけて、走ってくれるまでになったよ!

 ちょっとしたポニーくらい、大きいと思う。

 僕と一緒にわしゃわしゃお風呂に入ったクロの真っ黒な毛はつやつやのふさふさで、極上の触り心地! 魔王さまみたい!


 僕ひとりでは、へなちょこ剣と、へなちょこ魔法だけど、クロと一緒なら、すんごい速度の突撃と、背後からの魔法とかできるようになった。


 クロのおかげで!
 というか、全面的にクロの力で!


 僕、モブだからね。
 スキルも、チートも、何にもないからね。
 レベルさえなかったよ!


 クロの驚異の瞬発力と脚力で、ジァルデに初めて一撃を入れられた時は、クロと抱きあって喜んだ。


「卑怯でいいな」


 ジァルデは、笑ってくれた。









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