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第十七章 束の間
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大店を襲う夜盗はいなくなった。いなくなったわけではないが、名前のある盗賊一派が切り殺された話はひろがり、他の盗賊たちはなりを潜め出したのだ。それを知った商人たちは、さすがに計算高い。筒井屋も用心棒として藤十郎が常に屋敷にいることは望まなくなったのだ。居てもらえば、それだけ手当てを払わなければならないからだ。何かあるときには改めてお願いをしたいと言い出したのだ。
藤十郎は章衛門の家に戻り、母の世話をしてくれる小枝の手伝いをしていた。いや、本当のところは、かいがいしく働く小枝の姿を、胡座をかいて見ているだけだった。藤十郎が母の世話をしようとすると、「藤十郎さま、そのようなことはお武家さまのすることでありません。小枝がいたします」と、止められてしまうからだ。
本当は、藤十郎がしなければならないことがあった。母の来月の薬を買うための金子が用意することだった。材木屋の用心棒を首になったことから、口利き屋の島根に次の働き口を頼んでいたのだが、他の商家で筒井屋のような高額な用心棒を雇ってくれるところはなかった。
玄関先で、声がした。
「御免下さい。こちらに、石田藤十郎さまがおいででしょうか?」
章衛門も所要で外に出ていて、手が空いているのは藤十郎しかいない。藤十郎は、玄関口に出ていった。そこには、縞の着物に角帯姿の男が立っていた。
「わたしが藤十郎だが、何かな?」
「始めてお眼にかかります。あっしは南町同心の斎藤さまの下で目明しをいたしております友蔵と申します。わたしら目明しは斎藤さまのご指示を受けて、腕をあげるために、町村道場で剣の鍛錬をしております。実はこの道場に黒川左京という武士が現れ師範代の中島さまを倒して、道場主の香川さまに立ち会えといってきておるのでございます。香川さまは痛風で剣を持つことができやせん。ちょうどその時に斎藤さまが道場に立ち寄っておられまして、相手をできるのは、藤十郎さましかいない。藤十郎さまをすぐにでもお連れするようにと言われ、参上いたしました」
「あい、わかった」
藤十郎は、玄翁刀に手をかけると立ちあがっていた。父の敵、弦雲を倒すことができたのも、同心斎藤のおかげだ。何があっても、斎藤の希望であれば、駆けつけない訳にはいかないと思っていた。
藤十郎は章衛門の家に戻り、母の世話をしてくれる小枝の手伝いをしていた。いや、本当のところは、かいがいしく働く小枝の姿を、胡座をかいて見ているだけだった。藤十郎が母の世話をしようとすると、「藤十郎さま、そのようなことはお武家さまのすることでありません。小枝がいたします」と、止められてしまうからだ。
本当は、藤十郎がしなければならないことがあった。母の来月の薬を買うための金子が用意することだった。材木屋の用心棒を首になったことから、口利き屋の島根に次の働き口を頼んでいたのだが、他の商家で筒井屋のような高額な用心棒を雇ってくれるところはなかった。
玄関先で、声がした。
「御免下さい。こちらに、石田藤十郎さまがおいででしょうか?」
章衛門も所要で外に出ていて、手が空いているのは藤十郎しかいない。藤十郎は、玄関口に出ていった。そこには、縞の着物に角帯姿の男が立っていた。
「わたしが藤十郎だが、何かな?」
「始めてお眼にかかります。あっしは南町同心の斎藤さまの下で目明しをいたしております友蔵と申します。わたしら目明しは斎藤さまのご指示を受けて、腕をあげるために、町村道場で剣の鍛錬をしております。実はこの道場に黒川左京という武士が現れ師範代の中島さまを倒して、道場主の香川さまに立ち会えといってきておるのでございます。香川さまは痛風で剣を持つことができやせん。ちょうどその時に斎藤さまが道場に立ち寄っておられまして、相手をできるのは、藤十郎さましかいない。藤十郎さまをすぐにでもお連れするようにと言われ、参上いたしました」
「あい、わかった」
藤十郎は、玄翁刀に手をかけると立ちあがっていた。父の敵、弦雲を倒すことができたのも、同心斎藤のおかげだ。何があっても、斎藤の希望であれば、駆けつけない訳にはいかないと思っていた。
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