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アンデッドの国

ヒスイの覚悟

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 空中にぷかぷか浮かぶ光はゼラへと集中していた。
 その光景にデッドロードは判断を下す、逃げるか、と。
 空飛ぶ光はこの場にあるデッドロードが集めた魂である。
 それが徐々に奪われて行き、ゾンビ達も奪われている。

 自分の物を自分のスキルで奪われているので、奪い返す事は可能である。
 しかし、今は体の再生を優先させたいのと、このまま行けばゼラが死ぬと判断したから逃げる。
 身の丈に合わない力は身を滅ぼす。

「俺が魔王クラスへの進化した際に残った魂では魔王クラスへは進化出来へん。それでも進化しようとするなら、魂が崩壊するだけや。数日暴れて死ぬか、残念やな」

 そう言ってデッドロードは踵を返した。

(魔王クラスへとなった今、ある程度の奴は敵やない。まずは軍団を作り出す。召喚獣だけじゃ物足りん。ゾンビだけやない、色々な奴を配下にするんや。一からになってもうたが、問題あらへん)

 そして魂を奪い続けるゼラを放置して国外へと出て行く。
 更地となった国を歩いていると、寝ているリーシア達を見かけた。

「あのエルフ、何もんや。面白いのぉ。お前達、またどこかで会ったら、その時に決着を付けようやないか。その時があったらな!」

 高笑いを上げてデッドロードは完全にその姿を消した。
 魔法の力はゼラを超えて、その知識もゼラを超えていた。
 もしも神の介入がなく【憤怒の主】を入手していたなかったら負けていただろう。
 否、神の介入がなければこんな結末には成らず、リーシアは救えなかっただろう。

 そして魂を全て奪い終わったら魔力の繭に囲まれる。
 それはどこか硬骨とした卵に見える。
 ゼラが卵へと姿を変えてから丸三日が経過して、月が照らす中でヒスイは目を覚ました。

「⋯⋯結構寝てしまったようですね」

「ヒスイお姉さん」

 リーシアはある程度の自由が手に入り、自身の魔力を使って肉体を改造していた。
 ゼラとの繋がりもあってか、今は栄養が足りてなさそうな白い肌の人のようになっていた。
 焼け潰れていた目は回復しており、猫のような目になっている。

「私、何分寝てましたか?」

「三日です。その間にゾンビ達の支配権がゼラお姉さんに映っていたのですが、ヒスイお姉さんのお陰か言う事聞いたので、今は地面に埋まってます」

「三日! そんなに寝てたの⋯⋯」

 新たな魔法の創造などによってヒスイには多大なるエネルギーを消費した。
 それを回復させる為に丸三日必要だったのだ。
 その間に変わった事は一部のゾンビは減ったが、かなりのゾンビが残っていたのをリーシアが地面に埋めた事。
 それらはリーシアの力でどこからでも呼び出せるようであり、リーシアの友達は呑気に遊んでいる。
 そしてゾンビ達は強い魔力のお陰で腐る事もなく、健康の悪い生前の人間の姿を持っている。

「⋯⋯そう言えば、あの骨は?」

「何が理由か分かりませんが、逃げたようです。死んでないのは確か、ですね。⋯⋯まだ少しだけ、私を蘇らせた彼の力を感じます」

「そっかー。ゼラさん、意外に本気で戦った相手を逃したの初めてじゃない?」

 しかし、ヒスイはここでとある事に気がつく。
 ゼラがいない事に気づいたのだ。

「そう言えば、ゼラさんはどこに居るんですか?」

「⋯⋯気を引き締めて、ついて来てください」

 ヒスイが真剣な顔になり、リーシアに案内されてとある場所に進む。
 そこは元々宮殿がある場所であり、ヒスイ的には苦い思い出しか無かった。
 その反面、全力で強くなると誓った場所でもある。
 その場所には一際目立つ大きなドラゴンの卵のような物体が置かれていた。

 それはドクン、ドクンと大きく鼓動をして、共に黒色の波動を出していた。
 それに当てられたヒスイは背筋が冷える。

(なにこれ、なんでこんなどす黒い魔力がゼラさんから?)

