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おまけのお話 ディゼの初恋

はじめまして

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 登っているのか、下っているのかさえ、解らない。
 闇はどこまでも続き、青白い炎は、ゆらゆら揺れた。

 導かれるほうへと、おそるおそる、足を進める。
 こんなにビビったことは、ない。

 魔族最強と謳われた者と闘う時でさえ、俺は楽しかった。
 自分のなかには、怖い気持ちとか、弱い気持ちとか、情けないものはないのだと思ってた。


 幻想が、くずれてく。

 ほんとうの俺が、あらわれる。


 俺を試すような闇のなかを、歩く。
 一歩、足を進めるたび、ほのかに、俺の傲慢が薄くなる気がした。


 しかし、歩いても歩いても、終わらない。
 濃すぎる闇と、濃すぎる瘴気が染みてくる。

 罠か……?

 来た道を引き返そうかと思った時だった。
 青白い明かりと闇しかない世界で、ひとつだけ、やわらかな光を燈す扉が現れる。

 やさしい、紫の光だった。
 怖くて不気味な魔城で、唯一、ほっとするような光だった。

 紫の光なんて、ふつう不気味だと思うのに、この光は、ちがう。


 …………あったかくて…………俺を、呼んでる……?


 そっと、きらめく扉に指を掛ける。

 ガチリと阻まれるかと思ったのに、扉は音もなく開いた。

 ふわふわの白い天蓋が揺れる。
 広やかな部屋の大きな寝台に、ちいさな赤子がころんとしてた。


 俺を見あげて、こぼれるように、笑う。


「ぃ──!」

 ちっちゃな、ちっちゃな、つまんだら壊れてしまいそうにちっちゃな手が、俺の手にふれる。


 おっきな紫の瞳が、俺だけを映して、見あげてくれる。

 真っ赤なぷくぷくのほっぺたが、輝いた。

 ぎゅう、と俺に抱きつく、ちいさな、ちいさな身体の甘い匂いに、くうらり眩暈がする。




 相手は、赤ちゃんなのに。

 解ったんだ。


 この子が、俺の唯一だって。






 ヒュァ────!!

 鎌鼬に、俺の髪が切り裂かれ、俺の喉元には刃が銀の光を放った。


「俺の息子に、何してやがる」

 絶対零度の瞳に、背が震える。

 漆黒の髪が、噴きあがる魔力に舞いあがる。
 見つめるだけで、震えるほどの怜悧なかんばせが香りたつ。


『顔だけ魔王』

 他界で囁かれる噂は、まったくのデタラメだ。
 身に沁みて、思い知った。

『今世魔王は、歴代でも最強だ』
 魔界のひっそりした呟きこそが、真実だった。


 魔界のなかでも、魔族はその魔力と強靭さを誇る、随一の種族だ。
 そのなかで俺はすべての魔族をぶっ倒し、総領の地位を得た。

 その俺の首を、魔王は一瞬で落とせる。
 彼我のあまりの力の差に、ゾッとした。


 こくりと喉が鳴る。
 魔王の闇の瞳が、冴え凍る。


「……扉が、開いて、いたので……」

「はァ!?」

 ビキビキ浮きあがる血管が、絶世のかんばせを鬼に変える。


 怖い怖い怖い……!

 この城、みんな怖い──!!



 かわいいのは、赤子だけだ!!







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