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第十二章 式神使い
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次の日、斎藤は島根の胸倉を掴んでいた。
「おかしいじゃねえか。そんなに早く弦雲の居場所が分かるなんて」
「斎藤さま、暴力はいけません。暴力は」
「何が暴力だ。これはお調べだよ」
「お答えしますよ。これは智坂藩の江戸家老、村石さまに頼まれたことなんです」
「どうして、村石がそんなことをするんだ?」
そこで、島根はニヤリと笑った。
「ちゃんと、話をしますから、まず手を離してくれませんか」
軽い舌打ちとともに斎藤は手を放した。
「村石さまは、江戸で楽しく暮らされている。それには金がかかる。そこで、金を大和屋から借りた。金利だけでも返さなければならない。そこで、藩から逃げてきた弦雲を屋敷にかくまっていたのですが、うんと強い用心棒が欲しいと言っていた大和屋に紹介をした。いや売ったんですな」
「だが、弦雲が、わざわざ仇討に出てくるわけがないだろう?」
「いえ、斎藤さま、弦雲の方から、仇討を受けたいと言ってきたのですよ」
「どうしてだ?」
「分かりませんが、それだけ石田家に遺恨を持っているのでしょうな。もちろん、大和屋は、弦雲の言うことなら大概の話を聞きますぜ。なんせ貸した金の取り立てには、切り合いになることも多い。金子を届ける者を襲う者もいる。その時に用心棒として弦雲は必要なんですな」
「前置きは、そのくらいでいいだろう。ところで、弦雲と一緒にいた坊主はどこの誰だ?」
「私も、あの男は知りやせん。あの場で始めて見た顔ですから」
「じゃ、誰が知っているんだ?」
「大和屋の旦那なら知っていると思いますがね。手抜かりがないお方だから」
「大和屋か、狸だな」
同じ頃、狐狸庵に治療にきた家具職人から事件があったことを教えてもらった陣伍は筒井屋に藤十郎を訪ねてきた。藤十郎はすぐに懐から半紙にはさんで持ってきた紙片を、陣伍に見せた。邪気を恐れもしない陣伍ならば、何か知っているような気がしたからだった。
「これをどこで?」
紙片を手にした陣伍の眼が光った。藤十郎は、筒井屋を襲った夜盗の一人が紙片を鬼の顔に変えて警護役の浪人たちを襲わせた話をした。
「式神使いですな」
「式神使い?陣伍さまは、知っておられるのか?」
「同じ穴の貉だからですよ。わしも昔は伊賀の忍びでござった」
「伊賀組は幕府の鉄砲隊とかに組み込まれたとかお聞きしましたが」
陣伍は、額に三本の皺を深くして、笑って見せた。
「それは術を持たぬ者たちの話じゃ。大阪城の落城後、ちりぢりになり里に逃げ戻っておりましたわ」
藤十郎にも、伊賀組のことをすべて知っているわけではないが、聞きかじりの知識はある。
初代の服部半蔵は天正十年(一五八二年)に本能寺の変が起きたとき、忍びを使い徳川家康を守って伊勢から三河に抜けてみせた。その功績を元に忍びは伊賀、甲賀同心として徳川幕府につかえていた。だが、服部正就が三代目の服部半蔵を襲名すると、上忍たちに四谷笹寺に立てこもられ、幕府によって職を解かれてしまった。正就は蜂起した者たち全員の死を望み、幕府は上忍十人を討ち首にさせた。だが、正就が殺したいと思っていた二人は逃げてしまった。正就は、その二人を追って人違いの殺人をしてしまい服部家はお取りつぶしになった。汚名返上を賭けて、正就は元和元年(一六一五年)の大阪夏の陣に参戦をしたが、その中で死んでいる。戦死とも、暗殺されたとも言われ、ともかく、それを境に伊賀組は完全に表舞台から消えさっていった。
