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ドール5
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5訪問
その日、弘子は、朝早くから長距離バスにのり友川市に行った。あちらこちら歩き廻って弘子が汗をかきだした頃、やっとナナの祖母、岸本ツネの家を見つけ出すことができた。
建物は洋館風なモダンな建物だった。風見鶏がついた屋根は三角形で先が尖っていた。玄関ドアに近づき、チャイムを押す。中から、中年の女が現れた。弘子は自分の記憶をまさぐった。やつれて老けているが、ナナの母親、芳江に間違いはなかった。
「どちらさまでしょうか?」
「突然、すいません。私は山本弘子といいます。桜坂小学校でナナちゃんと同じクラスでした」
芳江は、眉を八の字によせ、しばらくの間弘子を見続けていた。
「そうだ、弘ちゃん、弘ちゃん、だったわね」
「そうです」
「よう来てくれましたね。まあ、あがりなさい」
客間に案内をされて、漆塗りの和テーブルを前にすわり、出されたタオルで顔をふき冷たい麦茶を飲むと、弘子はひと息つくことができた。
「ナナさんはどちらにおられるんですか?」
芳江は、驚いたような顔して弘子を見つめていたが、やがて眼を落とした。
「ご存じないのね。ナナはもういません」
「え、だって。福本先生のところにくる年賀状には、ナナちゃんは、銀行に勤めたと書いてありましたけど」
「お母さんは、まだ生きていると思っているんですよ」
そんな時だった。弘子の声を聞きつけたのか、老婆が現れた。
「ナナ、ナナじゃないか」と、老婆は笑みを浮かべた。
「違いますよ。お母さん、弘ちゃん。弘ちゃんはナナのお友達だった人ですよ」
「友達?」
弘子も芳江の態度でその老婆がナナの祖母ツネであることを知った。ツネは、弘子を見つめていた。やがて、ナナでないことが分かったのだろう。少し悲しそうな顔になっていた。
「ナナちゃんの友達の弘子です」と、弘子はツネに挨拶をした。だが、弘子の胸がズキンと痛んだ。本当はナナの友達とは言えない。だが、弘子の話を聞いてツネは嬉しそうに笑っていた。
「ひさしぶりだね。ナナの友達がたずねてくるなんて」
ツネは顔を芳江の方に向けた。
「どうして、ナナの部屋に案内をして差し上げないんだい?」
「お母さん、弘ちゃんにはご迷惑な話ですよ」
「ナナの部屋?」
「ナナは死んだんですが、部屋はそのままにしてあるんです」
芳江は、そう弘子に教えてくれた。
すると、ツネは弘子の手をしっかりと握ると、先にたって歩き出した。弘子は立ち上り後に続くしかない。ツネは荒い息とともに二階への階段をあがって行く。そんな二人を追って芳江も後に続いた。
二階の真ん中にある廊下は、つやのある板ばりで、その両脇に四つの部屋があった。
その一つの部屋のドアをツネは開けた。
「ほら、ナナ。お友達がきたぞ」
中に入った弘子は思わず声をあげていた。平田町のナナの家に、弘子は行ったことがある。その時に、ナナの部屋にも入っていた。今見る部屋は、その時と全く同じに作られていたのだ。赤いランドセル。机の上には青いペンケース。本箱には、こども百科事典もあった。しかし、弘子が火の中に投げ入れた人形だけは置いてなかった。ツネは、驚いている弘子の顔を見ると、なぜか安心をしたようにふたたびドアを開けて、この部屋を出た。
後について廊下へ出た弘子の手をツネはもう一度掴みなおすと反対がわの部屋に入っていった。芳江も後に続いた。
その部屋にも、机が置かれ、教科書や参考書と問題集が入っている本箱も置かれていた。壁にはセーラー服がハンガーにかけて吊るされていた。そのセーラー服は光女学園の制服だった。入るには中学受験で合格することが必要なのだが、入学できると高校までエスカレーターで行くことができた。
壁には、テニスのラケットも吊り下げられていた。
「テニスで何回も優勝をしているのよ」と、ツネは笑った。たしかに、本箱の上にトロフィーが並べられている。このトロフィーを、ツネは、どうやって手に入れたのだろうか?本当にナナがテニス部で活躍をしていたとしか思えなかった。やはり、弘子の顔に驚きが浮かんでいた。それを見たツネは、安心をしたようにこの部屋を出ていった。