 訳の分からない光景に混乱が生まれるが、必死に冷静となる。

「これは⋯⋯進化ですか?」

 魔物は稀に進化するとヒスイは知っている。
 リーシアはこれがどのような事になっているのかも把握している。

「そうですね。ですが、他者から奪い取った数少ない魂を使って、莫大な魔力で無理矢理進化をしようとしているので、このまま行くとゼラお姉さんは死にます」

「⋯⋯え? 嘘、だよね? ゼラさんが、死ぬって」

「嘘じゃないです。魂が進化に耐えられないんです。それに、あの時感じた怒り⋯⋯多分ゼラお姉さんは今、それに呑まれています。もしも進化を終えたら、魂を崩しながら怒りに従って暴れると思います⋯⋯あの魔力量なら相当の被害が確約されますね」

「そんな」

 力が抜けたように膝から崩れ落ちるヒスイ。
 ゼラが死ぬと言う事にも驚愕したが、ゼラが生み出す被害にも驚愕する。
 この場から一番近いのはエドなので、きっとそこを襲うだろう。

「そんな、リーシアちゃん、どうしたら良いの、なんかないの!」

「⋯⋯分かりません。私が知っている事の中で、今のゼラお姉さんを助ける方法が分からないんです!」

 リーシアが嘆く様に叫んだ。
 それは大切な人を助けられないと言う苦渋の現実に悶える様子。
 どうしたら良いのか、どうやったら助けられるのか、分からない。
 それが堪らなく辛かった。

「なんにも、出来ない」

「⋯⋯どうしたら、どうしたら⋯⋯そうだ、悪魔! 居るでしょ! ねぇ!」

 その叫びによって影から悪魔がニョッキと現れた。

「なんですか?」

「ゼラさんを助ける方法知らない! 知ってたら教えて!」

 そのヒスイの願いに悪魔は嘲笑で返す。

「それに対して、ワタクシのメリットはなんですか?」

「⋯⋯え? ゼラさんが死んでしまう可能性があるんですよ? それで、良いの?」

「確かに辛いですが、それが運命と言うモノですよ。最後まで、ワタクシはあの方に仕えるだけです。ワタクシは『あの方』に仕えているのであり、貴女にも『ゼラ様』にも仕えている訳ではありません」

「は?」

 ヒスイにとっては衝撃の事実。
 ゼラの言う事を聞いて自分の影から守っていた悪魔が、ゼラに仕えている訳ではないと言ったのだ。
 確かに、悪魔が惚れ込み主だと判断したのはゼラではなくゼラの魂だ。

(どうしたら)

 ヒスイは必死に考えた。
 考えて、考えて、疑問を見つけ出してそれを解決する為に思考を重ねる。
 選択肢を間違えたらゼラは助けられないと言う事になる。

「⋯⋯悪魔、君はゼラさんに仕えているのでは無いのに、ゼラさんに敬意を払うんですね」

「当たり前ですよ。現状、あの方がゼラ様なのですから」

「⋯⋯教えて、君はゼラさんの何が好き?」

 その質問に悪魔を口角を吊り上げた。

「魂」

「その魂が壊れても良いの?」

「それが運命です」

「運命なんて言葉、今ほど嫌いになった事はありませんね。⋯⋯私はゼラさんを助けたい。ゼラさんが『死ぬ運命』と言うなら、私は『生きる運命』を作り出したいです。だから、力を貸して」

 ヒスイの目からは真剣さが伝わって来た。
 悪魔は考える素振りをする。⋯⋯元々答えは決まっていると言うのに。
 敢えてヒスイを煽って決断をさせた悪魔。

「貴女は、ゼラ様の為に全てを賭ける事が可能ですか?」

「当たり前よ」

 悪魔の問いに対して即答で答えた。

「素晴らしい」

 悪魔は上機嫌になる。──流石はゼラ様がお認めになったお方だと。
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