伊賀の忍びであることを明かした陣伍は話を続けた。
「御存じでござろう。徳川幕府は体制を維持するために、多数の大名が減封・改易され、そのお蔭で巷に多くの浪人が今でもあふれだしている。このような幕府の御政道に対して、批判的な考えを持つ者が出てきてござった」
たしかに、その話は藤十郎の耳にも届いていた。しかし、智坂藩は遠隔地の小さい藩であったが、譜代大名である。その嵐に巻き込まれずに済んでいた。
「軍学者である由井正雪さまが幕府に対して仕官を断ったことから、正雪さまが開いた軍学塾・張孔堂に人が集まり出した。同志である丸橋忠弥さまは江戸で、由井正雪さまが京都で、金井半兵衛さまが大阪で決起し、天皇に江戸幕府を討つための勅令を出させようとした。そうなると、もう一度戦乱の世が始まる。乱世こそが忍びの生きる世界。伊賀の里にいる者たちの中から江戸に来る者が出てきておりもうした。乱に参戦し、もう一度功労を立て武士になろうとしたのですな。わしもその一人じゃ。しかし、一味に加わっていた奥村八衛門の密告により、ことごとく失敗をしてしまった。駈けつけた我らもまた、盗賊になったり、江戸の町でわしのように隠れ住んでいたりする始末です」
そう言った陣伍は哄笑とともに頭をかいてみせた。
「すると、式神使いは、忍びの術の一つということですか?」
「さよう、式神使いは、陰陽道の阿部清明が使う技として有名だが、修験者たちにその手法は伝わり、同じく山生活を多くした伊賀に住む上忍たちにもそれが伝わっております。邪気を集めて、それを紙にのせる技。おそらく、それを今使えるのは、わしを使っていた男、上忍の岡部小五郎ぐらいかと思いまする」
そう言った陣伍の額には、汗が噴き出していた。
「しかし、忍びならば、側にいて主に従わなければならないと聞いておりますが」
「それが嫌で抜け出したのでござるよ」
陣伍は、ふたたび作ったような笑いを見せていた。
「おかしいじゃねえか。そんなに早く弦雲の居場所が分かるなんて」
「斎藤さま、暴力はいけません。暴力は」
「何が暴力だ。これはお調べだよ」
「お答えしますよ。これは智坂藩の江戸家老、村石さまに頼まれたことなんです」
「どうして、村石がそんなことをするんだ?」
そこで、島根はニヤリと笑った。
「ちゃんと、話をしますから、まず手を離してくれませんか」
軽い舌打ちとともに斎藤は手を放した。
「村石さまは、江戸で楽しく暮らされている。それには金がかかる。そこで、金を大和屋から借りた。金利だけでも返さなければならない。そこで、藩から逃げてきた弦雲を屋敷にかくまっていたのですが、うんと強い用心棒が欲しいと言っていた大和屋に紹介をした。いや売ったんですな」
「だが、弦雲が、わざわざ仇討に出てくるわけがないだろう?」
「いえ、斎藤さま、弦雲の方から、仇討を受けたいと言ってきたのですよ」
「どうしてだ?」
「分かりませんが、それだけ石田家に遺恨を持っているのでしょうな。もちろん、大和屋は、弦雲の言うことなら大概の話を聞きますぜ。なんせ貸した金の取り立てには、切り合いになることも多い。金子を届ける者を襲う者もいる。その時に用心棒として弦雲は必要なんですな」
「前置きは、そのくらいでいいだろう。ところで、弦雲と一緒にいた坊主はどこの誰だ?」
「私も、あの男は知りやせん。あの場で始めて見た顔ですから」
「じゃ、誰が知っているんだ?」
「大和屋の旦那なら知っていると思いますがね。手抜かりがないお方だから」
「大和屋か、狸だな」
同じ頃、狐狸庵に治療にきた家具職人から事件があったことを教えてもらった陣伍は筒井屋に藤十郎を訪ねてきた。藤十郎はすぐに懐から半紙にはさんで持ってきた紙片を、陣伍に見せた。邪気を恐れもしない陣伍ならば、何か知っているような気がしたからだった。
