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何を優先するか

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 「ん~」

 身体のだるさと痛みを感じながら、冷たく硬いコンクリートのような地面に手を着いて起き上がる。

 「ここは⋯⋯確かギルドの帰りに」

 出来事を思い出しつつ、どうしてこの様な場所で寝ている理由を考える。

 だがしかし、どう思い出しても最後の記憶とこの場所が結び付かない。

 目眩がしたような⋯⋯。

 「これが兵士さんの言っていた誘拐事件なのかな。誘拐されるのは初めてだが、かなりの不安感に駆られる」

 暗闇に目が慣れたので、周りを探るように見渡す。

 人のようなシルエットを発見したので、そちらの方向に向かう。

 「⋯⋯臭いな」

 獣臭のような悪臭がこの空間を支配している。

 人に近づいて、腰を下ろした。

 「えっと、こんにちは?」

 「⋯⋯こ、こんにちは」

 たどたどしいが、返事をしてくれたのは女の子である。

 静華モードと同じ黒髪ロングで大人しそうなタイプだった。

 他にも数人の人が見えたが、どれもが女の子だった。

 誘拐事件と考えて、聞かされた特徴と合致する。改めて、攫われたのだと理解できる。

 「初めまして。僕は静華、少しお話をしませんか」

 「は、はい。私はミーシャと言います。初めまして。よろしくお願いします」

 「よろしくお願いします」

 挨拶をして、ミーシャさんから色々と情報を教えて貰う事にした。

 もしも変身前ならば怪しいだろうが、今は同じ女の子。話しやすいのかきちんと話してくれる。

 最初のきっかけは俺から、そこからは聞き手に回る。

 そして情報を聞き出すのだ。

 「私は2週間くらい前に来ました。ご飯は一日一食⋯⋯だと思います。時間感覚が分からないので⋯⋯」

 「ご飯は出る⋯⋯生かす理由があるって事か」

 身代金ってのが一般的かもしれないが、それは無いだろう。

 他の女の子の格好を見ても貴族地区出身だとは思えない。

 そもそも貴族の子供を誘拐したならば、もっと大々的に捜索されていないとおかしいのだ。

 貧民地区の人間はその日暮らしでも大変。子供のためなら身を削ってでも金を用意するだろうが限界がある。

 だから、身代金って理由は薄い気がする。もちろん、それでも金を望む可能性はある。

 「他に聞かされた事は無いね。ここにいろ、としか」

 「他の人もそんな感じかな?」

 「分からない。私はもう慣れちゃったけど、まだ日が浅い人もいるし、不安な心は強いよ。私も不安だしね」

 「それが普通だよ。ミーシャさんは強いね」

 「そんな事ないよ。静華ちゃんの方がずっと冷静で、凄いよ」

 これ以上の情報は得られそうに無かった。

 犯人がどんな人かも質問したが、分かったのは『男』と言う情報だけ。

 つまりはロリコンなのだ。

 色々と牢屋内を歩いて脱出できないか考える。

 道具は元の姿に戻れば出せるが、それだと子供達が騒ぐだろう。

 犯人に気づかれたらおしまいだ。

 かと言って長引かせる訳にもいかない。

 変身先に身も心も馴染んでしまうと元の姿に戻れなくなるからだ。

 「⋯⋯そう言えば、アビリティを突き破って僕の存在を認識したんだよな」

 【認識阻害】のアビリティを持ってしてもバレると言う事は、それが通用しないレベルの強さって事になる。あるいはそう言うアビリティ保有者か。

 鉄格子は鉄の部分が少し錆びてはいるが、破壊できる程脆くは無い。

 地面も掘る事はできないだろう。

 「うん。打つ手無し。どうしよう」

 密閉された空間なのか、かなり暑い。

 臭いと熱で思考力が著しく低下する。

 そこでとあるモノを発見した。

 「グリフォン!」

 グリフォン、Aランクモンスターだ。鷹のような顔に獅子のような身体。そして翼。

 間違いないだろう。

 サイズ的に子供で鎖に繋がってはいるが危険なのは間違いない。

 「静華ちゃん待って」

 「冷静だね! 危険なモンスターなんだよ。同じ部屋にいるのに大丈夫なの!」

 「私が生きてるって事はそう言う事だよ」

 「良い返しだ。落ち着いた。確かにそうだね。危害は無さそう」

 「うん。友達だよ」

 そこで俺の頭はフリーズした。

 確かにモンスターをテイムして仲間にできるアビリティは存在する。心も通わせられるだろう。

 その場合、何かしらの証がモンスターに刻まれる。

 ⋯⋯でも、それらしきモノは無い。だと言うのに友達だと言う。

 「モンスター⋯⋯」

 俺の仲間のモンスターを出せばここから脱出できるか?

