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二章 獣王国

主に牙を立てる

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「ヒスイ、辛いだろ? 今、助けてやるからな」

 王室へと来た俺を待ち受けていたのは、今すぐにヒルデを殺したいと思う光景だった。
 ヒスイはなにかの呪術に寄ってヒルデの言いなりになっていた。
 頬の傷、鞭かなんかで叩かれたような痕。
 破されて乱れた服装。

 何よりも、狂気に染まってハイライトを失った瞳。
 綺麗だったサファイアのような瞳が黒く暗い瞳になっている。

 許せない。
 あの状態は知っていると言うか分かる。
 俺もやった事があるからだ。
 王妃のスキルである【誘惑の魔眼】を使った時と同じ感じだ。
 つまり、ヒスイは今ヒルデの言いなりでありながら若干の依存感を持っている。

 簡潔に言えば初恋と同じだ。
 相手に特別な感情を持って、その人の言う事なら正しいと思ってしまう。
 そしてこれはそんな感情へとねじ曲げて都合が良いように利用する。

「ちぃ」

 ヒスイが放って来る無詠唱の風魔法は強烈だ。
 簡単に家具を切断して来る。
 躱すのもしっかりと相手の動きを見てないと不可能だ。
 だが、一つだけいつものヒスイとは違うところがある。

 それは魔法の威力が低い事。
 俺がここに来れたのはヒスイに加護を与えている精霊、シルフが力を貸してくれたからだ。
 そして今、ヒスイの魔法にはシルフの加護が反映されてない。
 だから弱いんだ。

「ヒスイ、お前はシルフに好かれてるよ。⋯⋯ごめんな。こんな選択しかできなくて。恨んでくれても怒ってくれても構わない」

 返事なんて当然なく、無慈悲な風の斬撃が飛んで来る。
 既に慣れた俺には躱す事は用意だ。受ける方が難しい。
 無駄のない動きで避けながらヒスイにゆっくりと近づく。

 この部屋から感じる甘い臭いは人の感覚を鈍らせる。
 そして快感を与える。
 痛みと言う刺激すら快楽へと変えるものだ。
 それが今までヒルデが行って来た事を俺に示していた。

「ヒスイにその紋章は似合わないぞ」

 胸元に痛々しく刻まれた紋章。
 ヒルデが命令を下した時に一瞬光っていた。確実にこれが影響している。
 これが呪術と同じ部類だったとしても、俺には解呪する事ができない。

「何をやっている速く殺せ!」

 ヒルデが叫び、ヒスイが右手を掲げる。
 そして周囲の空気を集中させて風の塊を生成して行く。
 そのせいでこの部屋の空気が薄くなって苦しくなるヒルデと使用人。
 しかし、それは反抗でもなんでもないのでヒスイは続ける。

 あくまで俺を殺すための行為で主人に危害は加えない。
 だから紋章の反応がないのだろう。
 最初にヒスイがヒルデを攻撃しようとしていた時は動きが止まったのにだ。

 良いぞ。
 このままやれば窒息死させる事ができる。
 ヒスイがそのまま続けるならそれでも良いと思う。
 前世の優しい上司とこいつは別だ。別モノだ。

 ヒスイは風の塊を家具などを巻き込みながら俺へと放って来た。
 宝石なども巻き込まれてキラキラしている。
 似つかわしくない輝きだ。

「ヒスイ、無駄だと君が一番理解しているだろうに」

 俺はそれを手で弾いて消した。
 やり方は簡単だ。
 手に魔力を集中して、弾く瞬間に魔力を解放するだけだ。
 解放した魔力は弾けて風の塊を消滅させる。
 前にヒスイの前でやったら驚かれたけど、すぐにヒスイも習得した。

 ヒスイが手刀を形成して俺に振るおうとして来る。
 風の斬撃を放つ為である。
 俺はワンステップで懐に入って手首を掴んで魔法をキャンセルさせた。
 少し力を込めてヒスイの体を上げる。

