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第四章 口利屋
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そんな日々の修練を積む二人を千草は見てばかりではいられない。まず弦雲を見つけ出さなければ、仇を討てないからだ。悩んでいる母を見て、藤十郎は自分が弦雲を捜して江戸を歩きたいと言った。
「馬鹿なことを、お前たちは武芸の鍛錬を一日も休んではいけません」
そう言うと、次の日から千草は、藩の役職者たちに仇を討つにはどのようなことが必要か聞きまわった。だが、どの上役も、哄笑とも取れる笑いを浮かべるだけで、まともな考えなど言い出す者はいない。しかたなく、千草は、人通りの多い日本橋わきで何日か、朝から立って見た。しかし、江戸の町を歩き廻るだけでは、弦雲と出会えるのは難しいことを改めて思い知らされた。それに、もし見つけ出しても相手に逃げられては、仇討などできはしない。万策尽きた千草は、江戸の生活が長く、日頃から親身になってくれている章衛門に相談をしてみた。
「確かに江戸は広い。千草さまが歩き廻っても、弦雲を捜し出すことは難しいやもしれませんな」
「では、どうすれば、いいのでしょうか?」
章衛門は腕を組んで、しばらく考えていたが、唸り声を上げた。そして、突然のように右手で膝をたたいた。
「やはり、口利屋に頼み込むのがいいのではないかと思いますな」
「口利屋?」
「仕事探し、人探し、何でもやる町人ですが。そこに頼むのがよろしいかと、でも、これがかかりますが」
そう言って、章衛門は、右手を上げて、指で丸を作って見せた。
「金子がいるということですね」
ゆっくりと章衛門は頷いていた。
「上屋敷の方によく顔を出す口利屋がいますので、すぐにでも、こちらに顔を出すように言って置きましょう」
数日後、口利屋の島根がやってきた。江戸の街並みを歩いているだけで、すぐに見つけ出すことができそうな顔をしていた。鼻が大きくまゆ毛が太く濃かった。その分だけ眼が細く描いた線のようだった。客間に、島根を上げて、千草は仇討の話を始めた。
「奥方さま、そりゃ難しいですな。簡単にできることではない」
そう言って、島根は手を自分の顔の前で振った。
「それでは、他の口利屋に頼めとおっしゃるのですか?」と、千草は相手を挑発する様な言い方をした。
「いやいや、お話を聞かせて頂いた以上、相談にのりますよ。それが、私どもの務めと考えております。まずあちらこちらに聞き廻ってもらわなければなりません。まあ、それをするのにも人出が必要でございまして」
「金子が必要ということですね」
本懐を遂げなければならない。そのためには、何かと金がかかると考えて、千草は、かなり金子を持ってきていたのだ。島根はニヤリと笑っていた。どうやら、島根に当てがあると千草は見た。
「それに、見つけ出すだけではなくて、弦雲に仇討に立ち会ってもらわなければなりません。ちゃんとした立ち合いですよ」
「なるほど、逃げられぬというわけですか。よろしゅうございましょう」
そう言って、島根は帰って行った。
その日から、十日後のことだった。島根が再び、千草のもとを訪ねてきた。
「本当に、弦雲がいたのですか?」
「お疑いも無理は無い。江戸で生きて行くには、誰だって何かをしなければなりません。お尋ねの弦雲は腕が立つ。いや、立ち過ぎる。つまり目立ちますな。そんなお方は、それに相応した仕事が廻ってくるものです」
「では、弦雲は今何をしているのですか?」
「江戸でも高名な大和屋、その大和屋の用心棒をしておりますよ」
「用心棒?」
「江戸に人が集まってきております。その中には盗賊になる者が出てきて、盗みに入り顔を見られれば、人を殺そうとする。金がある方々は身を守ってくれる人たちが必要になる。浪人になったお侍さまも、江戸に集まり出しているので、当然そんなお侍さまが雇われることになる。それが用心棒ですな。ともかく、大和屋は盗みに入りたくなるほど財が有り過ぎる」
