上 下
11 / 16

11ファンクラブ結成

しおりを挟む
 楽器店夕べの小スペースで行える小演奏会の客席は三十席しかない。それでも、ちゃんと入場券用のチケットを一枚千円で売っていた。私はそのチケットを地下鉄駅の上り口で通りかかる若い人たちに声をかけて売っていた。それは、チケットの売り上げのためよりも、歌手となった隼斗の名前を少しでも多くの人に知ってもらいたかったのだ。
「あんた、何をやっているの?」
 そんな時に、弘子に出会ってしまった。彼女は私に近づき、手にもっていたチケットをのぞき込んでいる。
「へえ、隼斗、こんなことに手を出していたんだ」
「買ってくれる?」
「いらないわよ。有名な歌手なら、一万円を出しても買うけど」
 そう言って笑い、弘子は地下鉄駅への階段をおりていった。
 誰も先のことはわからない。
 私は必死に小演奏会のチケットを売り続けて、三か月は経っただろうか。やがて、隼斗が口コミで評判になりだし、テレビ局のイブニングナウという番組で隼斗が歌い演奏をしている様子が放映されたのだ。
 すると地元のプロダクション・ケイが楽器店夕べにやってきた。隼斗を歌手として売り出したいと言い出していた。楽器店夕べの田中さんがプロダクション・ケイとの交渉役、臨時のマネジャー役を買って出ていた。
 市の本賀劇場で隼斗がライブをやりだすと、不知女子大学のゼミ教室まで弘子が私を訪ねてやってきた。隼斗のライブのことが地元新聞の文化欄にのっていたからに違いなかった。
「お互いに情報交換をしない?」
「べつに、しなければならないことなんて、ないけど」
「隼斗のことよ」
「えっ、あなた、隼斗をふったのじゃなくって」
「人聞きの悪いことを言わないでよ。ちょっと喧嘩別れをしていただけよ」
「この前、一緒に歩いていた人はどうするのよ!」
「あなたには、分からないでしょうけど。私ぐらいになると、隼斗と同じようにいい男が近づいてくるものなのよ。そんな男の子にも気をつかわなければならないでしょう」
 少しの間、私は弘子にいうべき言葉を探した。しかし、思いつかない。
「私ね。同北大学に隼斗のファンクラブを立ち上げようと思うの」
「えっ、本当?」
 私は少しでも隼斗の役に立ちたいと考えていた。だから、弘子の話を聞くことにしたのだ。
「どうするのよ」
「私ね。これでも大学祭の役員の一人なの。大学祭で隼斗は、ライブをやるべきよ。その前に私の大学でファンクラブをつくる。どうお?」
「ぜひ、お願いをするわ」
「その代わり隼斗との中を取り持ってもらいたいのよ」
 それには、お人よしすぎる私でもすぐに答えることはできなかった。その話を隼斗にすることを決めるのに、一晩、かかってしまっていた。
 次の日の午後三時、私は楽器店夕べに行った。そこで、隼斗に弘子が言っていたことを伝えた。隼斗は不快感を隠さないで私の話を聞いていた。
「その話はのるべきだわ」と言って、横から話に入り込んできた者がいた。私と隼斗は、思わず声のした方に顔をむけた。そこには、中年の女が立っていた。髪はブラウンに染め、着ている物は明らかにブランド品だった。
「突然、失礼」
 そう言いながら、女は名刺を出して私と隼斗にそれぞれ一枚ずつくれた。受け取った名刺には、マコトプロの主任マネジャー深町真理子と書かれていた。
「はっきり、言うわ。私、隼斗を日本で通用する歌手に育てあげたいの。私の会社から一任の了解も得ているし、地元のケイとも協力を続けることになっているわ」
 真理子の強い視線に、傲慢さと同時に成功をし続けてきた者のもつ自信が見えていた。
「まずは、ファンを組織していくことが必要よ。あなたもそう思わない」
 私はあわてて、名前をいい、大学の学生であることを話した。
「じゃ、あなたの大学でもファンクラブを作らなくちゃ」
 私は、頭を大きくさげていた。
「歌手活動って、ビジネスとしてやっていかなければならない面があるのよ。私がそう言う面を教えてあげるわ。弘子さんとどういうことがあったのかは、私は知らないわ。でも、利益を得ることが分かっているのだから会うべきよ」
 隼斗は、大きなため息を一つついていた。そして、それは真理子の考えを受け入れた証しだった。
 一番合わせたくなかったのは、私だったと思う。でも、真理子の話を聞いた後、すぐに弘子に連絡をした。弘子は喜んでいた。
 三日後。同北大学の学生会館で隼斗は弘子と一緒にファンクラブを作ってくれる仲間たちと会うことになった。
 この場所に、真理子はついてきた。どうすればうまくファンクラブを作れるか、弘子に教えるためであった。同時に隼斗が困ることが起きないように守るためでもあったのだ。
 隼斗は、弘子に対して愛想笑いをし続けていた。だが、隼斗はもう弘子に心を動かされることはなかった。奇妙な安堵感を感じながら、私はファンクラブの発起人たちを見つめていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

遥かなる海辺より(人魚の歌にまつわる小さなお話)

ふしじろ もひと
ファンタジー
 とある北国の屋敷における祝いの席で披露された百年前の楽譜と手紙。それは大陸南部の漁村に棲んでいた人魚の歌を書きとめたものだった。剣と魔法の世界の片隅で眠っていた異類の歌にまつわるささやかな物語。 (幼少期より続く人間ならざるものへの愛着に音楽へのオマージュを絡めた、おそらく拙作中では最も好ましい形にまとまってくれた一編です。元々は別の長編の背景をなすエピソードとして書いた章に音楽という要素を持ち込み語りなおしたものですので、末尾に長編での形を付章として添えさせていただきました。本編7つ、付章3つのいずれも短い全10章、ご覧いただけましたら幸いです)

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

届かない手紙

白藤結
恋愛
子爵令嬢のレイチェルはある日、ユリウスという少年と出会う。彼は伯爵令息で、その後二人は婚約をして親しくなるものの――。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中。

15年後、僕は再び君に恋をした

音羽
恋愛
中学1年生の時、クラスメートの女の子に恋をした。 高校も一緒だったのに、ついに告白することができなかった。 僕の、大嶋政宗の一生ものの後悔である。 初めての出会いから15年後、とある大学病院の医師として働く僕のところに初恋の彼女、大崎朋花が運ばれてくる。 今度こそ僕は… ※当方、理系で文才はあまり期待できません。駄文となっておりますがお付き合いいただけると幸いです。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

処理中です...