廊下に出たツネは少し歩き、新しい部屋に入っていった。ツネの後に続く弘子は、もうツネに手を引かれてはいなかった。弘子の後に芳江が続いた。
その部屋には、さらに大人っぽい机が置かれ、本箱には家政学、英語やフランス語の本が置かれていた。ハンガーには、黒っぽい服がかけられていた。それは、短大の制服であった。その短大は、平田町の若い女たちが大学へ行くよりも、そこに入りたがった短大だった。
「高蘭短大に入れたのよ」と、ツネが手を口にあてて笑う。自慢げな笑いを終えると、ツネは先に立ってこの部屋を出ていった。
最後の部屋にも、弘子はツネの後についていった。
そこには、大きな鏡台が置かれていた。ハンガーにはコバルト色の制服がかかっていた。それは、みとべ銀行の制服。鏡台には三面の鏡がついている。もし、会社勤めをしているとすれば朝の身支度のために、その前にある丸椅子にすわって化粧をしていることになる。
「さあ、お母さん。もういいでしょう。弘ちゃんもご迷惑ですよ。もう、この部屋を出ましょう」
「なにを言っているの。まだナナは、弘ちゃんと話をしていませんよ」と言って、ツネは眼の前にナナが立っているように、眉尻をあげていた。
「お母さん。ナナは、この部屋にいるわけありませんよ。まだ、小学校に入ったばかりなんですよ!」と、芳江は声を大きくしていた。
「えっ」と弘子は小さな声をあげた。そんな弘子の様子に芳江は驚いていた。そして、しばらくの間、芳江は眼をしばたたせていたのだ。
「ごめんなさい。私までお母さんの影響を受けてしまって、時々ナナが生きているような気がしているんです」
ナナの母、芳江も狂い出している。辺りが揺らいだように、弘子は眩暈を感じた。
「いろいろありがとうございました。長い時間、どうもすいませんでした」
弘子は、ナナの母と祖母に向かって、大きく頭をさげた。階段を落ちそうになりながら下に降りた。玄関で靴をはくと、玄関先で並んで見送りに出てきた二人に、ふたたび頭をさげて外へ出た。歩き出した弘子は、振り返って家を見た。洋風の家は、吹いてきた風に風見鶏が右へ左へと小刻みに揺れ動いている。
まるで、それは、うめき声をあげているように弘子には思えたのだった。
その日、弘子は、朝早くから長距離バスにのり友川市に行った。あちらこちら歩き廻って弘子が汗をかきだした頃、やっとナナの祖母、岸本ツネの家を見つけ出すことができた。
建物は洋館風なモダンな建物だった。風見鶏がついた屋根は三角形で先が尖っていた。玄関ドアに近づき、チャイムを押す。中から、中年の女が現れた。弘子は自分の記憶をまさぐった。やつれて老けているが、ナナの母親、芳江に間違いはなかった。
「どちらさまでしょうか?」
「突然、すいません。私は山本弘子といいます。桜坂小学校でナナちゃんと同じクラスでした」
芳江は、眉を八の字によせ、しばらくの間弘子を見続けていた。
「そうだ、弘ちゃん、弘ちゃん、だったわね」
「そうです」
「よう来てくれましたね。まあ、あがりなさい」
客間に案内をされて、漆塗りの和テーブルを前にすわり、出されたタオルで顔をふき冷たい麦茶を飲むと、弘子はひと息つくことができた。
「ナナさんはどちらにおられるんですか?」
芳江は、驚いたような顔して弘子を見つめていたが、やがて眼を落とした。
「ご存じないのね。ナナはもういません」
「え、だって。福本先生のところにくる年賀状には、ナナちゃんは、銀行に勤めたと書いてありましたけど」
「お母さんは、まだ生きていると思っているんですよ」
そんな時だった。弘子の声を聞きつけたのか、老婆が現れた。
「ナナ、ナナじゃないか」と、老婆は笑みを浮かべた。
「違いますよ。お母さん、弘ちゃん。弘ちゃんはナナのお友達だった人ですよ」
「友達?」
弘子も芳江の態度でその老婆がナナの祖母ツネであることを知った。ツネは、弘子を見つめていた。やがて、ナナでないことが分かったのだろう。少し悲しそうな顔になっていた。
「ナナちゃんの友達の弘子です」と、弘子はツネに挨拶をした。だが、弘子の胸がズキンと痛んだ。本当はナナの友達とは言えない。だが、弘子の話を聞いてツネは嬉しそうに笑っていた。
「ひさしぶりだね。ナナの友達がたずねてくるなんて」
ツネは顔を芳江の方に向けた。
「どうして、ナナの部屋に案内をして差し上げないんだい?」
