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直専奉行浦島太郎審議控え・峠の桜

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 いにしえの頃。
 どの奉行所においても、取り締まりを行う役人によるか、所定の手続きをふんだ者でなければ、審議をしてもらうことができなかった。だが、年貢の重い取り立てをやめてもらうためとか、所定の手続きがない事件を審議してもらいたくて、藩の大名や幕府のお偉方に直訴する人たちが増えだしたのだ。さらに直訴をする者が人でないと思わる者まで現れてきては、幕府の役職や藩の大名たちがそれらに対応するのを毛嫌いしだしたのだ。そこで、幕府のお偉方は協議を続け、また全国の藩から要請を受けて直訴や他の所管に属さない訴えを専門に受け付ける部署を作ることにしたのだった。
 後は、誰をそこの責任者にするかだ。幕府のお歴々の協議を受けて、寺社奉行の大番頭の飯島綾乃信が海沿いの小屋に住んでいる浦島太郎のもとに訪ねて行った。
「お偉い方が、どうして、こんな私を訪ねてこられたのですかな? その日の食のために岩場から釣りをするしかできない年寄りでございますぞ」
「いやいや百歳を超えて生きてこられた太郎様はそれだけで、驚きと尊敬に値いたします。ともかく、あなたは、カメと話ができ龍宮等異世界に行って、海をつかさどる方々と仲良くされた。そのおかげで海そばの村々ではいつも豊漁で経済的な貢献をしている。また地元の村のお祭りなどには積極的に参加し、世話役を買って出て人望もあつい。あなた見たい人こそ、いろいろな人たちや人外の者たちの直訴を受け付けて、その内容を審議する相応し人だ。ぜひとも、直訴専門奉行の職をお引き受けいただきたい。その職を通称、直専奉行と呼ぶことにいたしておりますが」
 飯島は頭を深くさげていた。
「どうぞ、頭をおあげくだされ。たしかに、いつ死んでもいいと思っておりますので、最後のご奉公をさせていただくことに異存はありません。ただし、私が審議した結果は必ずその通りに実施していただくことができますかな。いかがですか?」
「あい分かりました。そのように取り計らいますぞ」
「年貢などを安くしてほしい者たちは、本当に苦しいから直訴をされると思うのですよ。それは必ず聞いてやらねばと思っております」
「なるほど、しかし、年貢以外の訴えも多くなってきておりますぞ」
 七日後、浦島太郎は、迎えにきた役人について、江戸に入り、麹町に用意された東屋で暮すようになった。東屋の前には池がある庭があり、池には鯉が住んでいた。
 

 この日。
 麹町にあるしだれ柳が一斉にさいて黄緑色の花をつけた。
 直専(直訴専門)評定所はこの麹町の西にあった。その建物にある講堂で昼八つ(午後二時頃)から審議が行われることになった。
 五分前になると直専奉行の浦島太郎が杖をつきながら控室からでてきて、講堂の前方に置かれた肘掛椅子に座った。浦島太郎が洋風な椅子にすわるのは、高齢で足を追って正座をすることができないからだ。それに合わせるように、他の者たちも椅子にすわれるようになっていて、その前には書類がおけるように木机が置かれていた。

