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やさしい指

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 ……勃起したままの股間を曝して倒れる姿は、かなり情けない。

 笑う余裕は、なかった。


「な――――!」

「魔族!?」

「すべての攻撃を防ぐ最強の結界は発動してる! どうやって…………!」

 キーザとアルフォリアが魔法の詠唱を開始するより早く、ディゼの回し蹴りが
炸裂する。


「ぐぅ……!」

 吹き飛んだふたりの股間は、もっこりなままだった。


 笑う余裕は、やっぱりない。



「…………ディー…………?」


 どうして。


 茫然と見あげる俺の手を縛るシャツを、ディゼの長い指が、ほどいてくれる。



「……んで、もっと早く呼ばねーんだよ、お前は――――!!」


 吊りあがる緋の瞳に

 ディゼのぬくもりに

 ディゼの香りに



 ぶわあ!

 涙腺が、崩壊した。





 ディゼの腕が、抱きしめてくれる。

 ぎゅうぎゅう、俺を、抱きしめてくれる。


「…………ディー…………」

 ささやく声は、ふるえてた。


 俺の千切れた服を掻き集めたディゼが、生徒会室の窓を叩き割る。
 俺を抱えて、漆黒の翼で飛び立った。


「魔界、帰れたらいいのになあ。
 元魔王は、どんな酷いことが起きても、自分で何とかできるように、
頑張れって。
 元魔王が、ずっと護ってやれるわけじゃねえから。
 自分で、自分を守れるようになれって」


 ぐしゃぐしゃ、ディゼが、頭を撫でてくれる。

 乱暴なのに、やさしい指に、涙があふれた。



「…………ディー……」

 ぎゅうぎゅう、ディゼの胸に、顔を埋める。

 黒いシャツが、俺の涙で濡れるのに、ディゼは怒らなかった。
 俺の背を、ぽんぽん、あやすように、慰めるように、たたいてくれる。


「…………大きらいなのに……来てくれたの…………?」


 ふるえた問いに、ディゼは吐息した。

 俺の頭を、ぐしゃぐしゃ撫でる。


 乱暴な指は、いつも、やさしかった。



 俺が親父の権力を振り翳して、ねだる時でさえ。

 ディゼは、いつも、やさしかった。









 夕暮れの空を舞った漆黒の翼は、おんぼろ寮の俺の部屋に降り立った。

「…………ありがとう、ディー」

 頭を下げたら、ディゼは眉をあげる。


「リユィじゃないみたいだな」

 俺は素直に頷いた。

 あんな輩に、転生者ってバレたっぽいなら、ディゼには知っていて欲しい。


 ぼろぼろの制服の上からシャツを羽織った俺は、おんぼろ寮の部屋の扉と窓を
しっかり締める。

 古ぼけた部屋は、夕陽にあたためられた木の匂いがした。
 ディゼに寝台をすすめ、俺はちいさな丸椅子に座る。

 霞む記憶を辿るように、俺は唇を開いた。


「この世界に生まれる前に、別の世界で生きた記憶が、蘇ったみたい」


 ディゼは目をまるくした。


「…………は?」

「輪廻転生ってわかる?」

「わかんね」

 率直なディゼに、笑う。


「俺さ、魔法のかわりに機械がある国で生まれたんだ。
 今と一緒で、俺には何の力もなくて。頭も弱くて。努力もしてみたけど、
だめで。
 ふつうにしてるつもりなのに、気持ちわるいって、いじめられて。
 ひとりぽっちのちっさい部屋で、ゲームするのが楽しみだった。
 そのゲームに出てくるなかで、一番すきだったのが、ディー」


 切れ長の緋の瞳が、瞬いた。


「ディーが出てきてくれたら、うれしくて。
 ずっと、ディーを見てたくて。
 ディーのことばっか、考えて。
 そしたら、この世界に、生まれたみたい」


「…………意味が、わかんねーんだけど……」

 だろうと思う。
 ゲームを説明すること自体が、難しい。

 だからきっとディゼは、転生者じゃない。


 混乱しているのだろうディゼに微笑んで、俺は続けた。


「ディーに逢えて、うれしくて、うれしくて。
 でも俺には、何の力もなかったから。
 ディーに傍にいてもらうための、力も、顔も、尻も、何にもなかったから。
 だから必死に、親父の力に縋った」


 俺は、間違った。


「ディーに、傍にいてほしくて。
 ディーの傍に、いたくて。
 それがディーを、めちゃくちゃに傷つけた。
 ほんとうに、ごめんなさい」


 深く頭をさげる俺のつむじを、ディーは見ていた。


「…………傷つけた?」


「強制わいせつ。
 俺も、今日、された。
 最低だった。
 本当に、本当に、ごめんなさい」


 深く、深く、頭をさげる。



 自分がしてきたから、自分がされちゃうんだなあ。


 納得した。

 物凄く、怖かった。



 もう多分、俺は、無理矢理な漫画もゲームも絶対無理だ。

 この世界に、漫画もゲームもないけど!









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