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勇気も無ければ覚悟も無い

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 短剣を持つ手が震えて止まらない。寧ろ良く持てていると褒めて貰いたい。
 覚悟を決めるなんてそう簡単には出来ない。
 だけど、相手は確実に私を殺す気か女性二人と同じ風に使う気だ。
 正当防衛。これは正当防衛だ。

「枕、行くよ!」

 右回転する枕と共に走る。走っているのに老人が歩くよりも遅いスピード。
 足が引き攣る。怖い。行きたくない。戦いたくない。
 別に他人が死のうが何されようが関係ない。
 今逃げれば助かるかもしれない。
 なのにどうして、どうして私は前に進む以外しないんだ。

 目の前に棍棒を強く握ったゴブリンが迫って来た。
 その瞳は金色で、怒りを露わにするシワシワの顔。

「枕!」

 振り上げられた棍棒と共に包まれるゴブリン。
 その光景を見て、残ったゴブリンが私に向かって来る。
 仲間を助けるのでは無く、私を殺しに来ている。

「賢い」

 前に進む事も逃げる事も出来ない。
 覚悟を決めただろ! 動けよ私の足!
 迫って来るゴブリンに合わせて私の震えは強くなる。

「はぁはぁ」

『ぎじゃああああ!』

 肉薄され、振り下ろされる棍棒。それを枕が突進して防いでくれた。
 頭を乗せる方を私に向けて、左回転している。
 否定⋯⋯なんの意味だ。
 私には無理だと言いたいのか? 私には出来ないと思っているのか!
 私は枕にまでその程度の人間だと思われているのか!

 左回転する枕。
 私の思いを受け取った様で否定しているらしい。

「私の考えを良く感じろ!」

 動ける。
 もう、怯えるな。
 相手は確実に私を殺す気だと分かったんだ。

「殺す気がある奴は殺される覚悟も必要」

 私は走る。ゴブリンに向かって。
 枕がゴブリンを壁に押し付ける。藻掻くのが下から見える足の動きで分かる。

「あああああああああああ!」

 怯えを隠す様に叫ぶ。
 枕が空へと飛びゴブリンを解放する。同時に私はゴブリンの腹を刺す。
 人では無いモンスター、化け物を刺した。
 だけど、生物を刺すと言う感覚は私の精神を深く傷付けた。
 トラウマに成りそうだ。日常生活で培ったスキル【精神耐性Lv6】が無ければ気絶してたかもしれない。

 ゴブリンの魔石が落ち、枕が食べる。
 魔石は食べて良いよと言ったが、初の単独撃破(?)の戦利品があっさり食べられるのは、正直悲しい。
 だけど、それよりも、それ以上に、私は恐怖に打ち勝ったと言う希望に酔いしれる。

「あり、がとう」

「⋯⋯」

 服が無理矢理破られ、とある液体でドロドロの女性が手を伸ばす。
 ここで手を取れる紳士が居たら、全力で惚れる。
 私は無理だ。

「⋯⋯」

 枕が左回転を高速でするが、「お願い」と頼むと素直に大きくなって女性達を乗せる。
 ちなみに落ちていた魔石は私達が倒したのは食べられ、他は乗せた。
 そこら辺に転がっている武器や防具、そして男性の死体も丁重に扱う。
 ダンジョンから死体が出るなんて事例は実はかなり珍しい。殆ど消えるらしいのだ。

「ありがとうございます。ありがとうございます」

「⋯⋯」

「い、いえ」

 感謝されても困る。正直、私はこの二人がこれからどうなろうと、どうでも良かった。
 ああなったのも自分達のミスだし。
 ただ、私でも勝てる様な相手に負けるのだろうか?

