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理江はコンビニに行き、タマゴやツナ缶を仕入れてくる時に、ラーメンや焼きそば用ソースも買いこんできて、焼きそばパンを作った。店に置いてみたが、何故かあまり売れていかない。母にコッペパンの生地が悪いんじゃないのと理江は言ってしまった。当然、母から講習で習ったとおりに作っているからコッペパンの味に問題はないよと怒られてしまう。
「そうだ。焼きそばの味が悪いのよ」と言って、母は納得をしている。
「焼きそばのメンは本物のラーメンを使っているし、ソースも焼きそば専用のソースを使っているのよ」
理江は反論をしてみたが、原因は分からない。
その日は日曜日。昼を前にした頃、進がきてパンを選んでいた。しかし、焼きそばパンを選ばなかった。そこで店のイートインに来てもらい、進に焼きそばパンの試食をしてもらったのだ。
「どう、味は?」
「うん、普通かな。どこにでもある味だよ」
「普通か。じゃ、進くんは普通じゃない焼きそばパンを食べたことがあるの?」
すると、進はにやりと笑った。
「実はね。うちは蕎麦屋だろう。売れなくて、そばが余ることがあるんだ。その時は、ぼくとお父さんとで、カケか、ツケで食べるんだ。でも、飽きてしまう。すると、お父さんは、そばを焼きそばにしてくれる。ここから、買っていった食パンに挟んで食べることもあるよ。それも、焼きそばパンだろう」
いいことを聞いた。理江は母と顔を合わせた。
「お母さん、これは、双葉さんのそばを食べに行かないとダメだね」
「私は、何度も双葉さんに行って、そばを食べているから味は知っているよ。たしかに美味しい!」
「でも、焼きそばは、食べたことがないんでしょう?」
「当り前だよ。普通の蕎麦屋が、焼きそばなんか食わせたりしない。そんな物は裏メニューでしょう」
「じゃ、お父さんに言っておくから、お父さんが作る焼きそばを食べにくるかい?」
「お願いできるかしら。ここは午後六時頃に店をしめるのよ。そちらのお店が少し暇になった頃、そうね、八時頃にはお伺いをしたいわ」と、母が言っていた。母は、焼きそばよりも普通のそばを食べる気でいるようだった。
べーカリーベルを閉めて、母と理江は双葉に向かった。
双葉の前には、蕎麦屋らしい赤提灯が提げられ、玄関口には縄のれんが吊り下げられていた。
「ひさしぶりなのよ」と言う母は、常連らしく縄のれんを左手で揺らし右手で引き戸を引いて、店の中に入った。
「いらっしゃい」と低い声が店の中に響いた。理江は声の主を見た。白い上っ張りを着て、板前帽子をかぶっていた。少しやせぎすで上背は高い。年は母と同じくらい。いや、もしかしたら、五つくらい下かもしれない。
「ごぶさたをしております」
挨拶をしながら、母はカウンターを前に丸椅子にすわった。
「こちら、うちの娘。理江です」
理江は頭をさげた。
「初めまして、加藤徹と申します」
挨拶を終えたので、理江は母の隣に腰をおろした。
「ここを初めてから半年しか経っておりません。最初の頃は、どのくらい打っておけばいいのか、私も分からずに多めに打つことが多かった。そんな場合は、余ったそばを私と息子で処理しなければなりませんでした。普通のそばメニューで食べていたのですが、やはり飽きてくる。そこで、息子に焼きそばを作ってやった」
「うちも同じです。まだ始めたばかりなので、パンも余ることがある。そんな時には、私たちで食べているんですよ」と言って母は笑ってみせた。
「そうでしたか」
加藤さんは、カウンター下から皿を二つとり出した。それぞれの皿に焼きそばと焼きそばを食パンに挟んだ物が入れてあった。加藤さんは母と理江の前にそれぞれ皿を置いていた。二人は箸入れから箸をとると食べ出した。
「美味しいわ。焼きそばも、パンに焼きそばを挟んだ物も」と、理江は言っていた。
「そうだね。普通のそばが、こんなに美味しい焼きそばになってしまうなんて」と母は頷いている。
「やはり、ソースがまるで違うわ」
「気にいっていただきましたか。ソースの作り方は、こちらに書いておきましたので」
