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召喚系配信者、切り忘れる
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突如として現れた塔、世の中それをダンジョンと呼ぶ。
ダンジョンの中ではレベル、スキルがあり尽きる事を知らない財宝が眠っている。
しかし、財宝を狙う人間を駆逐するべく本能のままに殺すモンスターが蔓延っていた。
そんなダンジョンで俺は配信をしていた。
ここ、ダンジョン21層で召喚獣の犬であるマメと共に探索していた。
ちなみに俺のスキルは、召喚、盟約主、意思疎通だけだ。
《頑張れ久遠ちゃん!》
《見てるよ~!》
《今日も可愛いね!》
《久遠ちゃんカメラ目線ちょうだーい!》
「あわわ。今日もコメントありがとうございます」
ダンジョンに似つかわしくない黒い柴犬の見た目をしているマメがジト目を向ける。
俺は個人的な趣味でメイド服っぽい格好にナイフ1本だ。
身長は確か⋯⋯165センチくらいだったはず。胸はそこそこだ。
ああ。
お気づきの方もいるかもしれないが、俺は男だ。今は外見は女である。
「うぅ。ギリギリで20階層のボスも倒せたから、怖いけど。モンスターかかってこーい!」
可愛らしく言うのがコツ。
《大丈夫だよ! 久遠ちゃんなら行けるよ!》
《そろそろモンスターが来るんじゃないかな?》
《集中してね!》
《こんにちは》
視聴者は表面上の情報しか入手出来ない。さらにそれしか信じない。
配信も簡単なモノだな。
⋯⋯ま、中身がバレたら流石に恥ずかしいが、バレてない今はネトゲでネカマをしている感覚なので特に何も感じない。
ダンジョンと言うファンタジーなんだ。
リアルをあまり持ち込みたくない。だから俺は女のアバターを使う。
ま、こんな事しているの俺くらいだと思うけど。
「あわわ! お、オーガだぁ!」
「わふ」
大きな鬼が現れた。
明らかに肥満体型。体だけなら強そうに見えないが、顔で強そうに思える。
さーて、どうやって倒すかな。
苦戦する演出は必要だな。
かと言って油断して死ぬなんて嫌だ。
そこそこ集中しつつ、手加減して苦戦を演出する。
「が、頑張ります」
軽く足を震わせ、瞳をあちこちに動かす。
どう? 可愛く映ってる?
影に持たれたカメラをチラチラと横目で見る。
《頑張って!》
《絶対勝てるよ!》
《オーガ何か楽勝だよ!》
《行けるぞ!》
俺はマメと共に加速してオーガに接近する。
全速力を出すのは良くないので当然手加減している。
相手を倒さないようにダメージを与えつつ、マメも手加減して爪で攻撃する。
相手の鈍い攻撃は最初は回避するが、疲れた演技をした後に当たる。
当たる際に後ろに跳ぶ事でダメージを軽減させる。
地面を転がり、痛がるようにゆっくりと立ち上がる⋯⋯完璧だ。
我ながら完璧過ぎる。
《大丈夫久遠ちゃん!》
《大丈夫だよ! しっかり!》
《勝つんだ!》
《行けるよ!》
《家族が待ってるもんね! 頑張って!》
《大丈夫だよ!》
《サクッとやっちゃえ!》
《行けぇぇぇぇ!》
くくく。
もう十分か。
打撃が命中した感覚が無くて戸惑っているオーガにマメと共にトドメを刺した。
オーガよ、弄ばれた事に気づかず安らかに眠れ。