「お母さん、弘ちゃんにはご迷惑な話ですよ」
「ナナの部屋?」
「ナナは死んだんですが、部屋はそのままにしてあるんです」
芳江は、そう弘子に教えてくれた。
すると、ツネは弘子の手をしっかりと握ると、先にたって歩き出した。弘子は立ち上り後に続くしかない。ツネは荒い息とともに二階への階段をあがって行く。そんな二人を追って芳江も後に続いた。
二階の真ん中にある廊下は、つやのある板ばりで、その両脇に四つの部屋があった。
その一つの部屋のドアをツネは開けた。
「ほら、ナナ。お友達がきたぞ」
中に入った弘子は思わず声をあげていた。平田町のナナの家に、弘子は行ったことがある。その時に、ナナの部屋にも入っていた。今見る部屋は、その時と全く同じに作られていたのだ。赤いランドセル。机の上には青いペンケース。本箱には、こども百科事典もあった。しかし、弘子が火の中に投げ入れた人形だけは置いてなかった。ツネは、驚いている弘子の顔を見ると、なぜか安心をしたようにふたたびドアを開けて、この部屋を出た。
後について廊下へ出た弘子の手をツネはもう一度掴みなおすと反対がわの部屋に入っていった。芳江も後に続いた。
その部屋にも、机が置かれ、教科書や参考書と問題集が入っている本箱も置かれていた。壁にはセーラー服がハンガーにかけて吊るされていた。そのセーラー服は光女学園の制服だった。入るには中学受験で合格することが必要なのだが、入学できると高校までエスカレーターで行くことができた。
壁には、テニスのラケットも吊り下げられていた。
「テニスで何回も優勝をしているのよ」と、ツネは笑った。たしかに、本箱の上にトロフィーが並べられている。このトロフィーを、ツネは、どうやって手に入れたのだろうか?本当にナナがテニス部で活躍をしていたとしか思えなかった。やはり、弘子の顔に驚きが浮かんでいた。それを見たツネは、安心をしたようにこの部屋を出ていった。
廊下に出たツネは少し歩き、新しい部屋に入っていった。ツネの後に続く弘子は、もうツネに手を引かれてはいなかった。弘子の後に芳江が続いた。
その部屋には、さらに大人っぽい机が置かれ、本箱には家政学、英語やフランス語の本が置かれていた。ハンガーには、黒っぽい服がかけられていた。それは、短大の制服であった。その短大は、平田町の若い女たちが大学へ行くよりも、そこに入りたがった短大だった。
「高蘭短大に入れたのよ」と、ツネが手を口にあてて笑う。自慢げな笑いを終えると、ツネは先に立ってこの部屋を出ていった。
最後の部屋にも、弘子はツネの後についていった。
そこには、大きな鏡台が置かれていた。ハンガーにはコバルト色の制服がかかっていた。それは、みとべ銀行の制服。鏡台には三面の鏡がついている。もし、会社勤めをしているとすれば朝の身支度のために、その前にある丸椅子にすわって化粧をしていることになる。
「さあ、お母さん。もういいでしょう。弘ちゃんもご迷惑ですよ。もう、この部屋を出ましょう」
「なにを言っているの。まだナナは、弘ちゃんと話をしていませんよ」と言って、ツネは眼の前にナナが立っているように、眉尻をあげていた。
「お母さん。ナナは、この部屋にいるわけありませんよ。まだ、小学校に入ったばかりなんですよ!」と、芳江は声を大きくしていた。
「えっ」と弘子は小さな声をあげた。そんな弘子の様子に芳江は驚いていた。そして、しばらくの間、芳江は眼をしばたたせていたのだ。
「ごめんなさい。私までお母さんの影響を受けてしまって、時々ナナが生きているような気がしているんです」
ナナの母、芳江も狂い出している。辺りが揺らいだように、弘子は眩暈を感じた。
「いろいろありがとうございました。長い時間、どうもすいませんでした」
弘子は、ナナの母と祖母に向かって、大きく頭をさげた。階段を落ちそうになりながら下に降りた。玄関で靴をはくと、玄関先で並んで見送りに出てきた二人に、ふたたび頭をさげて外へ出た。歩き出した弘子は、振り返って家を見た。洋風の家は、吹いてきた風に風見鶏が右へ左へと小刻みに揺れ動いている。
まるで、それは、うめき声をあげているように弘子には思えたのだった。
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