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天空魔人グール

1 新しい先生の家に

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 夏休みに入る前に、カオルは学校を転校していたので、新しく通いだすことになる学校からは夏休みの宿題の提出は言われてはいません。
 カオルは、これならば楽ができると喜んでいました。
 でも、お母さんは違います。
「夏休みの宿題は、いっしょになるクラスメートと同じようにやって二学期を迎えたほうがいいわ。そうすれば、すぐにクラスメートと仲良くなれるわよ」とお母さんは言いました。その上、「将来のことを考えると、今習っていることをちゃんとしておくことが大切なの。だから手を抜くべきではないわ」とも言ってくれました。

 そこで、お母さんは新しい学校の校長先生のところに行き、夏休みの宿題として、どんなものをカオルが提出すればいいのですかと聞きました。すると、校長先生は、宿題の内容は、それぞれ担任の先生方に任せていますので、担任の先生から直接聞いてくださいと言いました。そこで、お母さんはカオルの担任になる先生のお名前と住んでいる住所を校長先生から教えてもらいました。
 
 カオルの新しいクラスは五年二組。先生の名前は、東川久美子でした。
 そして、先生の家は春香町の南にある山そばにありました。
 
 今日、先生の家にカオルはお母さんといっしょに行くことになりました。前もって先生の家に電話でお伺いすることをお母さんは連絡をしていたようです。
 カオルの家の前にある小道を五分ほど歩くと、車も通っている道路にでることができ、そこにバス停がありました。
 バス停でお母さんと待っていると、やがてバスがやってきました。カオルとお母さんがバスにのると、バスの乗客は二人のっているだけでした。あつい昼間にあまり出かけたいと思う人はいないのでしょう。カオルたちがのったバスは走り五つ目のバス停でバスが停まりました。お母さんが前もって降車することを知らせるスイッチを押してくれたからです。
 カオルは車窓から入る風に顔をあてていたので、お母さんがスイッチを押したのに気がつきませんでした。
「ここで降りるわよ」とお母さんは席から立ちあがりましたので、あわててカオルはお母さんの後をおいました。
 バスから降りて、バス停をみると《東川ブドウ園前》と書かれていました。

 二人で歩いていると、右側には木が生えています。でも、高く上に伸びる木ではなく、緑色のゾウが次から次へと並んでいるようでした。
「これはブドウよ」とお母さんが教えてくれました。

 やがて、トタンでできた赤い色の屋根の家が見えてきました。二人でその家の門をくぐり玄関に近づき玄関チャイムをお母さんは鳴らしました。
「はい」と声がして、女の人がでてきました。
「あの、お電話をいたしました加藤でございます」
「お待ち申し上げておりました。東川久美子です。こちらカオルさんね」
「はい、加藤カオルです。よろしくお願いします」
 先生は、若い人で少し太っていました。ふくよかな分だけ優しそうな人に思えました。うまく挨拶ができたと思うと、少しだけカオルは嬉しくなっていました。
「どうぞ、おあがりください」
 言われるままに、お母さんとカオルは靴をぬいで、家の中に入りました。

 先生は、縁側のある居間に二人を連れて行きました。
 置かれている和テーブルを前に先生は座布団を二つ並べてくれ、勧められるままに二人は座布団にすわりました。すぐに先生は台所に立っていき、グラスにカルピスを作ってテーブルの上に置いてくれました。グラスの中には氷が入っていて、ストローもついています。すぐにカオルはストローに口をつけました。甘くて少し酸っぱい液が口の中に入ってきました。
「カオルさん、前は都会に住んでいたから、こちらは田舎すぎるでしょう?」
「そんなことありません。庭の花もきれいですし、夜には星がはっきりと見えるんです。こんなことは、都会まちではないことでした」
「そう、それはよかったわ」

 先生は前もって用意していたのでしょう。
 袋に入れた物をテーブルの上に出して見せました。
「私は学習ドリルだけをやってもらえればいいと思うわ。この中に算数の練習問題や国語の漢字書き取りを行うことになっているのよ」
「そんなわけにはいきません。他の皆さんがやっている物と同じ物をやって提出をさせてもらいたいと思います。そうだよね。カオル」
 カオルは、すぐにうなずいてみせました。
「ここに、提出物の一覧表があるでしょう」と言って 先生は、A4の紙をカオルに渡しました。
「絵を描くこと、読書感想文、それに自由研究もあるんですね」とカオルが夏休み提出一覧表を見て言いました。
「絵は、夏に見た物や山登りや海水浴に行ったりして思い出になったことを描いてもらえばいいのよ。読書感想文はね。宮沢賢治の作品、『注文の多い料理店』、『よたかの星』『ドングリと山猫』の三作品のどれかを書いてもらうのが原則なんだけど、宮沢賢治の作品なら他の作品でもいいのよ。感想文を書く前には、まずちゃんと本を読まなければなりませんよ。原稿用紙四百字詰め二枚以上なら、何枚でもいいわ」

「先生、自由研究はどうすればいいんですか?」
「自分の好きな事をやればいいのよ。いつもはできないけど、したいことがあるでしょう」
「ありますけど、学校に出すような物じゃないわ」
「そうなの? うちの生徒たちは、昆虫採集や本箱などを作ってくる人がいるわ。ともかく アイデアしだいよ。でも好きなようにするということが一番難しいかもしれないわね」

 先生と話をしていると、縁側に笑顔で近づいて来る男の人がいました。お年寄りで頭の髪は短くゴマ白でした。
「父です」と、先生が言いました。
「東川次郎です。うちの娘がお世話になっております」と、先生のお父さんは挨拶をしてくれました。まだカオルは新しい学校に通っていません。それにカオルが学校に行くようになっても、先生をカオルがお世話することはないなあと、思っていました。
 先生のお父さんは部屋に入りながら、手にさげていた網の目の入った袋を持ち上げて見せました。その中に大きなスイカが入っていたのです。
「これは井戸で冷やしてあるよ」
 それを受け取った先生は台所にスイカを運び、半月型に切って人数分の皿にのせてテーブルの上に持ってきてくれました。
「これは、うちの畑でとれたんだよ。今年は暑い日が続いたので甘くなっている」と言った先生のお父さんは、最初にスイカにかぶりついて見せました。カオルは、そんな先生のお父さんの真似をしてスイカにかぶりついてみました。本当に甘いスイカです。お母さんもスイカを口にいれて「おいしいわ」と、言っていました。
 先生もスイカに口をつけて、その味を確かめているようでした。

「父はね。夢を持っているのよ。この地でいいブドウをたくさん作って、そのブドウでワインを作りたいのね。ワインで町お越しをしたいそうよ」
「ここの土はブドウには向いているんだよ。いい土でブドウを育てて、それを熟成させる。ワイン工場を作ることが私の夢なのさ」と言った先生のお父さんは、笑っていました。

 思わずカオルはシンドを思い出していました。先生のお父さんはシンドと同じ土の匂いをさせていたからです。

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