「ギリギリでしたが⋯⋯勝てました!」
「わん!」
「よしよし。マメも頑張ったなぁ」
「わふふ~」
あ~ふわふわして癒される~。犬って良いよね。俺、犬派なんだ。
「今日はこの辺で終わりたいと思います」
《えーもっと見たい!》
《久遠ちゃんと別れたくない!》
《もっとやってよ》
《お疲れ様でした》
「ごめんなさい。でも家族が待っているので。バイバイ皆。また来てね。待ってるよ」
甘えるような笑みを浮かべ、スマホをノールックで慣れた手つきで切る。
オーガのドロップアイテムである魔石は⋯⋯安いから放置で良いか。
「配信終わった~。マメ、休憩所行こ」
「わん! ⋯⋯わふ?」
「どったの?」
カメラを見て顔を可愛らしく傾げるマメ。
特に何も無かったのか、何かを言う事も無く影を操る。
《あれ?》
《終わってないぞ?》
《切り忘れか?》
《神回確定じゃん!》
マメの影移動で320層の休憩所に一瞬で移動した。
数秒の真っ暗空間を経験するだけで長距離移動だ。
《は?》
《一瞬で暗くなったと思ったら今度は明るいぞ》
《つーかここどこ? ダンジョン?》
《何か明るい。え、絨毯?》
この休憩所はダンジョンに元々ある場所じゃない。
ダンジョンの壁を召喚獣の力で削って無理矢理作り出した俺達専用の部屋だ。
「玖音様。お待ちしておりました」
《え、誰?》
《人間なのかな?》
《人間に見えない美貌なんだが》
《待って状況が飲み込めない》
「ルーリー。ジュース頂戴」
「はい。ただいま。マメ様もお水とおやつをご用意致します」
ルーリー、公爵吸血鬼の召喚獣だ。
召喚獣は同時に5体まで呼び出せる。⋯⋯ま、特定の条件を満たせばそんな制限あって無い様なモノだけどね。
ルーリーは家事が得意で、俺のために自ら好んでメイド服を着てくれている。
クールな見た目でロングストレートの髪⋯⋯凛とした佇まい、と俺好みのメイドさんだ。
休憩所の詳細を言えば、天井は人が嵌められるようなアートが幾つも存在する。
俺が寝るための無駄にでかいベッド、冷蔵庫などの便利な家具はもちろん、タンスやソファーまで存在する。
ダンジョンなのでワイファイが無いのが悲しいところだ。家具は電気でなく魔力で運用している。
「どうぞ」
「ありがと」
オレンジジュースを受け取り、口の中に流し込む。
ん~美味しい!
「マメ、おいで」
「わん!」
膝の上にマメを置いて撫で回す。
この子体が小さいから本当に可愛い。
「玖音様。私も撫でてくださいよ~」
「え、ヤダ」
俺が即答すると、オーバーリアクションで凹む。
漫画だと『ガーン』って文字がデカデカと浮かぶだろう。
ふっ、もう俺の理想キャラが壊れた。
《ね、なにこれ?》
《何が起こってるの?》
《誰か状況説明を》
《なんこれ》
「それではせめて子種をください!」
《ファ?!》
《いきなりかよ! 垢BANなるて》
《百合か。最高かよ》
《久遠ちゃんはそっちか。やったぜ》
後ろから柔らかな感触を押し付けるように抱き着き、恥ずかしげもなく言う。
もしもここがダンジョンの中で俺が今の体じゃなければドキマギしていただろう。
しかし、今の体と精神なら平然としていられる。そもそもヴァンパイアで人間じゃないし。
「ダンジョンの中じゃ元の姿に戻らないって言ってるでしょうに」
「その体はサキュバスの力じゃないですか。大丈夫です。孕ませてください」