「弦雲は、真九郎と立ちあってくれるのですか?」
「はい、弦雲も金をくれるならば、仇討ちに立ちあってもいいと、自信があるんですな。どうやら、立ち会いをしたがっているのは、弦雲の方かもしれませんが」
千草は、顔を曇らしていた。弦雲は、千草の夫、石田俊衛門を倒した腕前だ。長男である真九郎は父と変わらない腕だが、弦雲を倒せるかどうかは判らない。
「それでは、お約束のお代をいただきたいと思います」
そう言って、島根は両手をこすりあわせていた。口のうまい商人に、だまされる訳には行かない。
「ともかく一度、弦雲がどこにいるのか見させてください。話はそれからです」
「奥方さまは、さすがにしっかりしていられる」
翌日、島根は千草を大店が立ち並ぶ町に連れて行った。そこに大和屋があって三間ほどの店舗に、たくさんの人たちが出入りをしていた。
「大和屋は、何の商いをしているのですか?」
「見てのとおりの呉服屋。それに金種替えの両替。奥の部屋では、内密に金貸しもやってますな」
千草が顔をあげて店の中をのぞくと店舗の奥、帳場の後ろに青白い顔をした弦雲が片膝を立て、刀を抱くようにして座っていた。
「たしかに、弦雲はおります。でも、本当に立ち会ってくれるのでしょうか?」
「疑い深いお人よのう」
そう言って、島根は懐から書き付けを出して、千草に手渡した。それには、大和屋の主、中村孝蔵が雇い主として、弦雲を仇討に立ち合わせることの誓約文が書かれていた。
「大和屋にも、それなりの金子を渡しておりますよ。弦雲はまだまだ大和屋にとって必要なお方らしい」
千草は、懐から紙に包んだ小判を出すと、それを島根に手渡していた。島根はその紙包みを開けて、小判の枚数を数えていた。
「おや、半分ですね?」
「後の半分は守備良く立ち会えた時にお支払いいたします」
「こりゃ、まいった。仇討は何が何でもうまく行って貰わないとならないようですね」
そう言って、島根は細い眼をさらに細くして肉がつきだした顎の下を右手でなぞっていた。
「馬鹿なことを、お前たちは武芸の鍛錬を一日も休んではいけません」
そう言うと、次の日から千草は、藩の役職者たちに仇を討つにはどのようなことが必要か聞きまわった。だが、どの上役も、哄笑とも取れる笑いを浮かべるだけで、まともな考えなど言い出す者はいない。しかたなく、千草は、人通りの多い日本橋わきで何日か、朝から立って見た。しかし、江戸の町を歩き廻るだけでは、弦雲と出会えるのは難しいことを改めて思い知らされた。それに、もし見つけ出しても相手に逃げられては、仇討などできはしない。万策尽きた千草は、江戸の生活が長く、日頃から親身になってくれている章衛門に相談をしてみた。
「確かに江戸は広い。千草さまが歩き廻っても、弦雲を捜し出すことは難しいやもしれませんな」
「では、どうすれば、いいのでしょうか?」
章衛門は腕を組んで、しばらく考えていたが、唸り声を上げた。そして、突然のように右手で膝をたたいた。
「やはり、口利屋に頼み込むのがいいのではないかと思いますな」
「口利屋?」
「仕事探し、人探し、何でもやる町人ですが。そこに頼むのがよろしいかと、でも、これがかかりますが」
そう言って、章衛門は、右手を上げて、指で丸を作って見せた。
「金子がいるということですね」
ゆっくりと章衛門は頷いていた。
「上屋敷の方によく顔を出す口利屋がいますので、すぐにでも、こちらに顔を出すように言って置きましょう」
数日後、口利屋の島根がやってきた。江戸の街並みを歩いているだけで、すぐに見つけ出すことができそうな顔をしていた。鼻が大きくまゆ毛が太く濃かった。その分だけ眼が細く描いた線のようだった。客間に、島根を上げて、千草は仇討の話を始めた。
「奥方さま、そりゃ難しいですな。簡単にできることではない」
