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望まれた生き方、望んでいる生き方

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 寂しい⋯⋯そんな感情を抱いていたのは愚かな時期。まだ4歳そこそこだったと記憶しております。

 わたくしの両親は幼い頃に地上にて行方が分からなくなりました。

 それでも、きっと地上のどこかで生き延びているのだと信じています。

 なので小さなわがままとして、一定のペースで地上を探索しています。成果は今の所ゼロですか。

 前任の聖女である母から頂いたのは翡翠のネックレスのみ。きっと色んな意味が込められているのでしょう。

 わたくしは産まれた時からアビリティを使いこなしていたそうです。魔法への圧倒的な才覚。

 まさに神が遣わした使者だと⋯⋯周りから持て囃さて育って来ました。

 わたくしは産まれながらに聖女としての運命が決まっていたのです。

 外法を許さず、お天道様の下全てが平等である教え。

 アマテラス様は慈悲深く慈愛に満ちているお方。故に我らもできる限りの博愛主義を持って今生きている事に感謝している。

 聖女としての運命が決められている。そして肉親が消えたその日から。

 わたくしの心は常に孤独になった。

 育ての親である教皇様は毎日わたくしにその日の出来事を質問してくださいます。

 ですが、毎回同じ内容ばかりだったからか、いつしか質問をいただけなくなりました。

 周りからの期待。それに応えなくてはならない。

 聖女としての精神、学術、武術。できる限りの事は最大限やって来ました。

 それがきっとアマテラス様の思し召しだと信じて。

 わたくしの生き方は何も間違っていない。

 ⋯⋯そんなはず無いじゃない!

 わたくしだって周りと遊びたかった。

 同世代の人達とお話したりお茶を嗜んだりしたかった。

 ボール遊びやカード遊びだって興味津々だった。

 周りの方々が恋愛話に花を咲かせる度に羨ましく思ってた。

 ⋯⋯でも、その気持ちは間違いだとずっと否定して生きていた。だってわたくしは聖女だから。

 本当はこの役目はわたくしには重すぎた。力不足なんです。

 周りからの期待に応えないといけない。聖女として生きなくてはならない。

 もう⋯⋯うんざり。

 今回のクイーンドリアード討伐作戦だってとても怖かった。行きたくなかった。

 戦うなんてそんなの怖くて無理なんですよ。いつもはそんなわたくしを教皇様が支えてくれる⋯⋯でも今回は居ない。

 聖女としてのわたくしを見ている方々に情けない姿は見せられない。

 だからこそ、お強いあのメイドさんに力を借りました。

 ⋯⋯それでも、もう疲れましたね。

 裕福な生活だった。

 何不自由は無い。

 美味しく質の良い食事、様々な人から羨望の眼差しを向けられる立場。

 快適な睡眠が可能な寝床。困る事の無い衣服。

 誰もが羨む生活。

 ⋯⋯代わりに失った自由に生活できる時間。

 わたくしはもう⋯⋯こんな生活⋯⋯耐えられません。

 外法に触れ堕ちたわたくしをどうか⋯⋯その刃で⋯⋯斬り倒してくださいまし。

 ◆

 「⋯⋯楽しい⋯⋯のでしょうか」

 「ん?」

 唯華と激しい攻防を繰り広げていた天野さんがいきなり、その動きを止めた。

 力無く垂れる翼。ピキっと反対側の目からも亀裂が顎まで広がる。

 「わたくしは聖女として、皆様の期待に沿わなくてはなりません。なのにわたくしは遊んでいる⋯⋯いけませんね。それでは」

 どこを見つめているのか、⋯⋯天野さんの目はどこも見ていなかった。

 精神が完全に禁具に侵食されたのかと思ったが⋯⋯違うのだろうか?