艶かしい声で囁く。
何が大丈夫なのか教えてくれ。
《え? 元の姿?》
《待って本当に理解できない。どうしよう》
《ん???》
《元の体なら出来るって事っすか?》
《あの。もう切り忘れに気づいて》
《説明をお願い久遠ちゃん!》
《わけわかめ》
《そんな馬鹿な。嘘だ。絶対に嘘だ!》
俺が断っているのに続けようとするルーリーを影が引き剥がし、天井に突き刺した。
新たな人型アートが誕生した瞬間だ。
「ありがとマメ」
「わん!」
ドヤ顔のマメがまた可愛い。
「マメ様。またゴミを増やして⋯⋯全く」
天井から降りて来たルーリーが瓦礫の掃除を始めた。
恒例行事なので手際が良い。
「玖音様。報告があります」
「え、それもっと早く言わない? 内容は?」
「335層のボス部屋を発見しました」
「お。ようやくか。てか、それもっと早く言おうよ」
「以後善処します」
「絶対にしてくれ」
「可能な限り」
なんだこいつ。
気を取り直して、ボス部屋に向かおう。
《ん?》
《おいおい。今の日本のダンジョンの最高到達階層は250階層だぞ?》
《どんな冗談だよ》
《もう頭痛い》
ルーリーの分身体をワープポイントにしてマメの影移動で移動。
「えっとこの時期はルミナは発情期で使えないよな。良し、行くか」
ルミナとは、俺と契約している召喚獣でナンバーツーに位置する怪物だ。
発情期のタイミングで呼び出すと俺の身が危ないので気をつけないといけない。
ボスの扉を開くと、全身ダイヤモンドで構築された巨人がいた。
部屋に入ると同時に走って来て、車の速度を軽く超えるパンチを繰り出した。
《え、見えない》
《一瞬だったんだが?》
《大丈夫なの久遠ちゃん!》
《一瞬で現実に引き戻された》
「うっへ~。えぐ」
見下げながら軽口を叩く。
パンチ一回でクレーターできちゃったよ。
ルーリーが翼を広げて俺を横抱きで飛んでくれている。マメはルーリーの頭の上にいる。
「さて、誰に倒して貰おうかな」
未だにカメラを向けて来るマメを不思議に思いながら、誰を呼び出すか考える。
悠長な事をしている間に岩を投げられるが、ルーリーが守ってくれるので安心だ。
「どさくさに紛れて胸を揉みまくっても喜びますよ」
「変な事言わないで考えてるから」
「すみません」
「後俺のを触るな」
「不可抗力です」
ほんとかよ。何はともあれ、決めた。
巨人には巨人だ。
「召喚、ガリン」
地面に魔法陣が浮かび、ヒョイっと現れたのは骨が浮かび上がるほどにガリガリの身長170センチくらいの男だ。
下半身を布一枚で隠し、長い髪で陰鬱な雰囲気を纏っている。吹けば飛びそうなくらいにフラフラ揺れている。
《え、何そいつ》
《めっちゃ弱そう》
《しれっと同時3体召喚か。そっか。契約している召喚獣そんなにいるんだ》
《なんこれ》
ガリンを認識したボスが拳を放った。
ひょろひょろの細い腕を前に伸ばして、パンチを受け止めた。
《は?》
《何が起こってるの?》
《意味わかんないって!》
《頼むから切り忘れに気づいてくれ!》
良し、俺もやるか。
久しぶりだから緊張するし恥ずかしいが、本気を出そう。
大きく息を吸って、ガリンに向かって叫ぶ。
「頑張れえええ! ガリンんんん!」
《可愛い》
《可愛い》
《可愛い》
《可愛い》
全力で応援する!
女の子らしく可愛らしくね! ここ重要!