「これをどこで?」
紙片を手にした陣伍の眼が光った。藤十郎は、筒井屋を襲った夜盗の一人が紙片を鬼の顔に変えて警護役の浪人たちを襲わせた話をした。
「式神使いですな」
「式神使い?陣伍さまは、知っておられるのか?」
「同じ穴の貉だからですよ。わしも昔は伊賀の忍びでござった」
「伊賀組は幕府の鉄砲隊とかに組み込まれたとかお聞きしましたが」
陣伍は、額に三本の皺を深くして、笑って見せた。
「それは術を持たぬ者たちの話じゃ。大阪城の落城後、ちりぢりになり里に逃げ戻っておりましたわ」
藤十郎にも、伊賀組のことをすべて知っているわけではないが、聞きかじりの知識はある。
初代の服部半蔵は天正十年(一五八二年)に本能寺の変が起きたとき、忍びを使い徳川家康を守って伊勢から三河に抜けてみせた。その功績を元に忍びは伊賀、甲賀同心として徳川幕府につかえていた。だが、服部正就が三代目の服部半蔵を襲名すると、上忍たちに四谷笹寺に立てこもられ、幕府によって職を解かれてしまった。正就は蜂起した者たち全員の死を望み、幕府は上忍十人を討ち首にさせた。だが、正就が殺したいと思っていた二人は逃げてしまった。正就は、その二人を追って人違いの殺人をしてしまい服部家はお取りつぶしになった。汚名返上を賭けて、正就は元和元年(一六一五年)の大阪夏の陣に参戦をしたが、その中で死んでいる。戦死とも、暗殺されたとも言われ、ともかく、それを境に伊賀組は完全に表舞台から消えさっていった。
伊賀の忍びであることを明かした陣伍は話を続けた。
「御存じでござろう。徳川幕府は体制を維持するために、多数の大名が減封・改易され、そのお蔭で巷に多くの浪人が今でもあふれだしている。このような幕府の御政道に対して、批判的な考えを持つ者が出てきてござった」
たしかに、その話は藤十郎の耳にも届いていた。しかし、智坂藩は遠隔地の小さい藩であったが、譜代大名である。その嵐に巻き込まれずに済んでいた。
「軍学者である由井正雪さまが幕府に対して仕官を断ったことから、正雪さまが開いた軍学塾・張孔堂に人が集まり出した。同志である丸橋忠弥さまは江戸で、由井正雪さまが京都で、金井半兵衛さまが大阪で決起し、天皇に江戸幕府を討つための勅令を出させようとした。そうなると、もう一度戦乱の世が始まる。乱世こそが忍びの生きる世界。伊賀の里にいる者たちの中から江戸に来る者が出てきておりもうした。乱に参戦し、もう一度功労を立て武士になろうとしたのですな。わしもその一人じゃ。しかし、一味に加わっていた奥村八衛門の密告により、ことごとく失敗をしてしまった。駈けつけた我らもまた、盗賊になったり、江戸の町でわしのように隠れ住んでいたりする始末です」
そう言った陣伍は哄笑とともに頭をかいてみせた。
「すると、式神使いは、忍びの術の一つということですか?」
「さよう、式神使いは、陰陽道の阿部清明が使う技として有名だが、修験者たちにその手法は伝わり、同じく山生活を多くした伊賀に住む上忍たちにもそれが伝わっております。邪気を集めて、それを紙にのせる技。おそらく、それを今使えるのは、わしを使っていた男、上忍の岡部小五郎ぐらいかと思いまする」
そう言った陣伍の額には、汗が噴き出していた。
「しかし、忍びならば、側にいて主に従わなければならないと聞いておりますが」
「それが嫌で抜け出したのでござるよ」
陣伍は、ふたたび作ったような笑いを見せていた。
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