そう言って、加藤さんは理江に紙を手渡した。その紙にはソースを作るための材料とそれを作るための手順が書かれていた。
「材料はウスターソースをベースにしてます。いろいろな香辛料も必要ですが手に入れることが難しい物はないと思います」
「ありがとうございます。加藤さんの作った物を食べて、焼きそばパンの生地は食パンでいいこともわかりました。ねえ、お母さん」
「わざわざ、コッペパンを焼かなくていいんだね、ともかく、そばがまるで違います。日本そばは食パンとも合う具財だったんですね」
奥の部屋からパジャマ姿の進が出てきた。
「こんばんわ」
「進くん、ありがとう。お父さんの作る焼きそば、本当に美味しい!」
理江は進に向かって頷いて見せた。それから、首を右にかしげて少し考えていた。そして、今度は加藤さんを見つめた。
「もしよろしければの話ですが、加藤さんの作られたそばを卸してもらい、私の店の焼きそばにして売らせてもらえないでしょうか?」、
「理江、なんてこというの。加藤さんの打つそばは、本格的なそばなんだよ。焼きそばに使うなんてもったいないことです」
「いや、いいですよ。こちらから、お願いをしたいくらいです。お客さんの数は増えてきてはいますが、トータル費用を考えれば、まだまだ持ち出している状況です。打ったそばを日々買い取っていただければ、ありがたいことです」
加藤さんのはっきりした言い方が理江を笑顔にしていた。理江は焼きそばを食べ続けていたが、母は焼きそばを食べるのを止めていた。
「家に持ちかえって食べさせていただくわ。すいません。パックか何かお借り出来ないかしら?」
さすが、母は心臓が強い。すぐに進が食器棚をさくり、パックを一つ見つけ出してくると、母の前に置いた。
「ありがとう」と言って、母は焼きそばをパックに入れた。それが終わると「私、やはり、加藤さんが作る本物のそばを食べたいわ。鴨せいろ。お願いできるかしら」と言っていた。
「はい、鴨せいろですね」
加藤さんは笑顔になり、鴨の切り身を汁に入れて煮始めていた。理江は焼きそばを食べ続けた。夕食に魚の煮つけをオカズにご飯を食べているのに、焼きそばは、そんなことなど無かったかのようにお腹に入っていくのだった。
「そうだ。焼きそばの味が悪いのよ」と言って、母は納得をしている。
「焼きそばのメンは本物のラーメンを使っているし、ソースも焼きそば専用のソースを使っているのよ」
理江は反論をしてみたが、原因は分からない。
その日は日曜日。昼を前にした頃、進がきてパンを選んでいた。しかし、焼きそばパンを選ばなかった。そこで店のイートインに来てもらい、進に焼きそばパンの試食をしてもらったのだ。
「どう、味は?」
「うん、普通かな。どこにでもある味だよ」
「普通か。じゃ、進くんは普通じゃない焼きそばパンを食べたことがあるの?」
すると、進はにやりと笑った。
「実はね。うちは蕎麦屋だろう。売れなくて、そばが余ることがあるんだ。その時は、ぼくとお父さんとで、カケか、ツケで食べるんだ。でも、飽きてしまう。すると、お父さんは、そばを焼きそばにしてくれる。ここから、買っていった食パンに挟んで食べることもあるよ。それも、焼きそばパンだろう」
いいことを聞いた。理江は母と顔を合わせた。
「お母さん、これは、双葉さんのそばを食べに行かないとダメだね」
「私は、何度も双葉さんに行って、そばを食べているから味は知っているよ。たしかに美味しい!」
「でも、焼きそばは、食べたことがないんでしょう?」
「当り前だよ。普通の蕎麦屋が、焼きそばなんか食わせたりしない。そんな物は裏メニューでしょう」
「じゃ、お父さんに言っておくから、お父さんが作る焼きそばを食べにくるかい?」
「お願いできるかしら。ここは午後六時頃に店をしめるのよ。そちらのお店が少し暇になった頃、そうね、八時頃にはお伺いをしたいわ」と、母が言っていた。母は、焼きそばよりも普通のそばを食べる気でいるようだった。
べーカリーベルを閉めて、母と理江は双葉に向かった。
双葉の前には、蕎麦屋らしい赤提灯が提げられ、玄関口には縄のれんが吊り下げられていた。
