刑事殺し・リスト・憎悪

矢野 零時

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9第三の殺人

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 まさか、俺たちがすでに安藤治療病院にきていることを沢田は知らない。そばで話を聞いていた竹内は声をあげた。
「敷地が広すぎるな」
 沢田には竹内も共感を覚えていた。弱い者はいつだって分かり合えるものだ。いや、だからこそ、沢田を助けたいと竹内も思っていた。
「分けて、探した方がよさそうだ」
 俺がうなずくと、竹内は俺と反対の方に走り出し病院の建物の中に入っていった。
 俺が建物に入らなかったのは、携帯で沢田と話をした時に風の吹く音が聞こえていたからだ。緑色の草地が広がり、日陰で患者が憩えるように、あちらこちらに木々が植えられベンチがおかれていた。
 パンと乾いた音が聞こえた。
 俺は音のした方にかけだした。すると、木々が多くある場所が見えてきた。男が倒れていた。車の中から見た男、田島だった。帽子がとれた頭は白髪で短く刈り上げている。俺は近づき、腰を落とし彼を抱き起した。黒いコートの前が開き、見えた白いワイシャツの胸の辺りは血に染まりバラが咲いたようだった。
「失敗をしてしまった。ここで終わらせるわけにはいかない」
 田島は悲しそうに俺を見つめてくる。
「しっかりしろ、田島。いま医者を呼んでやる」
 俺は田島を足下にゆっくりと置いた。それから携帯を出して電話をかけ出した。そんな時に、後ろに人の気配を感じたのだ。すると、俺の中にいる寄生体が目覚めた。俺の後頭部に寄生体が作った眼のおかげで真後ろも見え出した。
 白衣の男が俺の真近にいた。血走った眼を持つ男の顔を見た途端に俺のわき腹が痛んだ。鋭い刃物を刺しこまれたのだ。刃物は医者が手術に使うメスだった。俺はいつも肉を入れたリュックを背負っている。そんな背中にメスを刺しても、俺の体にメスを届かせることは難しい。だから、リュックが覆いかぶさっていない脇腹を狙ったのだ。俺は体を廻して、男を前にした。。男は、すばやく俺の前腹を狙ってメスを突き出してきた。俺は右手を前に出してメスの動きをさえぎった。メスは俺の腕を切り、血が吹き出していた。
「死ね。死ぬんだよ」
「あんた殺人鬼か!」
 後の捜査で俺も知ることになるのだが、男の名は、桜井四郎。
 安藤治療病院で脳外科医をしていた。必要のない患者を手術室に連れ込み殺し続けていたのだ。その手術を見ていた看護士たちの間で、手術の狂気さが知れ渡り、田島がそれを知ることになったのだ。
 俺は何度も桜井にメスを腹に刺しこまれ、最後は割られたまきのように倒れていった。そんな俺を見て、桜井は「ケケケ」と声をたてて笑っていた。
 桜井はまだ田島が息をしているのが面白くなかったのだ。胸ポケットから注射器のセットを出し、注射器に液を入れると田島の所に行って田島の腕に注射器をさしだした。
「みんな、死にたがっている。そういう輩には筋弛緩剤は最適なんだ」
 やがて、田島は動かなくなっていた。桜井は鼻歌を歌い出し、俺に近づいてきた。俺のそばにくると腰をかがめ、ふたたび注射器に液を入れ出したのだ。すでに寄生体が目覚めて俺の体を修復しだしていたが、筋弛緩剤を打たれては、寄生体でも俺を生かすことが出来るかどうかわからない。
 筋弛緩剤が撃たれ出した時、パーンという音が聞こえた。落ちて行く意識の中で、俺は沢田が拳銃を両手でかまえているのが見ることができた。
 
 どのくらい時間が経ったのだろうか?
 やがて、俺は目覚めることができた。
「気が付いたかい?」
 竹内が俺を覗きこんでいた。俺は無意識に自分の腹を次々と触った。桜井に刺された所だ。だが、すでにどの傷も塞がっていた。思い出したように、注射を打たれていた腕にも眼がいった。そこにはストローのような突起物ができていたのだ。どうやら、そこから注射液は吐き出したに違いなかった。腕下にある草や土が濡れていた。しばらくすると突き出たストローはかさぶたのように土色になり、砕けて腕からとれていった。
「やっぱり、あんたはモンスターだな。噂どおりだったよ」
「田島は?」俺は立ち上がり、楓の木元にいる彼を見つめた。
「もう、死んでいるよ」
 そう言って、竹内は首を横にふっていた。
「ここから沢田が走り出していったよ。それも拳銃を手にしてな」
 そう話を続けた竹内は額に三本の横ジワを作っていた。
「今度は市長を狙うらしい」
「竹内、田島が誰を殺したがっていたのか、知っているのか?」
「紙に田島が書いたリストがあるんだよ。あんたが甦ってくるまで、時間がたっぷりとあったからな。そのリストを沢田が持っていった。あいつを説得しようとしたんだができなかった」
 そう言って、竹内は頬をゆがめて笑った。
 遠くに聞こえていたパトカーのサイレン音がだんだんと大きく成り出していた。

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