玲香哀愁

矢野 零時

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10再会

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 ヘビを、いや水飴を洞窟の中に封じ込めたことで、事件を静めることができた。
 だが、水飴の細胞が残っていれば、また甦る可能性がある。それを防ぐために防護服を着せられた看護師たちは地下二階に行って消毒薬の散布をさせられていた。
 その時の検査室には、伊藤しかいなかった。
 ヘビ退治で問題解決をした者として伊藤の評判があがっていた。
 それが、よっぽど嬉しかったのだろう。伊藤の方からは丸椅子にすわった真治に話しかけてきた。
「あのヘビはヘビじゃないと思っているんだろう?」
「そうですね。太すぎるし大きすぎる」
「薬弾を撃たれたあの姿をきみも見ていたね。だが、本当のことを知っているのは、私だけかもしれない」
「じゃ聞いたら、教えてもらえるんですか?」
「そうだな。教えてもいいかな」
 伊藤は少し頭をかしげて見せた。
「地下鉄工事で作られた穴は、この市の至る所に放置されている。これ自体問題があることだね。ここにゴミとして放棄できない物を捨てに行く業者があるんだ。わざわざ、その業者は地下に車を入れて動きやすくしていたね。実はその業者に人体強化訓練所も廃棄物処理を頼んでいた。安くやってくれるからだが」
 そこで伊藤は間をおいた。伊藤は自分に不利にならないことだけを話そうと考えていたのだろう。また話し出した。
「すべて燃やしてもらえば、こんなことが起きなかったと思っている。だが、業者はそうしないで、廃棄すべき細胞の上に私が作った薬草、薬品をゴミとして投げ捨てたんだよ。それをすれば、どうなるか、彼らはまるで分らなかった。薬草はマンドリン。薬はマンドリンから生成した物が多かった。それらは廃棄した細胞を活性化させる薬だ。だから、細胞が蘇り、増加し出した。増加した細胞がかたまり飴のようになった。さらに、それが動き出してヘビのようにも見えたというわけだよ」
 だが、真治は伊藤医師があえて言わなかった重大なことも読み取っていた。廃棄した細胞はクローン。それも宮島剛から作られた物だ。それに捨てられた物の中には本体である宮島剛があったかもしれない。そして、それを深い地下洞窟に投げ込んだのは、業者ではなく伊藤自身ではないかと思っていた。
 どうして伊藤は真治にそんなことを話してくれたのか考えてみた。ひとつだけ思い当たることがあった。近頃、検査室を出ていく時に打たれる注射液の中に集中力と気力を奪う薬を混ぜられているように覚えたからだ。
  
 数日後。
 自衛隊入江口本部三階にある中会議室で戦力検討会議が開催された。この会議は日本の戦力の検討を始めたもので、全国都道府県知事会や陸上自衛隊本部協議会、海上自衛隊本部協議会の者たちが参加していた。もちろん、伊藤も特別参加をしていた。
 会議が行われたことは新聞にも載ったが十行ぐらいの記事でしかなかった。テレビのニュースには、そんな会議があったことさえも放映されなかった。誰かが、なるべく外に知られないように圧力をかけているに違いなかった。
 真治は気力を振り絞って看護師や受付の荻野にも聞いてみた。だが、彼らにも秘密になっているらしく、何も聞きだすことができなかった。
 