ガリンに俺の声が届き、元気が出る。
尚、彼は可愛い女の子に応援されれば元気が出るチョロ男だ。俺じゃなくても良い。重要なのは『女の子』である事。
「うおおおおおおお!」
元気になったガリンは巨大化して5メートルサイズとなった。体も筋肉質でムキムキだ。
それでもボスの方が大きかった。めっちゃデカイなボス。
「ぐおおおお!」
《クッソでかくなった!》
《まじでなんなの!》
《あ、そうなるの?》
《うーん。謎》
ガリンのパンチでボスの体が砕け散り、ドロップアイテムとなって消えて行った。
これにて335階層攻略完了だ。
余波の風圧と空気の爆ぜる轟音が続く。
《ねぇ、なにこれ》
《切り忘れに気づいて説明してまじで》
《可愛かった》
《とりあえず化け物ってのは分かった》
《何かもう全部演技って思うと萎えるわ》
《ファン辞めます》
《流石にこれは無い》
《なんでこうなった》
《もうめちゃくちゃだよ》
《ネットで拡散するね》
《色々と教えてくれよ久遠ちゃん⋯⋯ちゃんだよな?》
《夢が⋯⋯壊れていく》
ダンジョンの中ではレベル、スキルがあり尽きる事を知らない財宝が眠っている。
しかし、財宝を狙う人間を駆逐するべく本能のままに殺すモンスターが蔓延っていた。
そんなダンジョンで俺は配信をしていた。
ここ、ダンジョン21層で召喚獣の犬であるマメと共に探索していた。
ちなみに俺のスキルは、召喚、盟約主、意思疎通だけだ。
《頑張れ久遠ちゃん!》
《見てるよ~!》
《今日も可愛いね!》
《久遠ちゃんカメラ目線ちょうだーい!》
「あわわ。今日もコメントありがとうございます」
ダンジョンに似つかわしくない黒い柴犬の見た目をしているマメがジト目を向ける。
俺は個人的な趣味でメイド服っぽい格好にナイフ1本だ。
身長は確か⋯⋯165センチくらいだったはず。胸はそこそこだ。
ああ。
お気づきの方もいるかもしれないが、俺は男だ。今は外見は女である。
「うぅ。ギリギリで20階層のボスも倒せたから、怖いけど。モンスターかかってこーい!」
可愛らしく言うのがコツ。
《大丈夫だよ! 久遠ちゃんなら行けるよ!》
《そろそろモンスターが来るんじゃないかな?》
《集中してね!》
《こんにちは》
視聴者は表面上の情報しか入手出来ない。さらにそれしか信じない。
配信も簡単なモノだな。
⋯⋯ま、中身がバレたら流石に恥ずかしいが、バレてない今はネトゲでネカマをしている感覚なので特に何も感じない。
ダンジョンと言うファンタジーなんだ。
リアルをあまり持ち込みたくない。だから俺は女のアバターを使う。
ま、こんな事しているの俺くらいだと思うけど。
「あわわ! お、オーガだぁ!」
「わふ」
大きな鬼が現れた。
明らかに肥満体型。体だけなら強そうに見えないが、顔で強そうに思える。
さーて、どうやって倒すかな。
苦戦する演出は必要だな。
かと言って油断して死ぬなんて嫌だ。
そこそこ集中しつつ、手加減して苦戦を演出する。
「が、頑張ります」
軽く足を震わせ、瞳をあちこちに動かす。
どう? 可愛く映ってる?
影に持たれたカメラをチラチラと横目で見る。
《頑張って!》
《絶対勝てるよ!》
《オーガ何か楽勝だよ!》
《行けるぞ!》
俺はマメと共に加速してオーガに接近する。
全速力を出すのは良くないので当然手加減している。
相手を倒さないようにダメージを与えつつ、マメも手加減して爪で攻撃する。
相手の鈍い攻撃は最初は回避するが、疲れた演技をした後に当たる。
当たる際に後ろに跳ぶ事でダメージを軽減させる。
地面を転がり、痛がるようにゆっくりと立ち上がる⋯⋯完璧だ。
我ながら完璧過ぎる。
《大丈夫久遠ちゃん!》
《大丈夫だよ! しっかり!》
《勝つんだ!》
《行けるよ!》
《家族が待ってるもんね! 頑張って!》
《大丈夫だよ!》
《サクッとやっちゃえ!》
《行けぇぇぇぇ!》
くくく。
もう十分か。