そう言って、島根は手を自分の顔の前で振った。
「それでは、他の口利屋に頼めとおっしゃるのですか?」と、千草は相手を挑発する様な言い方をした。
「いやいや、お話を聞かせて頂いた以上、相談にのりますよ。それが、私どもの務めと考えております。まずあちらこちらに聞き廻ってもらわなければなりません。まあ、それをするのにも人出が必要でございまして」
「金子が必要ということですね」
本懐を遂げなければならない。そのためには、何かと金がかかると考えて、千草は、かなり金子を持ってきていたのだ。島根はニヤリと笑っていた。どうやら、島根に当てがあると千草は見た。
「それに、見つけ出すだけではなくて、弦雲に仇討に立ち会ってもらわなければなりません。ちゃんとした立ち合いですよ」
「なるほど、逃げられぬというわけですか。よろしゅうございましょう」
そう言って、島根は帰って行った。
その日から、十日後のことだった。島根が再び、千草のもとを訪ねてきた。
「本当に、弦雲がいたのですか?」
「お疑いも無理は無い。江戸で生きて行くには、誰だって何かをしなければなりません。お尋ねの弦雲は腕が立つ。いや、立ち過ぎる。つまり目立ちますな。そんなお方は、それに相応した仕事が廻ってくるものです」
「では、弦雲は今何をしているのですか?」
「江戸でも高名な大和屋、その大和屋の用心棒をしておりますよ」
「用心棒?」
「江戸に人が集まってきております。その中には盗賊になる者が出てきて、盗みに入り顔を見られれば、人を殺そうとする。金がある方々は身を守ってくれる人たちが必要になる。浪人になったお侍さまも、江戸に集まり出しているので、当然そんなお侍さまが雇われることになる。それが用心棒ですな。ともかく、大和屋は盗みに入りたくなるほど財が有り過ぎる」
「弦雲は、真九郎と立ちあってくれるのですか?」
「はい、弦雲も金をくれるならば、仇討ちに立ちあってもいいと、自信があるんですな。どうやら、立ち会いをしたがっているのは、弦雲の方かもしれませんが」
千草は、顔を曇らしていた。弦雲は、千草の夫、石田俊衛門を倒した腕前だ。長男である真九郎は父と変わらない腕だが、弦雲を倒せるかどうかは判らない。
「それでは、お約束のお代をいただきたいと思います」
そう言って、島根は両手をこすりあわせていた。口のうまい商人に、だまされる訳には行かない。
「ともかく一度、弦雲がどこにいるのか見させてください。話はそれからです」
「奥方さまは、さすがにしっかりしていられる」
翌日、島根は千草を大店が立ち並ぶ町に連れて行った。そこに大和屋があって三間ほどの店舗に、たくさんの人たちが出入りをしていた。
「大和屋は、何の商いをしているのですか?」
「見てのとおりの呉服屋。それに金種替えの両替。奥の部屋では、内密に金貸しもやってますな」
千草が顔をあげて店の中をのぞくと店舗の奥、帳場の後ろに青白い顔をした弦雲が片膝を立て、刀を抱くようにして座っていた。
「たしかに、弦雲はおります。でも、本当に立ち会ってくれるのでしょうか?」
「疑い深いお人よのう」
そう言って、島根は懐から書き付けを出して、千草に手渡した。それには、大和屋の主、中村孝蔵が雇い主として、弦雲を仇討に立ち合わせることの誓約文が書かれていた。
「大和屋にも、それなりの金子を渡しておりますよ。弦雲はまだまだ大和屋にとって必要なお方らしい」
千草は、懐から紙に包んだ小判を出すと、それを島根に手渡していた。島根はその紙包みを開けて、小判の枚数を数えていた。
「おや、半分ですね?」
「後の半分は守備良く立ち会えた時にお支払いいたします」
「こりゃ、まいった。仇討は何が何でもうまく行って貰わないとならないようですね」
そう言って、島根は細い眼をさらに細くして肉がつきだした顎の下を右手でなぞっていた。
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