 だが、ある日、検査室に行くと伊藤がいなかった。代わりに見知らぬ男が、伊藤がすわっていた椅子に腰かけていた。真治は男をみつめた。額が禿げ上がり出し、伊藤よりも年上のようだった。
「伊藤さんが忙しくなったので、私が手伝うことになった。村上慎吾だ」
 真治は立ち続けていたので、「まずは、すわりなさい」と、村上に言われ、丸椅子に腰をおろした。
「伊藤先生は、何をしているんですか?」
「きみが、気にすることじゃないよ」
「このビルの中にいるんですか?」
「それも秘密だよ」
 村上はにやりと笑った。人が代わっても真治に対して行われることは同じだ。その後に行う真治の訓練も変わらない。
 ここに来ることが日常化していた。だが、それは真治が望むことではなかった。
 午後四時十五分。訓練を終えた真治が青ビルから出てきた。
 駐車場に輸送トラックが三台並んでいた。
 思わず、真治は車の方に顔を向けた。前に、輸送用の車など停まっていることはなかった。
 真治はトラックに近づき、車窓を開けている運転手に近づいた。
「何を運ぶんですか?」
「なんだい。あんたは」
 その辺にいる若造が聞いてきた程度にしか思っていない顔だ。それ以上、話しもしない。つまり馬鹿にしているのだ。だが、怒りをみせるわけにもいかない。しかたなく、真治はトラックから離れて歩き出した。
「真治くん」
 声をかけられて振り向いた。そこには、立花が笑いながら立っていた。
「生きていて、くれたんだ」
 真治は涙目になっていた。
「心配をしてくれていたんですね。ともかく、立ち話もなんでしょう」
 立花は駐車場に停まっている紺色の車を指さした。真治がうなずくと立花は車の後部座席のドアを開けてくれた。真治が乗り込むとドアを閉め、立花は助手席に乗り込んだ。その後、運転をしている男に声をかけた。
「少し街の中を走ってや」
 うなずいている男は地下洞窟でマンドリンの葉をつんでいた初老の男だった。
「おひさしぶりです」と、バックミラー越しに真治は挨拶をした。
「こちらこそ」
 男は、エンジンをかけ、車を駐車場から出し、道路を走らせていった。
 この中なら人に聞かれることないと、立花は思ったのだろう。口が軽くなっていた。
「聞きましたよ。昭くんから、あなたが人体強化訓練所の訓練生として入り込んだことを。それも同級生で先に入りこんだ少女、えっと玲香さんといいましたっけ、助け出そうとしているとか」
「昭は、あなたたちと連絡を取り合っていたんですね」
「いや、昭くんからは、もう連絡をしないで欲しいと言われてしまっている」
「そうですか」
 真治は申し訳なく思い、頭がさげっていた。
「いや、無理はありません。恐ろしい相手ですからね。どうやら、私どもも、どうやら生き延びることができた。それは保険をかけていたからですよ」
「保険?」
「私はよく大島公園の噴水に行っていたでしょう」
「そうでしたね」
 真治は明るい日差しの中で立花がベンチにすわっていたことを思い出した。
「あの時に、噴水そばの芝生にマンドリンの種をまいていたんですよ」
「そんなことしていたんですか」
「そうですよ。それがあったから、地下の花畑を焼き払われても、私たちは生き延びることができた。地下の花畑を焼き払わせたのは、伊藤ですよ。その上、市の他の場所で作っていたマンドリンも業者に命じて採りつくさせた。そうすれば、私たちが生きていけないことを知っていたからだ。伊藤の思惑どおり、地方に散らばって行った人たちに、マンドリンを送ってあげられなくなり、何人もの仲間を死に向かわせたことか」
 立花は声を震わせていた。
 真治が思っていた以上に、ひどい悪だくみを伊藤は計画し、それを実施していたのだ。
「私たちも伊藤のことを調べていましたよ。すると、マンドリンから取った細胞を増殖できる装置を新たに作り出したことが分かりました。だから、市内でマンドリンの花を咲かせる必要がなくなった」
「そうでしたか」
「それを奪おうと思っているんです。協力をしてくれますね」
「はい」と言って、真治はうなずいた。
 すると、バックミラー越しに、先ほど停まっていたトラックが見え出した。
「トラックはどこへ行くと思いますか?」
「分かりません」
「空港ですよ」
「えっ空港」
「トラックが運んだ荷物を飛行機にのせて外国に持っていく。飛行機の種類からみて、エストニアに運んでいくのでしょう」
「どうして、そんな所に」
「真治さんはお分かりになっておられないのですか?」
「どういうことです?」
 中にいるのに、真治は何もわかっていない。いや、中にいるから、かえって何も見えなかったのかもしれない。
「伊藤は自分の思う通りに動くクローンをついに作り出したのですよ」
「どうして、分かったのですか?」
「どうやって。そうですね。いちど車を運送トラックにぶつけてみたんですよ。まあ、交通事故を装った。トラックは横転をしてしまった。中にあったコンテナーが壊れて、中の物を見るができた。ちょうど,写真を撮って置きましたから、見てください」
 立花は後ろを向いて、スマホの画面を見せた。
 そこに写っている写真には、人形のような体が背を丸めて膝をかかえの箱の中におさまっていた。
「これは玲香の細胞から作ったものだ」と呻くように真治が言った。真治の頭の中では玲香が何も身に着けずに横たわっていた白い姿を思い出していた。
 だが、頭がついていない。その代わりに頭部にはカメラが載せられていた。
「カメラにはCIがはめ込まれ、外部を見られるレンズがついている。そして、CIには外部と連絡がとれる通信機能もついています。確かに反抗をしない兵士ですよ」
 立花は説明をし終わると、真治の前からスマホ自分の手元に戻し、胸ポケットにしまいこんでいた。
「交通事故なので警察を呼びましょうかと言ったのですが。たいしたことがないと言い続けていましたよ。よっぽどマスコミに知られたくなかったのでしょうな」
 真治はうなずいていた。
「伊藤は、いま図に乗っている。だから、人体強化訓練所に入り込んでマンドリン細胞の増殖装置を手に入れたいんですよ」
「分かりました。ぼくは何をすればいいんですか?」
「まず人体強化訓練所に私たちが入り込めるパスワードを手に入れてもらいたい」
「確か、胸につけるバッジがあれば、どこの階にも入れると思います」
「バッジですか。じゃ、お願いをしていいですか」
「はい。バッジを手に入れたら、すぐに連絡をしますよ」
「そうですか。じゅあ、こちらは、いつでも駐車場で待機しています」
 真治はバッグミラー越しに立花の顔を見て、大きくうなずいていた。
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