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幻夢

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 いつも支社勤務を命じられていた私は単身赴任を余儀なくされていた。
 だが、去年から本社勤務になり、私は自宅から会社に通えるようになった。そのおかげで、朝の出勤時に娘の真理恵と一緒に出かけることができる。
 今日も、交差点まで私と真理恵はやってきた。信号が青に変わったので、小学校に行くために真理恵は私と別れて横断歩道を渡り出していた。そんな時に、重いエンジン音がした。私は音のした方に顔を向けた。信号無視をしたトラックが横断歩道に飛び込んできたのだ。私は走り出し、娘に追いつくと両手で娘の背を押していた。
 
 目を開けると妻が私を見つめていた。
「よかった。気が付いたのね」と、妻は泣いていた。私は顔だけを動かして周りを見廻した。私はベッドに寝ていて、ここは病室だった。
「真理恵はどうした?」
「あなたが、突き飛ばしてくれたから、軽いケガだけですんだのよ」
 やがて病室のドアがあいて真理恵が入ってきた。
「お父さん、目をさましてくれたんだ」
「こらこら、泣くことはないじゃないか!」
 そばに寄って来た真理恵の頭を抱いて、髪をなぜていた。

 一月後、私は退院をすることができた。
 だが、腰を痛めた私は外回りをするような営業はできない。私は閑職を望み、庶務の仕事につくことができた。
 小学校に通う真理恵の運動会に私は必ず参加していた。それにこたえるように真理恵は徒競走で1等になってくれた。中学校に行くようになると、学校祭も見に行った。真理恵は学校の成績もよく、ちゃんと高校に行き、大学にも入ってくれた。
 就職先を心配したのだが、自分の会社よりも上の商社に入ってくれたのだ。

 やがて、今日、結婚したい相手を連れてくることになった。
 真理恵は彼と一緒に部屋に入ってきた。しかし、私は彼の顔を見ることができない。目を向けてしっかりと見ようとするのだが、それができなかった。
 突然、私は立っていられなくなった。
「お父さん、どうかしたの?」
「いや、ちょっと、疲れがでたようだ」
 そう言った私の意識はなくなっていた。
 
 私は目を開けた。そばに妻がいて、私を見ていた。
「あなた、目を開けてくれたのね」
 妻は泣き出していた。私に向かって下げた妻の頭髪には白い物が幾筋も入っていた。
 妻は若くなかったのだ。
 いったい、私はどのくらい寝ていたのだろうか?
 私は目だけを動かして周りの物を見た。私はベッドに寝ていて、ここは病室だった。
「あれ、真理恵は?」
 妻は大きく左右に首をふった。
「あなたが飛び込んでくれたけどダメだったのよ。トラックは真理恵の上を走ってしまった」
「えっ」
 私が大声をあげると、口と鼻につけられた呼吸装置のビニールカバーが曇っていた。
 私は夢を見続けていたのだ。
 夢の中で真理恵は育ち、私の望む姿になってくれていたのだった。

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