 むしろ⋯⋯その逆な気がする。

 「天野さんの精神が徐々に復活している? 或いは回復⋯⋯ならっ!」

 ゼラモードなら精神力も回復できるはずだ。

 その前に見守る事にしよう。慎重な判断が必要だ。

 回復させる対象は選べない。悪い方向に進む可能性もある。

 「わたくしは聖女。自分の私利私欲のために行動するなどあってはなりません。わたくしを信頼している方々がおります。何よりも、アマテラス様に顔向けできません」

 「⋯⋯それの何がいけないのですか?」

 「えぇ?」

 唯華は真っ直ぐと天野さんの目を見た。

 唯華にしては珍しく、他人への意見を口にする。

 「私はメイドです。それでいて私利私欲で動いています」

 それはどうかと思うが⋯⋯口は出さないでおこう。

 「人は誰しも欲望を持ってます。それが生きる原動力なんですよ。欲望の無い人間はいません。それを拭う事もできません。悟り、なんてのも迷信です」

 色々な方面に敵を作りそうな発言をしている。

 「貴女の神の教えに『高貴なる立場の人間は規律に縛られる』なんてのはあるのですか?」

 「それは⋯⋯」

 「アマテラス、とある事情で私も調べました。博愛主義、太陽の下人々は平等であり誰しも幸福を得るべきだと。そうですよね?」

 唯華がアマテラスについて調べているのは知らなかった。

 ⋯⋯個人的に動いている事すら、知らなかった。

 唯華は他人に興味が無い。だから自分の意思で情報収集なんてしないと決めつけていた。

 唯華も⋯⋯家族だったんだ。敵となり得る相手は調べるのだろう。

 「貴女は今、幸せですか?」

 「⋯⋯はい。なぜならわたくしは聖女ですから。周りから⋯⋯」

 「くだらない」

 「え?」

 「実にくだらない。周りからの期待? 生まれながらの聖女? 非常にくだらない!」

 唯華が声を張り上げた。

 「それで幸せを得るのは貴女以外の人間だ! 貴女の自由意志が介入されてない時点で既に貴女は幸せじゃない!」

 「貴女に⋯⋯何が分かると言うのです!」

 黒き閃光が唯華を襲う。

 荒ぶる怒りの感情に合わせて飛来する光を唯華は躱さずに受けた。

 「ユイッ!」

 「フゥー。確かに、私は高貴な立場でも周りから期待される立場でもない。ですが、同じ幸福を感じる者同士、分かり合えるモノはあります」

 チラッ、と俺の方を見た気がするが気のせいだろう。

 その時の目が配信で見せるような瞳だった気がしたが、気のせいだろう。

 「答えなさい。貴女は幸せですか? 自分のやりたい事を押し殺して、聖女であろうとする生活が」

 「わたくしは⋯⋯そうやって」

 段々と震える。

 もう答えは出たようだな。

 「誰かに聖女でいろと強制されたのですか? 父ですか、母ですか、或いは教皇ですか。それ以外の命令なんて価値無しですよ」

 「それは⋯⋯⋯⋯それ、は⋯⋯あれ?」

 生まれながらの聖女⋯⋯深くは知らないがこの言葉に偽りは感じない。

 でももしもそれが、誰かに命令された事ではなく、ただ周りの期待に応えようとしただけだと言うなら。

 それは単なる⋯⋯。

 「貴女は自分が聖女であるべきだと、周りの期待により言い聞かせ思い込んだ。⋯⋯要するに、単なる勘違いです」

 「かんち、がい?」

 「周りがそう求めてくるから、そうあるべきだと思い込んだ。それが正しいのだと思い込んでしまった」

 「そんな事は⋯⋯」

 「無いと言いきれますか? 貴女が1番信頼している人は聖女としての生き方を強要しましたか?」

 天野さんは思い出すように自分の手の平を見ながら考えた。

 1番信頼している人に聖女であるべきだと強要されたのかを。

 「教皇様は⋯⋯わたくしにその日の出来事を聞いてきました。毎日、毎日。わたくしは聖女になるべく学んだ事を楽しそうに話して⋯⋯その度に教皇様は⋯⋯教皇様は⋯⋯ッ!」

 何となく分かる。

 きっとそれは聖女の話が聞きたかった、訳では無いのだろう。

 ただ、その日に起こった楽しい事を聞きたかったのだ。

 友達との思い出話、子供の成長の話を。

 それが彼女にも分かったのだろう。膝から崩れ落ち、目から大粒の涙を零した。

 「わたくしも⋯⋯同世代の子達と遊びたかった。おしゃべりしたかった。でも、もう、遅いっ。遅いのです」

 「良いではありませんか。今からでも、自分の幸せを目指しても。幸福追求は人間誰にでも与えられた当然の権利です。それを侵害して良い者はこの世に誰も存在しない。幸福は自分から掴みに行かないと掴めないのです。⋯⋯だから、遅いなんてのは無い。掴みに行くか行かないかだけです」

 天野さんの背中から生えている片翼が黒から白になって行く。

 合わせるように片翼の反対側の髪色が白に。白になった片翼と同じ側の服も白くなる。

 黒と白が合わさった。

 禁具から完全に解放された⋯⋯のか?

 「わたくしは⋯⋯間違っていたのでしょうか」

 「間違っていません。今までの生活も、これからの生活も。それは全て、貴女が選択した道ですから。何も、間違っておりませんよ」

 優しく声をかける唯華。

 唯華は視線で俺も前に来るように促す。もう大丈夫なのだろう。

 「同意見よ。本音を打ち明けた今なら自分でも分かるはずさ。君自身何がしたいのかを」

 「わたくし⋯⋯がしたい事」

 禁具により一時的に精神を支配された天野さん。

 彼女はそれにより、心の奥底で隠していた本音を打ち明けた。

 周りからの期待に応えるべく聖女として生きた彼女の⋯⋯当たり前で可愛らしい本音。

 「わたくしは⋯⋯お友達が、欲しい。一緒に笑ったり喜んだり。遊んだりおしゃべりしたり。そんな友人が欲しい」

 「そっか。なら僕らがなるよ。天野さんの初めての友人に」

 「⋯⋯本当、ですか?」

 俺は頷く。2人で唯華の方を見ると⋯⋯呆れたように鼻から息を出して。

 「静華様がそう仰るなら。私に異論など御座いませんよ」

 「そう言う事だ」

 泣きじゃくったせいか。目が腫れて真っ赤だ。

 今までこんな風に泣いた事はあるのだろうか?

 その事についてもいずれ、友として話して貰える日が来るのだろうか。

 「ありがとう、ございます」

 自分の顔を隠すように翼が前にフサっと現れる。

 「ぁ」

 風に靡かれて消えてしまう程の小さな声。

 気持ちが高揚していたせいか、気づくのが遅れたのだろう。

 天野さんは自分の状況を把握した。

 そして、自分の幸せの前にあるのは聖女であり神を信仰する者。

 神の教えに反する事は許されないし、許さない人。

 例えそれが、自分自身であっても。

 「ありがとうございます。こんなわたくしに、最上の幸せをプレゼントして下さり。深く、感謝いたします」

 「天野さん?」

 天野さんは神に祈りを捧げ、自分に向かって光の槍を形成して放った。

 舞う鮮血がキラキラと輝いた。
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