「海斗、美沙⋯⋯」

 美沙さんは無事⋯⋯では無いか。

「⋯⋯」

「海斗は⋯⋯」

「無理に話さなくて良いですよ」

「いえ。聞いてくれませんか?」

「そう言うのなら」

「海斗は短剣使いで、私は魔法士、美沙は回復魔法士でした。だけど、私の魔力が空になって、それでもゴブリンなら簡単と思っていたら、美沙が不意打ちでやられて、それに激怒した海斗が振り向いたら、背後から攻撃され⋯⋯海斗だけ、何回も何回も攻撃されて、そして私達は⋯⋯う、うぅ」

「回復魔法の上位者なら、肉体的損傷の治癒は可能です」

「はい。ですが⋯⋯」

「はい。精神的回復は難しいと聞いてます」

「ありがとうございます。あのままされてたら、私もきっと、⋯⋯なんでこんな事に成ったのかな」

 その後、女性は号泣した。
 懺悔の様に二人に謝って、どうしてこうなったのか叫ぶ。

 はぁウザイ。

 どうしてこうなったのか、叫んでも変わらないし知る訳も無い。
 犯人が居るとしたらゴブリンだ。
 私には関係ないし関わるつもりも無い。
 こんな考えをしてしまう自分が嫌いだ。

 肉体的回復なら癌だろうと膜だろうと回復出来る。
 それだけ今の時代の医療はスキルや魔法に依存している。
 だけど、精神的や先天性なモノは魔法でも難しいと聞く。

「⋯⋯美沙、さんでしたっけ? 目を閉じて寝てください」

 そう、本来なら精神的回復は魔法でも難しい。
 だけど、この枕なら出来る。
【睡眠回復】これはこの枕で熟睡する事で体力、魔力、精神、肉体などを完全回復させる。
 勿論精神の場合は安定した所まで戻るって感じだ。

 そして出口、そこで美沙さん達は目覚めた。

「ここは?」

「美沙! 美沙美沙!」

「羽織? そう言えば、あ、あああああああああ!」

 私には何も言えないし何かをしてやれる事も無い。

 二人はダンジョン管理局に連絡し、迎えが来るのを待つらしい。
 確かに、この格好で歩くのは難しいだろう。

「貴女は、今でも普通に喋れてます。無責任な事ですが、きっと立ち直れると思います。頑張ってください」

「⋯⋯うん。ありがとうね」

「感謝なんてしないで下さいよ。それでは」

 なにか変わるきっかけになると思ったのに。
 軽い気持ちでダンジョンなんかに行くんじゃなかった!
 私が行ったからあの二人が助かった? そんな綺麗事誰が言ってくれるんだ!
 助かってない!
 あの二人の傷は治せたとしても感じたモノは何一つ消えない。記憶も感触も消えない。

「はぁ。イヤなモノを見てしまった」

 あれはトラウマモノだ。
 だけど、水くらいは持って行こう。雨水を浄水して真水にしたものだけどね。
 ゲートを通ると、そこには誰も居なかった。死体を運んでほぼ裸の二人が外に移動した? そんな事が有り得るのだろうか。

「夢、だったのかな」

 二度とダンジョンなんか行くか。あんなの消えてしまえ。

 ベットに寝転び、枕が頭の方に来るので立ち上がる。

「寝れない寝れない。今の君は使えない!」

 ガーン、と言う文字が出そうな動きをする。
 だが、良く見て見ると綺麗だ。

「まさか」

 ◆
 七瀬世羅
 レベル:5
 スキル:【神器保有者】【痛覚耐性Lv4】【精神保護Lv1】
 ◇

 ◆
 神器:無名(枕)
 所有者:七瀬世羅
 レベル:2
 スキル:【破壊不可能】【自由移動】【自由意志】【回復魔法Lv2】【催眠術Lv2】【睡眠回復】【サイズ変化】【性質保護】
 ◇

 性質を保護するから汚れなども弾くらしい。便利だ。
 だけど、気持ち的に使えない。

「ごめん。流石に無理だよ」

 しょんぼりする枕。
 そう言えば、無名って事は名前が付けれるのか。
 何か付けたら喜んでくれるかな? そんな事を考え、今日の事を忘れる様に眠った。
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