「ひさしぶりなのよ」と言う母は、常連らしく縄のれんを左手で揺らし右手で引き戸を引いて、店の中に入った。
「いらっしゃい」と低い声が店の中に響いた。理江は声の主を見た。白い上っ張りを着て、板前帽子をかぶっていた。少しやせぎすで上背は高い。年は母と同じくらい。いや、もしかしたら、五つくらい下かもしれない。
「ごぶさたをしております」
挨拶をしながら、母はカウンターを前に丸椅子にすわった。
「こちら、うちの娘。理江です」
理江は頭をさげた。
「初めまして、加藤徹と申します」
挨拶を終えたので、理江は母の隣に腰をおろした。
「ここを初めてから半年しか経っておりません。最初の頃は、どのくらい打っておけばいいのか、私も分からずに多めに打つことが多かった。そんな場合は、余ったそばを私と息子で処理しなければなりませんでした。普通のそばメニューで食べていたのですが、やはり飽きてくる。そこで、息子に焼きそばを作ってやった」
「うちも同じです。まだ始めたばかりなので、パンも余ることがある。そんな時には、私たちで食べているんですよ」と言って母は笑ってみせた。
「そうでしたか」
加藤さんは、カウンター下から皿を二つとり出した。それぞれの皿に焼きそばと焼きそばを食パンに挟んだ物が入れてあった。加藤さんは母と理江の前にそれぞれ皿を置いていた。二人は箸入れから箸をとると食べ出した。
「美味しいわ。焼きそばも、パンに焼きそばを挟んだ物も」と、理江は言っていた。
「そうだね。普通のそばが、こんなに美味しい焼きそばになってしまうなんて」と母は頷いている。
「やはり、ソースがまるで違うわ」
「気にいっていただきましたか。ソースの作り方は、こちらに書いておきましたので」
そう言って、加藤さんは理江に紙を手渡した。その紙にはソースを作るための材料とそれを作るための手順が書かれていた。
「材料はウスターソースをベースにしてます。いろいろな香辛料も必要ですが手に入れることが難しい物はないと思います」
「ありがとうございます。加藤さんの作った物を食べて、焼きそばパンの生地は食パンでいいこともわかりました。ねえ、お母さん」
「わざわざ、コッペパンを焼かなくていいんだね、ともかく、そばがまるで違います。日本そばは食パンとも合う具財だったんですね」
奥の部屋からパジャマ姿の進が出てきた。
「こんばんわ」
「進くん、ありがとう。お父さんの作る焼きそば、本当に美味しい!」
理江は進に向かって頷いて見せた。それから、首を右にかしげて少し考えていた。そして、今度は加藤さんを見つめた。
「もしよろしければの話ですが、加藤さんの作られたそばを卸してもらい、私の店の焼きそばにして売らせてもらえないでしょうか?」、
「理江、なんてこというの。加藤さんの打つそばは、本格的なそばなんだよ。焼きそばに使うなんてもったいないことです」
「いや、いいですよ。こちらから、お願いをしたいくらいです。お客さんの数は増えてきてはいますが、トータル費用を考えれば、まだまだ持ち出している状況です。打ったそばを日々買い取っていただければ、ありがたいことです」
加藤さんのはっきりした言い方が理江を笑顔にしていた。理江は焼きそばを食べ続けていたが、母は焼きそばを食べるのを止めていた。
「家に持ちかえって食べさせていただくわ。すいません。パックか何かお借り出来ないかしら?」
さすが、母は心臓が強い。すぐに進が食器棚をさくり、パックを一つ見つけ出してくると、母の前に置いた。
「ありがとう」と言って、母は焼きそばをパックに入れた。それが終わると「私、やはり、加藤さんが作る本物のそばを食べたいわ。鴨せいろ。お願いできるかしら」と言っていた。
「はい、鴨せいろですね」
加藤さんは笑顔になり、鴨の切り身を汁に入れて煮始めていた。理江は焼きそばを食べ続けた。夕食に魚の煮つけをオカズにご飯を食べているのに、焼きそばは、そんなことなど無かったかのようにお腹に入っていくのだった。
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