ラドン

矢野 零時

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ラドン

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 礼子は田村と市の南にある旅館にいた。田村があしげに礼子のアパートにかよっていることが噂になりだしたからと言って、礼子を呼び出したのだ。だが、それは本当のことであった。
 そして、今、安普請の旅館部屋で、礼子は乳房を田村に愛撫されながら話を聞いていた。
「礼子、前に修が死にかけたと言っていたな。本当は、その時に死んでいたんだよ」
 田村が言っているのは、修が四歳になり、礼子の夫が生きていた時の話であった。そして、その話は礼子が田村に以前に話をして聞かせたものであった。

 その日は、トラック運送の仕事あけで、夫は礼子と修を連れて埠頭に散歩に行った。埠頭には、この時期に浮遊してくるイワシを釣りにきた人達で賑わっていた。
 夫と礼子が釣人たちと話しに夢中になっている時であった。水音がした。そちらを見ると、修が海面にいた。修は手足をばたつかせている。夫は靴だけを脱ぎすてると、海に飛び込んでいった。夫は抜き手で泳ぎ、修のそばまでたどり着き、息子を抱え込むことができた。しかし、コンクリートでできた埠頭は海面からかなりの段差があって、1メートルを超える高さでは簡単には上がれない。それに、夫といえども、いつまでも泳いでいることはできない。途方に暮れている時、釣人の一人がどこからか、見つけてきた縄を夫に投げてくれた。その縄を夫は修の着ていた服と結び、修をひきあげてもらった。それから、もう一度縄を投げ込んでもらい、それをつかんで夫は海からはいあがることができた。

「修は助かったのよ。死んじゃいないわ」と、礼子は声を出した。
「だから、言っているだろう。あんたの旦那と子供はその時に死んだと考えるんだ」
 礼子は天井の今にも動き出しそうな、木の節目を見つめていた。
「俺の知っている保険屋の女に頼んで、修を一億円の保険に入れさせるんだ。大丈夫だよ。その女はもう歳で保険の仕事をやめたがっていてね。最後にでっかい契約をとりたがっているのさ」
「でも、修は生きている。保険金を貰うことなんかできないわ」
 田村の眼に暗い光が走った。枕元に手を延ばし煙草をつかみ一本取り出すと、旅館のマッチで火をつけた。煙草を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出した。白い煙は静かに暗い天井に向かって広がっていく。
「前と同じく、海に落ちてもらう。海で死んでもらうんだよ。子供が知らぬ間に海に落ちてしまうことはよくあることだからな」
「でも、あの子が簡単に海に落ちないわよ」
「捕まえて、海に投げ込むのさ。もちろん、誰にも分らんようにしてだよ」と言いながら、田村は礼子を見据えた。しばらくの間、二人は見つめあっていた。田村の眼の暗い光が、のり移ったように礼子の眼の中にも燃え出していた。
「でも、誰かに助けられるかもしれない?」
 礼子は、釣人が手伝ったので修は助けられたことを思い出していた。
「じゃ、無理やり海水を飲ませればいい」
「どうやって?」
「頭を押さえつけて、海水の入ったバケツに顔をつけさせればいい」
 それには答えずに礼子は激しく田村に抱きついた。そして、強く田村の首に腕を回した。男と全てを同化するように。

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