 少し考える。

 グリフォンを捕らえている奴だ。簡単には逃げられない。

 戦力不足と判断し、危険な事はしないでおこう。

 「この子は人間なの」

 「どう見てもグリフォンなんだが?」

 人間の肉なんて軽く抉り出せるだろう爪に獲物を逃がさない鋭い目。

 衰弱しているのか、弱々しい。それでも危険。

 寧ろ空腹で見境が無くなったモンスターの方が危険度は上がるだろう。普段以上の力を出すかもしれない。

 「そうじゃないの。確かに見た目はモンスターだけど⋯⋯だけど! そうじゃ、無くて!」

 上手く説明できない事を嘆いてか、涙を浮かべてしまった。

 「あわわ。大丈夫だよ。信じる、信じるから。一つ一つ教えて」

 聞いた話によると、人間としての記憶があるらしい。

 名前は山目瑠愛やまのめるあだった。

 しっかりと名前があり、人間としての記憶が健在。

 ちゃんと言葉も理解しているらしい。

 「人間の記憶を植え付けられたか⋯⋯或いは中身だけを移植されたか」

 山目さんも女の子だったらしい。

 「ここはモンスターと人間を使った実験をしているのか?」

 俺達は実験道具の集まりな訳だ。

 生かす理由もそれで説明できるから嫌なモノだ。

 「だったらいち早く逃げるべきだな」

 こんな危険な場所に子供達をいさせる訳にはいかない。

 危険は承知で動くしかないだろう。

 「クゥン~」

 俺が覚悟を固めようとした時である。山目さんが悲しそうに泣いた。

 その声に振り返る俺達。

 「ッ!」

 その目は襲って来た異質なモンスターと同じ目をしていた。

 間違いない。この殺意とも悪意とも違う意味の分からない視線。

 気持ち悪いと感じてしまう。モンスターから感じる事は無いはずの眼差し。

 ⋯⋯無意識に俺は山目さんに手を伸ばし、頭を撫でていた。

 「なんで⋯⋯」

 声が震える。

 本来こんな事はしないだろう。完全に無意識でやっていた。

 自分の行動が不思議でたまらない。

 頭の中を一旦整理する。

 「モンスターと人、或いはモンスターとモンスターの合体実験。キメラ実験をしている場所かもしれない」

 「キメラ?」

 「本来は違うモノ同士をくっつけて新たな生命にするんだ。その実験結果の一つが山目さん。⋯⋯その実験結果のモンスターが外に出て暴れた事件があるんだ。僕は2回ほどそれに遭遇している」

 その全てが唯華によってワンパンされた。

 「急いでここから脱出しよう。危険だ」

 いつまでこの子達の命が保証されるか分からない。

 危険は考えずに逃げる事だけを考えよう。

 オーガ20体ほど、アースワーム。このメンツでどこまでやれるか分からない。

 変身を解いて本来の状態で使えるアビリティの使用も視野に入れる。

 「⋯⋯さて、出るのは決まりだがどうするか」

 何も知らない新入りなため、脱出確率を上げるためのルートが分からない。

 そもそもここがどんな場所かも正確には分かってない。

 闇雲に逃げても意味が無いだろう。

 「外に出れば⋯⋯」

 外に出れば本来の姿のアビリティで信号弾を用意し上に放てば良い。

 唯華がそれに気づけばすぐに駆け付けてくれるはずだ。

 「外に出る。どうやるべきか」

 「静華ちゃん、何を言っているの?」

 「ここを出る。長く居たくないし、危険だからね」

 「でも出るのも危険だよ。それに、私達にそんな力は無いし」

 「僕自身もそんな力は無い。だから借りるんだ」

 その言葉が不思議なのだろう。ミーシャさんはクエスチョンマークを頭の上に浮かべていた。

 作戦を考えようとしたら、遠くから光が伸びた。

 出口⋯⋯とは違う。揺れ動く光は懐中電灯で照らされている。

 つまり⋯⋯犯人がやって来た。

 逃げる術や隠れる術などは無く、ゆっくりと感じる時間が流れて行き、犯人が目の前に現れた。

 「お前達を使う時が来た。出ろ。抵抗をした者から順番に使う。⋯⋯ソレのようになるのだ」

 衰弱している山目さんに向かい、顎をクイッと動かした。

 誰もがそれに恐れ、号泣しながら安定しない足を必死に動かした。

 何かを考える時間は俺達に与えられなかった。

 「静華ちゃん⋯⋯」

 「抵抗しない方が良い。死体を利用する考えもあるだろうからな。命の保証は無い。素直に行こう」

 「う、うん」

 俺はミーシャさんの手を握った。

 かなり冷静に見えても子供だ。不安な気持ちはある。

 その不安を少しでも拭ってやりたい。情報をくれたお礼としてね。

 「大丈夫。きっと助けは来る」

 「⋯⋯うん」

 少しは明るくなった言葉で返してくれた。

 そんな俺らを鼻で笑い、後ろを付いて来るように命令を下した。

 ⋯⋯さて、俺にできる最大限の事をしないとな。それだけを考えよう。
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