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イバラの森大戦

5 動いてよ

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 しばらくして、おばあさんは手にクマのぬいぐるみをもって階段をおりてきました。
「カオルが言っていたクマはこれだね?」
 カオルは大きくうなずきました。
「クマさん、動いていたのよ。だから、ゼンマイか、何か動かせる機械がついていると思っていたんだけど」
「ほう、そうかい。でも、よく見てごらんよ」
 おばあさんはぬいぐるみのクマをカオルに手渡してくれました。カオルはクマを手にとると、前ばかりでなく、背中の方も調べてみました。でも、どこにもスイッチやネジらしい物はついてはいません。
「じゃ、どうして、動いていたんだろう?」
「クマが勝手に動いたんじゃないよ」
「じゃ、私が見間違えたのかしら?」
「そんなことは、ないと思うよ」
「なら、どうして、クマさん、動いていたの?」
 カオルはクマを両手で持ち、聞いていました。
「やっぱり、答えてくれないかい」と言って、おばあさんは笑い出していました。
「それはね。クマを動かしたのは、カオルだったからだよ」
「えっ、私が動かしたというの?」
「クマが動いた時、カオルがクマに動いてほしいと思っていなかったかね」
「えっ、そう言われれば、思っていたかもしれない」
「それができるということは、カオルに魔法を使う力があるということだよ」
「そんなこと言われたことがないわ」
「そうだろうね。今まで魔法を使えると思ったこともなかったのだろう?」
「それは、そうだけど」
「もしかしたら、カオルの先祖に、神社の神官か、宮司をしていた人がいなかったかい?」
「そう言えば、ひいおじいさんが神社の神主だったとか、言っていたわ。でも、その神社、戦争の時に爆撃をされて、後かたもなく焼けてしまったそうよ」
「ともかく、クマをおいて、動かしてみてごらん」
 おばあさんにそう言われたので、クマをテーブルの真ん中におき、カオルは、クマさん動けと思ってみました。でも、クマが少しも動く様子は見えません。
「だめだわ。おばあさん」
「あきらめないで、もう一度」
 カオルはクマをにらみつけ続けました。でも動きません。
「だめ。おばあさん。やっぱり、だめ」
「頑張って、いえ、気を楽にした方がいいのかな。もう一度」
 改めて、カオルはクマの呑気そうな顔をにらみつけました。カオルの額に汗が吹き出してきます。
「だめだよ。おばあさん、ぬいぐるみのクマさんはやっぱり動かないわ」
 カオルはおばあさんの顔を見つめました。
「しょうがないね」
 おばあさんは、クマの方を見ると、にっこりと笑って見せたのです。
 すると、ぬいぐるみであるクマが立ちあがったのです。驚いているカオルに向かって、ていねいに頭をさげて挨拶をして見せたのです。
「糸がついているのかしら?」と言って、カオルはクマの上で右手を振ってみました。でも、手にさわる糸はありません。さらに、カオルを驚かすように、クマはスキップをふんで踊り出しました。やがて、動きをとめると、クマはすくっと立ったままになっていました。
「どうだい。ちゃんと動くだろう」
「おばあさんこそ、魔法を使えるんだ」
「そうだね。でも、魔法を使える人はけっこういるんだよ。でも、使えると思っている人の数は少ない。この世界では、科学の力を使えば、なんでもできると思っている。その上、科学ですべてが説明できると思い込んでいる。だから、魔法なんか、おとぎ話にしかすぎないと思っているんだね。だが、世界は多元で、そんな簡単な構造をしてはいない」
「ふん、そうなんだ」と、むずかしい話にカオルは首をかしげた。
「カオルは、魔法使いになりたくないかい?」
「私が魔法使いに! 魔法使いになれるのかしら?」
「まず素質だね。次にやる気だよ。カオルには素質があると思うよ」
「後は、やる気が足りないと言いたいのね」
「さあ、もう一度やってみてごらん」
 おばあさんは、再びクマのぬいぐるみをテーブルの真ん中においてくれました。
「でも、どうすればいいのかしら?」
ねんを込めるんだよ」
「ねん?」
「そうなってほしいと強く願うことだよ」
 おばあさんに言われたので、カオルはクマが動き出すようにと、念をこめてみることにしました。
「じゃ、右手だけあげて」
 カオルはクマの右手をにらみつけ続けました。すると、クマの右手が軽く揺れ出し、最後には、クマの頭の高さまで手があがったのです。
「やれば、できるじゃないか? 今度は頭をさげさせてごらん」
 カオルは、必死に念をこめて願うとクマは頭をさげたのでした。
「今度は、踊らせてごらん」
 なんとか、クマを踊らせようとするとクマはバランスをくずし転がってしまいました。思わず、カオルはテーブルから落ちる前にクマを抱きあげていました。
「後は、練習次第だね。繰り返すことが大事だよ」
 額に浮かんできた汗をカオルは手で拭いていました。そういえば、前の学校の校長先生も同じことを言っていたことを思い出していました。
「ところで、魔法使いになる気はあるんだろう?」
「えっ、魔法使いになっていいの?」
「言っただろう。カオルには、素質がある。後は本人のやる気だよ」
 たしかに、幼い頃から魔法を使えればいいなと、思ったことは何度もありました。魔法を使えれば、いじめられている子を助けてあげられただろうし、意地悪をする子の心を変えることだってできたはずでした。それができなかったので、カオルはここに引っ越しをしてきているのですから。
「なります。魔法使いになります」
「後は、修行をしてもらう必要がある。ちょうど、魔法学校が開かれることになっているんだよ。そこで、少し冒険の時間を過ごしてもらうことになるかもしれないけどね」
「魔法学校ですか? でも、私、夏休みが終わったら、春香町の小学校に通うことになっているんですけど」
「大丈夫だよ。ここと別の時間が流れている世界に行って、修行をしてもらう。だから、むこうから戻ってくる時には、この世界から出て行った時間と同じ時間に戻ることができるんだよ」と言って、おばあさんは笑っていました。


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