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10楽器店夕べ
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次の日、私はさっそく都通りの商店街に行ってみた。
何度も通りを行来して、店の中にいる隼斗をみつけることができた。
その店は楽器店夕べ。
隼斗は白いワイシャツ姿で壁に並べられているギターを前にして、店の中にいる客に何か説明をしていた。やがてギターを買ってくれた客を出入口まで送り、店の中に隼斗は左足をひきずるようにして戻っていった。
私は大きく息をのんで、呼吸を整えると店の中に入っていった。
「今晩は」と、声を大きくした。
「いらっしゃいませ。あれ、葉月じゃないか?」
隼斗は驚き、すぐに不思議そうな顔をした。
「大学の友だちが、隼斗がここにいるって教えてくれたの」
「ぼくは、もう大学に行っていない」
「知っているわ。弘子さんから聞いたから」
「そう、彼女から。親父の会社がつぶれてしまってね」
「ぼくも親父の保証人になっているんだ。だから債務をおっている。それを返すために働かなくてはならない」
たしかに、隼斗は大変なことになっている。だが、私は嬉しかった。手をのばせば、届く所に再び隼斗が降りてきてくれた気がしたからだ。
奥から少年が現れた。
「やっぱり、そうだ。ぼくを助けてくれたお姉さんだ」
私は改めて少年の顔をみつめた。背が伸びてしまっているが、トラックの交通事故が起きた時に私の胸の中にいた男の子だった。
次に赤い蝶ネクタイをした初老の男が現れた。
「いらしゃいませ」と言って、顔にやさしい笑みを浮かべている。
「こちらのご主人だよ。田中さん、ぼくが困っているのを知って、ここで働かしてもらっているんだ」
「隼斗さんは、孫を助けてくださった人だ。そんな人が困っているのを知って、手を貸さないわけにはいかんでしょう」
私は思わず頷き、両目に涙をためていた。
「ここにいてね。ぼくは新しい生きがいを見つけ出したんだ」
思わず、そう言った隼斗は壁に並べてあるギターの一つを手にとった。
「音楽だよ。田中さんのおかげで、ギターをひけるようになった」
「いやいや、隼斗さんは、小さい頃にピアノを習っていたので、音感そのものができあがっている」
隼斗は壁際に置かれた丸椅子にすわり、ギターをひいて歌い出した。
心にしみる声。
曲は初めて聞くものだ。だが、歌はバレンタインデーのお返しにキャンデーと一緒にもらった便箋に書いていた詩だったのだ。
演奏が終わると、私は激しく音をたてて拍手をしていた。
「この曲と詩はね。昔、きまぐれに作ったやつなんだ」と、隼斗は私に向かって弁解でもするように言っていた。
「ここで小演奏会を開いてもらっているんですよ。同時に店の宣伝にもなりますからね」と言った田中さんは笑顔で私の方に顔をむけた。
田中さんは、隼斗を歌手として成功をさせて、彼の父親から引き継いだ債務を返せるようにしたいと考えていたのだった。
「うまくいくのでしょうか?」
「さあ、先のことは、わかりませんな。でも、隼斗さんは人に好かれる人です。ここで演奏をするだけで、もうファンが生まれだしていますよ」
「演奏会はいつやっているんですか?」
「土曜日の午後七時から一時間だけですけどね」
「私、必ずきます!」
私は声を大きくしていた。
その週の土曜日、私は楽器店夕べに顔を出していた。
何度も通りを行来して、店の中にいる隼斗をみつけることができた。
その店は楽器店夕べ。
隼斗は白いワイシャツ姿で壁に並べられているギターを前にして、店の中にいる客に何か説明をしていた。やがてギターを買ってくれた客を出入口まで送り、店の中に隼斗は左足をひきずるようにして戻っていった。
私は大きく息をのんで、呼吸を整えると店の中に入っていった。
「今晩は」と、声を大きくした。
「いらっしゃいませ。あれ、葉月じゃないか?」
隼斗は驚き、すぐに不思議そうな顔をした。
「大学の友だちが、隼斗がここにいるって教えてくれたの」
「ぼくは、もう大学に行っていない」
「知っているわ。弘子さんから聞いたから」
「そう、彼女から。親父の会社がつぶれてしまってね」
「ぼくも親父の保証人になっているんだ。だから債務をおっている。それを返すために働かなくてはならない」
たしかに、隼斗は大変なことになっている。だが、私は嬉しかった。手をのばせば、届く所に再び隼斗が降りてきてくれた気がしたからだ。
奥から少年が現れた。
「やっぱり、そうだ。ぼくを助けてくれたお姉さんだ」
私は改めて少年の顔をみつめた。背が伸びてしまっているが、トラックの交通事故が起きた時に私の胸の中にいた男の子だった。
次に赤い蝶ネクタイをした初老の男が現れた。
「いらしゃいませ」と言って、顔にやさしい笑みを浮かべている。
「こちらのご主人だよ。田中さん、ぼくが困っているのを知って、ここで働かしてもらっているんだ」
「隼斗さんは、孫を助けてくださった人だ。そんな人が困っているのを知って、手を貸さないわけにはいかんでしょう」
私は思わず頷き、両目に涙をためていた。
「ここにいてね。ぼくは新しい生きがいを見つけ出したんだ」
思わず、そう言った隼斗は壁に並べてあるギターの一つを手にとった。
「音楽だよ。田中さんのおかげで、ギターをひけるようになった」
「いやいや、隼斗さんは、小さい頃にピアノを習っていたので、音感そのものができあがっている」
隼斗は壁際に置かれた丸椅子にすわり、ギターをひいて歌い出した。
心にしみる声。
曲は初めて聞くものだ。だが、歌はバレンタインデーのお返しにキャンデーと一緒にもらった便箋に書いていた詩だったのだ。
演奏が終わると、私は激しく音をたてて拍手をしていた。
「この曲と詩はね。昔、きまぐれに作ったやつなんだ」と、隼斗は私に向かって弁解でもするように言っていた。
「ここで小演奏会を開いてもらっているんですよ。同時に店の宣伝にもなりますからね」と言った田中さんは笑顔で私の方に顔をむけた。
田中さんは、隼斗を歌手として成功をさせて、彼の父親から引き継いだ債務を返せるようにしたいと考えていたのだった。
「うまくいくのでしょうか?」
「さあ、先のことは、わかりませんな。でも、隼斗さんは人に好かれる人です。ここで演奏をするだけで、もうファンが生まれだしていますよ」
「演奏会はいつやっているんですか?」
「土曜日の午後七時から一時間だけですけどね」
「私、必ずきます!」
私は声を大きくしていた。
その週の土曜日、私は楽器店夕べに顔を出していた。
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