打撃が命中した感覚が無くて戸惑っているオーガにマメと共にトドメを刺した。
オーガよ、弄ばれた事に気づかず安らかに眠れ。
「ギリギリでしたが⋯⋯勝てました!」
「わん!」
「よしよし。マメも頑張ったなぁ」
「わふふ~」
あ~ふわふわして癒される~。犬って良いよね。俺、犬派なんだ。
「今日はこの辺で終わりたいと思います」
《えーもっと見たい!》
《久遠ちゃんと別れたくない!》
《もっとやってよ》
《お疲れ様でした》
「ごめんなさい。でも家族が待っているので。バイバイ皆。また来てね。待ってるよ」
甘えるような笑みを浮かべ、スマホをノールックで慣れた手つきで切る。
オーガのドロップアイテムである魔石は⋯⋯安いから放置で良いか。
「配信終わった~。マメ、休憩所行こ」
「わん! ⋯⋯わふ?」
「どったの?」
カメラを見て顔を可愛らしく傾げるマメ。
特に何も無かったのか、何かを言う事も無く影を操る。
《あれ?》
《終わってないぞ?》
《切り忘れか?》
《神回確定じゃん!》
マメの影移動で320層の休憩所に一瞬で移動した。
数秒の真っ暗空間を経験するだけで長距離移動だ。
《は?》
《一瞬で暗くなったと思ったら今度は明るいぞ》
《つーかここどこ? ダンジョン?》
《何か明るい。え、絨毯?》
この休憩所はダンジョンに元々ある場所じゃない。
ダンジョンの壁を召喚獣の力で削って無理矢理作り出した俺達専用の部屋だ。
「玖音様。お待ちしておりました」
《え、誰?》
《人間なのかな?》
《人間に見えない美貌なんだが》
《待って状況が飲み込めない》
「ルーリー。ジュース頂戴」
「はい。ただいま。マメ様もお水とおやつをご用意致します」
ルーリー、公爵吸血鬼の召喚獣だ。
召喚獣は同時に5体まで呼び出せる。⋯⋯ま、特定の条件を満たせばそんな制限あって無い様なモノだけどね。
ルーリーは家事が得意で、俺のために自ら好んでメイド服を着てくれている。
クールな見た目でロングストレートの髪⋯⋯凛とした佇まい、と俺好みのメイドさんだ。
休憩所の詳細を言えば、天井は人が嵌められるようなアートが幾つも存在する。
俺が寝るための無駄にでかいベッド、冷蔵庫などの便利な家具はもちろん、タンスやソファーまで存在する。
ダンジョンなのでワイファイが無いのが悲しいところだ。家具は電気でなく魔力で運用している。
「どうぞ」
「ありがと」
オレンジジュースを受け取り、口の中に流し込む。
ん~美味しい!
「マメ、おいで」
「わん!」
膝の上にマメを置いて撫で回す。
この子体が小さいから本当に可愛い。
「玖音様。私も撫でてくださいよ~」
「え、ヤダ」
俺が即答すると、オーバーリアクションで凹む。
漫画だと『ガーン』って文字がデカデカと浮かぶだろう。
ふっ、もう俺の理想キャラが壊れた。
《ね、なにこれ?》
《何が起こってるの?》
《誰か状況説明を》
《なんこれ》
「それではせめて子種をください!」
《ファ?!》
《いきなりかよ! 垢BANなるて》
《百合か。最高かよ》
《久遠ちゃんはそっちか。やったぜ》
後ろから柔らかな感触を押し付けるように抱き着き、恥ずかしげもなく言う。
もしもここがダンジョンの中で俺が今の体じゃなければドキマギしていただろう。
しかし、今の体と精神なら平然としていられる。そもそもヴァンパイアで人間じゃないし。
「ダンジョンの中じゃ元の姿に戻らないって言ってるでしょうに」
「その体はサキュバスの力じゃないですか。大丈夫です。孕ませてください」
艶かしい声で囁く。
何が大丈夫なのか教えてくれ。
《え? 元の姿?》
《待って本当に理解できない。どうしよう》
《ん???》
《元の体なら出来るって事っすか?》
《あの。もう切り忘れに気づいて》
《説明をお願い久遠ちゃん!》
《わけわかめ》
《そんな馬鹿な。嘘だ。絶対に嘘だ!》
俺が断っているのに続けようとするルーリーを影が引き剥がし、天井に突き刺した。
新たな人型アートが誕生した瞬間だ。
