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お帰り、好きな人

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※向井

今日はもう何も手につかなかった。


「はぁ…」

(これで合ってるよな?)

初恋の人とセフレ関係で?辛くて距離おいた矢先に相手が離婚して?会いたいって連絡してくるって、何の第何話だよそれ。

でも「行くな」なんて言える訳がない。俺が目の前にいたって、羽場って奴のLINEひとつに余裕で負けるんだから。

「はぁ…」

(何が「会うのが怖い」だよ)

「俺の方が怖ぇよ」
「どうした?ゴキ出た?」
「あ、いや、大丈夫」

大月の声で我に返った。

(何してたんだっけ…あぁ、モップか)

持っていたモップのおかげで、自分が閉め作業中だったことを思い出した。

「大月、こっち終わったけど上がれそう?」
「はーい、お疲れ。こっちも書けたから上がろっか」

と、言いながら大月は休憩室の椅子に腰掛けて缶コーヒーを飲み始めた。

「あれ、今日は電車いいの?」
「うん。車で迎え来るって」

(大月ダーリンか)

「いいなぁ…俺も迎えに行きたい」
「行く側がいいんだ。相手いるの?」
一方通行イッツウでよければいる」
「あぁ…頑張ってんだ」

迎えが来るまでの間、珍しく大月と話した。
(大月はやっぱ格好いいな。年下だけどまじ姉さん)


一人になったバックヤードで、俺は自宅に帰るかシキさんの部屋に行くか迷った。

(今日がうまく行って、織さんと羽場って奴が一緒に帰ってきたとこに俺がいたら…ダメだよな)

織さんなら連れ込むにしても一応俺に連絡くれるだろうけど、酔っていたとしたらもう何も信用できない。

(ダメだけど、ダメだけど…)

俺は合鍵を持っているという一点を頼りに、織さんの部屋に向かった。


そっと部屋に入ると、朝に出た時のままだった。
明日も仕事だから泊まりは無いだろうと思いつつ、落ち着かない。

(未だにLINEの一番上に置いてんだから)

LINEで会う約束を打ち込むとき、織さんが羽場って奴とのトークを一番上に固定しているのを見た。

(まだ好きなんじゃん)

カウンターに突っ伏して、何もする気になれなかった。

(俺といたって、笑ってたって、あいつじゃなきゃダメなんじゃん)

珍しく泣きたい気分だった。


その時、ガチャンと音がして玄関の扉が開いた。
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