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勇者契約と覚悟

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 ゆっくりとゆっくりと足を動かして接近して来る鬼。
 確実に負けて死ぬ。
 死にたくない。生きたい。そう思っていたのに、いざ死ぬとなると、なんか納得してしまう。
 はぁ、バカだった。なんで、独りで来たんだろ。

 オーガ二体を独りで、ヒノと一緒に倒した事で調子に乗ったから?
 再生能力があっても、結局は雑魚の私。
 敵の全力すら測れず、いずれ勝てると踏んだ愚か者。
 バカだ。バカ過ぎる。ただの女子高生だった私が、思い上がり過ぎた。

 あぁごめん。ごめんね。ごめんなさい。
 ヒノ、こんな弱くて愚かな主人の元に生まれて来てくれて、ありがとう。
 裕也さん、拾ってくれて、ありがとう。人の暖かさを教えてくれてありがとう。
 紗波さん、料理を教えてくれてありがとう。
 源さん、私の節約術を楽しそうに聞いてくれて、ありがとう。

 そしてごめん。

 意識が朦朧とし、目が霞む。
 もう助からない。痛みも感じない。寧ろ暖かい程だ。

 私は少年漫画が嫌いだ。確実なハッピーエンド。
 仲間は死ぬかもしれない。だけど、主人公は生きている。
 仲間と共に成長して強くなる。超王道。
 くだらない。仲間が居るから強くなれるなんて、そんなのは無い。
 作者の考えたシナリオに沿って強くなるだけ、孤独の主人公だろうといずれ仲間は出来る。
 何故か? 話が進まないからだ。

 私は少女漫画が嫌いだ。
 顔も性格も良い主人公が、これまた顔も良くて性格も良くて運動も出来る完璧ヒーローに助けられ惚れられる。
 超王道。超嫌い。
 現実にそんな都合の良い話は無い。ヒーローなんて存在しない。
 警察も自衛隊も、どいつもこいつも、困っても助けてくれない。
 なんで主人公には無条件に助けてくれる人が現れるんだろう。

 世の中理不尽だ。
 生まれた場所、自分のスペック、将来は産まれた時から決まっている。
 待たざるもの、持っているもの、そこには確実な差が存在する。
 弱者は永遠に弱者だ。それは変わらない。

 あぁクソ。超クソ。
 私の嫌いな『運命』と言う言葉が頭を支配する。
 自分の力を勘違いし、調子に乗って死ぬ。
 人は簡単に死ぬ。それは当然、私も例外では無い。

 ほんと、クソたっれだ。

「⋯⋯」

 私は諦めた。だが、ヒノは諦めなかった。
 私の横を飛来して、勝てる筈も無いのに鬼に向かって体当たりした。
 当然振るわれる刀。切断されずに地面に叩き倒される。
 だが、それでも何回も当たりに行く。鬼は飽きたのか、私に向かって来る。
 ヒノが必死に止める。伝わって来る。
 私を殺さないでと。

 必死に抗うヒノ。だが、それを無慈悲にも跳ね返す鬼。
 ダメージは与えられない。血を吸わない蚊が近くを飛んでいる感じだろう。

 なんで、なんでだよ。
 なんで戦えるんだ。なんで動けるんだ。
 壊れないからって、動ける訳が無い。怖いだろ。
 なのに、なんで⋯⋯。

 私が死んだら、ヒノも消えるからか?
 消えたくないからか? ヒノも死にたくないよな。
 でも、何か違う気がする。

 あぁクソ。
 ヒノが頑張ってるのに、まだ少しだけ意識があるのに、諦めてどうする。
 ヒノが戦っていると、私も頑張らきゃって、戦わなきゃって、思っちゃうだろ。
 ヒノにカッコイイ主って思われたいだろ。
 だったら、動けよ。
 ヒノは諦めてないんだ。なのに、主の私が諦めてどうする。

 カッコイイよヒノは。こんな絶望的な状況の中でも、必死に戦う。
 諦めずに必死に戦う。
 こんなの、勇気が出るに決まってるだろ。
 ずるいよ、私をここまで変えてさ。ヒノの為なら、まだ動けるって思えるんだから。
 絶望した時、毎回ヒノが助けてくれる。今回も、ヒノが助けてくれた。
 だからさ、今度は私が助ける番だろ。

「ぁぁ⋯⋯」

 どっぷりと血塗られた手を伸ばしながら、体を引き摺らして魔剣へと進む。
 進む度に血が更に飛び散る。
 レベルが無ければ、もしももっと低ければ、確実に即死だ。
 寧ろ、なんで生きているか不思議な程だ。

 私は確実に勝てる力で無双する話が好きだ。私は強敵を前に怒りで覚醒する話が嫌いだ。
 でも、今は逆だ。
 私の思いに、答えてくれるなら、覚醒出来るなら、あの鬼を倒して、ヒノと一緒に帰れるなら、私は少年漫画の展開を望む!

「ぁ」

 魔剣を握り、体の中に血が入り込んで来る。
 ドクン、ドクンと心臓が鳴り、体が再生されて行く。
 ヒノが足止めをしてくれている。だから、私も全力でその思いに応える!

「居るんだろ自称神! 契約だ! お前の力を貸せ!」

『その気に成ったか』

「御託は良い! 契約だ!」

『分かった!』

 私の周囲に光り輝く魔法陣が展開される。

『契約を⋯⋯』

「契約内容は、私が自称神のお前の力を借りたいと願う時、力を貸せ! その代わり、力を借りる度にお前の願いも一つだけ聞いてやる! 交換条件だ。お前の力を借りる代わりに願いも聞く!」

『え、いや、え?』

「早く!」

『わ、分かった?』

 魔法陣がさらに輝き、私の中に溶ける様に消えて行く。
 その瞬間、世界の動きが少しだけゆっくりに感じた。
 感覚が研ぎ澄まされて行く。
 私の変化に気づいた鬼がヒノを蹴り飛ばして、肉薄する。
 刀を掲げて振り下ろす。さっきまでの私なら、確実に死んでいる斬撃。
 だが、今なら避ける事は可能。

「だが、避けない」

 鬼の動きを思い出せ。体の動きを思い出せ。そして考えろ。どのように刀を振るっていたか!

「やあああああああ!」

 下から刀に向かって魔剣を振り上げる。
 カキン、と火花を散らして甲高い金属音を響かせて互いに弾く。
 バックステップで距離を取り、ヒノが私の隣に飛んで来る。
 心做しか嬉しそうだ。私もほっこりと安心する。

『お前の頭に剣術が浮かんでいる筈だ! それを使え!』

「断る!」

『何故だ! 勝てるのだぞ!』

「そんなの、私じゃない。大体、いきなり頭に浮かんだ剣術なんて咄嗟に使えるか。なんかスキルとか増えてないの?」

『パッシブで【思考加速】な、なに! 【英霊の眼】だと! これは凄いぞ!』

「どうでも良いから全部言え!」

 相手の重い一撃を防ぐ。
 本当にギリギリで防ぎ、そのまま後ろにステップする。

『【模倣】これは契約して、さっき活性化したスキルだな。君が奴のマネをしながら戦っていた結果だろう。そしてアクティブで【闇属性魔法】【自己再生】【腐敗魔法】【勇者の一撃】だ。契約直前だし、この程度か。これからスキルを増やして行こう!』

「くっそが!」

『え?』

 魔法は練習しないとまず使えない。そもそもどんな魔法が使えるか分かんないし。
【勇者の一撃】だぁ? もっと良い名前なかったのか。弱そうに感じる。

「だけど、これに賭けるしかないな。ヒノ、生きるぞ!」
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