 床から足が離れてバタつく。
 反対の手で攻撃を仕掛けて来るが、同じく俺も反対の手で止める。
 そのままヒスイの首を口まで持って来る。
 口を開いて、カプリと噛んだ。

「⋯⋯」

【毒牙】と【麻痺毒】を合わせたスキル攻撃。
 ヒスイの体が痙攣して動かなくなる。
 意識ははっきりしているだろうが、体が動かない状況だ。
 そのまま回復薬を【放水】して傷を癒していく。

 これで麻痺は解けない。
 紋章も治らないようだ。

「すぅはぁ」

 深呼吸して心を落ち着かせて、ヒルデを見る。

「ヒィ!」

「何ビビってんだ」

 使用人が外に出て助けを呼びに行こうとするが、ドアが開かない。
 きちんと固定してあるに決まっている。
 ただの人間の力では開ける事はまず不可能だ。
 でも、動かれると面倒なので腹を殴って気絶させる。

「ヒルデ王、非常に残念だよ」

「お、お前⋯⋯獣人の誰かだな! こ、こんな事して良いと思っているのか! 我と同盟国達を敵に回したのだぞ! その事が分かっいるのか!」

「ぎゃあぎゃあ喚くな。それも既に承諾済みだ」

 王妃達との話はまとまっている。
 後は俺の行動次第だ。

「ヒスイを解放しろ」

「そんな事するかっ! エルフは数が少ないんだ! もっと楽しまないと損だろうが! そんな事も⋯⋯いぎゃああああ!」

 耳障りの声がウザかった。
 こいつが出す言葉一つ一つが俺の心を侵食して怒りが反撃する。
 当然心の戦争は怒りが勝利して、俺の心は怒りに染まる。
 この感情はあの豚貴族以来だ。

《───────》

 リオさんに長らくなっていた事もありさらに殺意が湧く。
 だから、俺は躊躇いなくヒルデの股に付いていた棒を切り飛ばした。
 汚いので魔法でだ。

 シルフ殿には心の中で謝罪しておく。

「いだぃ! いだぃ! へ、兵士達は、なにをじでるのだ!」

「自分が用意した防音の魔法陣が邪魔になったようだなぁ!」

 そんな自業自得の滑稽な光景に笑いを零す。
 心の底からバカバカしいと思えるこいつの言動。
 第一、敵だと判断した騎士は全員気を失っている。
 ドアの前には気絶した騎士が転がっている。

「なぁ、解除の方法を教えろよ!」

 拳を振るって家具の残骸を風圧で吹き出す。
 殺意を込めた圧はビビり散らしている相手にさらに恐怖を与える。
 鼻をつまみたくなる臭いが充満する。
 それが血の臭いと混ざって吐き気が出る。

「⋯⋯なぜ人間が獣の味方をしゅる!」

「俺が質問してるだろがっ! さっさと答えろよ!」

 空気を蹴って壁に少しだけ穴を開けた。
 その光景に再び恐怖して顔を白くしていく。
 だが、唐突に笑い出す。

「イカれたか?」

「貴様が誰か分からないがな、獣人の味方ならアレを飲んだだろ! 隷属の毒よ、我が力に応えよ!」

 そうクズが叫ぶと奴の指輪の一つが忌々しい光を放った。
 しかし、特に何かが起こる訳でもない。
 なにを勘違いしたのかクズは意気揚々と俺に向かって命令を下す。

「土下座しろ! 我を見下した事を詫びろ!」

「する訳ないだろ」

「⋯⋯へ?」

「隷属の毒、ね。概ねヒスイにやった事と近い事ができるんだろうな。⋯⋯良いわ。全部もう無理矢理聞く」

「なにを⋯⋯うげっ」

 俺はクズの顔面を蹴って地面に倒した。
 そのまま腹を踏みつけて痛みで目を開かされる。
 そのまま【誘惑の魔眼】を使って洗脳する。

「ど、どけっ」

「何?」

 しかし、発動したにも関わらずクズは洗脳状態にならなかった。
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