「ありがとマメ」
「わん!」
ドヤ顔のマメがまた可愛い。
「マメ様。またゴミを増やして⋯⋯全く」
天井から降りて来たルーリーが瓦礫の掃除を始めた。
恒例行事なので手際が良い。
「玖音様。報告があります」
「え、それもっと早く言わない? 内容は?」
「335層のボス部屋を発見しました」
「お。ようやくか。てか、それもっと早く言おうよ」
「以後善処します」
「絶対にしてくれ」
「可能な限り」
なんだこいつ。
気を取り直して、ボス部屋に向かおう。
《ん?》
《おいおい。今の日本のダンジョンの最高到達階層は250階層だぞ?》
《どんな冗談だよ》
《もう頭痛い》
ルーリーの分身体をワープポイントにしてマメの影移動で移動。
「えっとこの時期はルミナは発情期で使えないよな。良し、行くか」
ルミナとは、俺と契約している召喚獣でナンバーツーに位置する怪物だ。
発情期のタイミングで呼び出すと俺の身が危ないので気をつけないといけない。
ボスの扉を開くと、全身ダイヤモンドで構築された巨人がいた。
部屋に入ると同時に走って来て、車の速度を軽く超えるパンチを繰り出した。
《え、見えない》
《一瞬だったんだが?》
《大丈夫なの久遠ちゃん!》
《一瞬で現実に引き戻された》
「うっへ~。えぐ」
見下げながら軽口を叩く。
パンチ一回でクレーターできちゃったよ。
ルーリーが翼を広げて俺を横抱きで飛んでくれている。マメはルーリーの頭の上にいる。
「さて、誰に倒して貰おうかな」
未だにカメラを向けて来るマメを不思議に思いながら、誰を呼び出すか考える。
悠長な事をしている間に岩を投げられるが、ルーリーが守ってくれるので安心だ。
「どさくさに紛れて胸を揉みまくっても喜びますよ」
「変な事言わないで考えてるから」
「すみません」
「後俺のを触るな」
「不可抗力です」
ほんとかよ。何はともあれ、決めた。
巨人には巨人だ。
「召喚、ガリン」
地面に魔法陣が浮かび、ヒョイっと現れたのは骨が浮かび上がるほどにガリガリの身長170センチくらいの男だ。
下半身を布一枚で隠し、長い髪で陰鬱な雰囲気を纏っている。吹けば飛びそうなくらいにフラフラ揺れている。
《え、何そいつ》
《めっちゃ弱そう》
《しれっと同時3体召喚か。そっか。契約している召喚獣そんなにいるんだ》
《なんこれ》
ガリンを認識したボスが拳を放った。
ひょろひょろの細い腕を前に伸ばして、パンチを受け止めた。
《は?》
《何が起こってるの?》
《意味わかんないって!》
《頼むから切り忘れに気づいてくれ!》
良し、俺もやるか。
久しぶりだから緊張するし恥ずかしいが、本気を出そう。
大きく息を吸って、ガリンに向かって叫ぶ。
「頑張れえええ! ガリンんんん!」
《可愛い》
《可愛い》
《可愛い》
《可愛い》
全力で応援する!
女の子らしく可愛らしくね! ここ重要!
ガリンに俺の声が届き、元気が出る。
尚、彼は可愛い女の子に応援されれば元気が出るチョロ男だ。俺じゃなくても良い。重要なのは『女の子』である事。
「うおおおおおおお!」
元気になったガリンは巨大化して5メートルサイズとなった。体も筋肉質でムキムキだ。
それでもボスの方が大きかった。めっちゃデカイなボス。
「ぐおおおお!」
《クッソでかくなった!》
《まじでなんなの!》
《あ、そうなるの?》
《うーん。謎》
ガリンのパンチでボスの体が砕け散り、ドロップアイテムとなって消えて行った。
これにて335階層攻略完了だ。
余波の風圧と空気の爆ぜる轟音が続く。
《ねぇ、なにこれ》
《切り忘れに気づいて説明してまじで》
《可愛かった》
《とりあえず化け物ってのは分かった》
《何かもう全部演技って思うと萎えるわ》
《ファン辞めます》
《流石にこれは無い》
《なんでこうなった》
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