 訴え出た者の右隣に調査官の百地三太がすわっていた。
 百地三太は上忍の百地三太夫の三代目。幕府のお庭番で他藩で隠密行動をやっていたのだが、この度、直専評定所の勤務を命ぜられ、調査官の職につくことになった。忍者であった百地は、足が速く、一時間に四十キロを歩くことができ、顏の筋肉を動かすだけで表情を変えて別人になることができた。まさに調査官としては最適の人物であった。
「定刻がきたようですので、審議を始めます。それでは、訴えをされた青鬼の奥さん、訴えでた内容を説明してください」
 青鬼の奥さんは、その場で立ち上がった。
「夫は青鬼です。昔、赤鬼さんが村人たちと仲良くなりたいとの頼みを聞いて、わざと村人を襲ったことがございました。赤鬼さんは夫である青鬼を倒して村人を救ったことになり、いい鬼との評判を得て村で人と同じに暮せるようになりました。でも、私たち青鬼は、前は村近くに住んでいたのですが、それができなくなり、食べる物もない山奥での生活をしなければならなくなりました。夫は子供たちにもすまない、すまないと泣いて頭をさげておりました」
 青鬼の奥さんは泣き出し、足元に寄ってきた角の短い二人の小鬼たちの背に手をおいていた。
「赤鬼さんに経済的に援助をして欲しいと夫は手紙を書いていたのですが、返事もいただけませんでした。とうとう夫は赤鬼さんに会いに行きました。でも、経済的な援助がもらえなかったのでしょう。花が散り出した峠の桜木に首をつって死んでしまったのです。これは自殺幇助の罪に当たると思うんです」
「それでは、赤鬼さん、反論があれば、お聞きしますが」と、浦島は言っていた。
 すると、ぶぜんとしてほほをふくらませていた赤鬼が自席で立ちあがった。
「確かに、青鬼さんには感謝しております。しかし、もし私が青鬼さんと本当は親交があったと村人に知られたらどうなりますか。私が村人たちとの間で築いてきた良好の関係はたちまち壊れてしまいますよ。だから、手紙を貰っても峠の桜の木のそばに行くことはできなかった。ですから、首をつって自殺をするなんて考えもしませんでした。自殺するようにそそのかしたと青鬼の奥さんは言いますが、それはいいがかりというものです」と赤鬼は興奮で顔を赤くしながら腰をおろしていた。
「まず、青鬼さんの遺体が発見された状況を報告していただけますか?」
 そこで、調査官の百地が立ちあがった。
「はい、浦島奉行。青鬼の奥さんが訴えを起こされた後、青鬼さんが首をつったという峠の桜がある場所を見てまいりました。たしかに首をつられていた枝は太い枝で、枝にすれた後あとがついておりました。最初に遺体を発見したのは木こりの源蔵さんです」
 そこで、百地は自分の隣にすわっている男を指さし、紹介をしていた。
「彼はもう少し先にある森に木を切りにいく途中で、青鬼さんが首をつっているのを見つけた。すぐに枝から青鬼さんをおろし、背負うとふもとにある村長の家まで運んだそうです。そこで、村長は村役場に連絡をし、村役人は、源蔵さんに命じて青鬼さんの奥さんに知らせた。そこで、奥さんが遺体となった青鬼を見にやってきて、間違いなく青鬼本人であることが確認されたというわけであります」
 百地はふたたび源蔵の方に顔を向けた。
「源蔵さん。今私が言った通りでよろしいですね」
 源蔵は大きくうなずいていた。
「そうですか。ところで源蔵さんは、隠れて暮らしている青鬼さんの住まいがどこにあるのか、よくわかりましたね?」と、浦島が聞いていた。
「山で暮していれば、青鬼さんのご家族を見かけることが度々ありましたよ。ですが、青鬼さんたちが静かに暮らしているので、私たち木こりは、ふだんは関りあわないようにしていますが」
「そうですか。ところで、その日、赤鬼さんは、どんな生活をしていたのですか?」と、浦島が赤鬼の方に顔をむけた。
「アリバイですか? その日、私は人と鬼の共存についての講演のための話用の原稿を書いていました。ちゃんとまとめたことを話したいと思っていましたからね」
 すると、百地の片眉があがった。
「じつはですね。新たな証言をえていたので、その方に証言をしてもらいたいと思いますが。その方は、山奥を赤鬼さんが歩いているのを見たという人です」
「ほう、誰ですか?」と浦島が聴いていた。
「それでは、証人をお呼びします。どうぞ」」
 すると、講堂の左ドアが開いた。そこには、証人用の控室がある。一人の男が講堂に入ってきて、証人台を前にした。
「それでは、お名前をなのり、真実のみを証言するように宣誓をしてください」
「もちろん、本当のことしかいわん。わしは猟師をしている根黒というものだよ。山の木に囲まれて、いのししを撃とうとして隠れていたのだが、その時に、私の前を峠に向かう山道を赤鬼さんがあがっていくのが見えたんだよ」
「馬鹿な、見間違えたんじゃないのかね」と、赤鬼は立ち上がり叫んでいた。
「猟師は遠目が利かないようでは、商売にならない。それに、あんたは目立ち過ぎだよ。赤ら顔で、角がはえている」
「この場に、そのような者がいますかね?」と、百地が根黒に聞いた。
 すると「そこにいる赤い顏の鬼だよ」と、根黒は赤鬼を指さしていた。
「たしかに、私は峠の桜のそばに行きましたよ。それは、青鬼が要求した銀貨をわたすためだ。袋に入った銀貨を渡した後、すぐに帰りました。自殺をしたとしたら、青鬼は私が手渡した銀貨を持っていなければならない。そうでなければ、桜木の下に銀貨を入れた袋が落ちているはずです。そんな物があったという話はまるで聞こえてこない。それは、木こりの源蔵が銀貨欲しさに青鬼を殺したことだって考えられます」
「馬鹿な、私が青鬼さんを見つけた時には、間違いなく桜の木につりさがっていました。もしそんなことした者がいたとしたら、それは猟師の根黒かもしれませんよ」と、源蔵が大声をあげていた。

「あんたが、着ている服はなんだ。金糸、銀糸が入っている。それもレースで肌が透けて見えているぞ。金が手に入らなければ、そんなことはできないはずだ」と、根黒が立ち上がり叫んでいた。
「栽培をしていたシイタケが売れたから、いい服を買うことができただけですよ。こんな審査の場にでるのに、ちゃんとした服を着て行かないと恥ずかしいじゃないですか」と、源蔵は証言台の前まで出て話をしていた。
 二人が大声で言い争いを始めた。
「ご静粛にお願いをいたしたい。源蔵さん、証言台から離れて、元の席におすわりください」と浦島は声をあげた。しかたなさそうに、源蔵は調査官の隣にすわっていた。
 誰もが静まった所で、百地が手をあげた。
「はい、調査官」
「青鬼さんの遺体なのですが、蘭学医の落合新次郎に鑑識を行ってもらっておりますので、それでは報告してもらいます」
 証人控室のドアが開いて、落合新次郎が現れ、証人台に立っていた。」
 蘭学医の落合は、オランダ語で書かれていた医学書を翻訳し「解体新書」を書いた前野良沢の弟子に指導をうけていた者であった。
 落合は垂れてくる前髪を手でかきあげ、手元の文書を見ながら話しだした。
「青鬼は首をつって、自殺との見立てをされておられたのですが、首をつられた首筋を見ますと、首筋に手でかいた傷がついておりました」
「それはどういうことを意味しているのですか?」
「これは、ためらい傷。つまり自分で首を吊ったように見えますが、誰が吊らされたのでないかと思われるのです」
「ほう、それは自殺ではなく、殺人だと言っておられるように聞こえてきますが」と、浦島は低い声をだした。
「ええ、そうです。私は殺人ではないかと思っているんです」
 すると、ふたたび赤鬼がはじかれたように自席で立ちあがった。
「自殺をするつもりで、首に縄をかけた後に、やはり死ぬのが怖くなって、縄を外そうとして、首のあたりをひっかくことはあるんじゃないですか!」
「そう言う可能性もゼロではないかもしれませんが、その場合の傷のつき方が違います」
「じゃ、やっぱり、青鬼が手にした銀貨を奪うために、殺されてしまったんだ」
 赤鬼は、源蔵の方に顔を向けてにらみつけた。
「ところで、青鬼さんが首をつられた物が縄であるとあなたは言われましたが、どうしてそれが縄だわかったのでしょうか? 誰も縄だとは言っていない」
 赤鬼の顔は色を無くしていて、青い鬼になったようだった。
「一般に首をつるとしたら、縄じゃないですか。誰もが思うことを思いついたから言ったまでですよ」
「ほほう、あなたの方が首吊りについて私よりも詳しいとおしゃるのですかな。じつは、検死を行い、もう一つわかったことがあるんですよ。青鬼さんの爪の間から、肉片がみつかったんのです。その肉片は赤い色をしていた。それは血で染まって赤くなったものではない。それは赤い皮膚だったのですよ」
 赤鬼は唇を震えださせていた。
「あなたの物ですよね?」
 すぐに、調査官は赤鬼の傍に行き腕を掴むと、彼のシャツをたくしあげた。すると、そこには間違いなく爪で付けられた四筋の傷跡が残っていた。
 赤鬼は首をさげていた。
「あの日、私は青鬼と約束をした峠にある桜のふもとに行ったよ。それも青鬼にわたすつもりで小銭を入れた袋を持っていった。だが、青鬼はこれでは足りないと言い出した。私だって、もっとお金をわたしてやりたかった。だが、私も金が必要だった。機会あるごとに村の寄付に金をだしていたからね。村長に私は立候補をするつもりでいたんだよ。金をだせないという話をしていて、青鬼と口論になった。そして、いつのまにか青鬼の首に縄をかけていたんだ」
「あの場に、縄など置いている場所ではない。あなたは前もって縄を持っていったのではないですか。それにその場に小銭を入れた袋も落ちてはいなかった。その袋を持っていったのは、あなただったのではないですか!」
 赤鬼は、顔をゆがめて笑っていた。浦島は思い出したように声をあげた。
「青鬼殺害の罪で、赤鬼を逮捕いたしますぞ。明らかに、犯罪だと明らかになったいま、北町奉行に渡すことになります」
 やがて、刑務官たちがやってきて、赤鬼を講堂からつれだして行った。
                 



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