刑事殺し・リスト・憎悪

矢野 零時

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7勝手に現場

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 捜査本部設立から三日目。8時半に朝の会議。捜査の基本方針の見直しなど話をしていたが、拳銃の所在も見つけていない俺たちに特別な指示はなかった。ようは当てにされていなかった。いや、無視をされたと言ってもいいのかもしれない。
 会議が終り、俺たちは駐車場の車にのりこんだ。竹内はまずタバコをすい、いつものように車の中に白い煙を満たし、ゆっくりと肺にニコチンをため込んでいる。やがてタバコをもみ消した竹内は聞いてきた。
「今日は、どうするね?」
「そうだな。俺たちも現場を見て置いた方がいいだろう。タイガーマンションに行ってくれ」
「他の班の者がいるかもしれんぞ」
「かもな」
 竹内が車を動かし出し、やがてレンガぽいタイルを張ったタイガーマンションが見えてきた。だが、十階の高さでは、いまでは高層マンションとは言えないかもしれない。
 竹内がマンションの前にとまると、俺は車からおりた。
「あんたはこないのか?」
「私は車番をしてるよ。動かせと言う奴がいるかもしれんのでね。それに捜査に関わらない方がいいんだろう」
 そう言って、ニヤリとしている。
 エントランスに行くと現場保全のために警護をしている警官に俺は警察手帳を見せ、中に入る。エレベーターに乗り込み、高野が殺された三〇五号室に行った。高野の戸室前にも警官が立っていた。俺は再び、警察手帳を見せた。少し待ってくださいと言って、捜査本部の誰かと携帯で話をしていた。やがて話が付いたのか、どうぞと言って入れてくれた。靴を脱いで部屋の中に入ったが、当然、足にはビニール袋の足袋をはかされ、手には白い手袋をつけさせられた。だが、捜査をしている者はもう誰もいなかった。ガランとした居間にいくと外にいる警官を呼びつけた。高野が倒れていた位置を知りたかったからだ。警官は高野は顔を上を向け、居間の真ん中に大の字になって死んでいたと言った。その後、ベランダの方に顔を向けていた所を撃たれたのではないかと自分の考えを披露してくれたのだ。
「ここに倒れていたのなら、向かい側のマンションから狙ったとしか思えないが」
「ご存知かと思いますが、ベランダへのガラス戸は閉まっていたんです。もし、向こうから撃ったとしたら、戸のガラスは砕け散ってしまいます」
「高野が撃たれた後、誰かが窓をしめたんじゃないのかね? たとえば、子供なんかが」
「いえ、警察がここに来るまで二人とも浴室から出ていなかったと言っています」
「二人は今どこにいるんだ?」
「児童相談所ですよ」
 東京都内の各市にも一か所ずつ児童相談所がある。捜査会議の時に山本班の面々がそこに行き何度も高野の子に聞いていると話をしていた。
 俺は各部屋を見た後、ベランダへ出た。
「やはり、狙うんだったら、四階からだな」と、思わずつぶやいていた。
 このマンションを出た後、ほぼ真向かいにあるマンション・レオに俺は向かった。ここよりは低く五階建てのマンションだった。耐用年数の五十年はすでに過ぎている古い建物だ。会議で報告されていたように、このマンションには、どこにも監視カメラはついてはいなかったのだ。
 管理人室に行き、管理人に警察手帳を見せて話を聞かせてほしいと俺は言った。何度も警察から話を聞かれて、すでに飽き飽きしていたのだろう。顔をしかめて見せた。
「すまないね。もう少し警察につきあってくれよ。四階の部屋を見せてもらえるかな」
「刑事さんたちはすでに全部の部屋を見ていきましたよ」
「全部はいいんだ。四階の部屋だけでいい」
 管理人は、鍵の束を持つと、管理人室から出てきた。荒い息をはきながら、管理人は俺の先にたって四階まで階段をあがっていた。
 部屋数は四〇一号室から四一〇号室までの十の個室があった。人はいるのだが留守にしている戸室に入ることはできなかったが、人がいる部屋と空室になっている戸室には入れてもらうことができた。空室になった四〇五号室に入った時だった。俺はベランダへ出て、「ここだな」と声をあげた。高野が住んでいるタイガーマンションの戸室が真正面に見える。ここから拳銃で狙ったら、人の胸に銃弾を当てることはできる。だが、かなりの距離がある。拳銃の射程距離を越えている。だが射撃の経験がある者ならばできないことではない。
「以前にここに住んでいた人はどんな人だね?」
「同じ警察なんだろう、聞いてないのかい? 田島優成と言って、もう七十になるかな。年金暮らしだったよ。その前は警備会社に勤めていたはずだが、マンションの新年会にも顔を出していたね。体を悪くしてしまって、ここから出て行った」
「新年会で何をしていたのかな? カラオケで歌っていた。それとも手品なんか、やっていたんじゃないのかな?」
「よくわかるね? 田島さんは音痴で歌はだめだった。確かに手品を披露していたね」
 警備会社に勤めていたというと、その前は自衛隊にいた可能性もある。
「この部屋の鍵は返してもらったのかい?」
「返してくれたよ」
「そうかい。たが、コピーを作っているかもしれないね」

 ともかく、児童相談所に行って、保護されている子供に会ってみることにした。
 マンション・レオから出て車に戻った。車の中は霧が発生しているかのように、白じんでいたのだ。タバコの臭いに強いはずの俺でさえ、顔をしかめてしまった。
「長かったな。手掛かりはつかめたかい?」
「いや、何とも言えないよ。他の捜査員が動き回った後を聞き廻ってるだけだからな」
「今度はどうする?」
「児童相談所に向かってくれ」
 一時間後、竹内は、カーナビで児童相談所を捜しだし俺を連れて行ってくれた。
 相談所長の案内で応接セットのある接見室に案内をされた。相談所長の話では妹は病院に入院しているそうで接見はできない。しばらく待っていると正夫が部屋に入ってきた。おどおどしていた。すでに何回も他の刑事に聞かれ、うまく答え、ほっとしていたのだろう。だが、俺という刑事が現れた。俺が何かをつかんだからきたと思っているようだった。
「きみが頼んだんだろう?」
「えっ」と、正夫の顔に驚きが浮かんでいた。俺はカマをかけたのだ。
「お年寄りだね」
 正夫は俺が次に何をいうのか、怯えたように見守っていた。俺が何もかも知っているように思っている。
「田島さんだろう」
 正夫は、唇を震わせ何も言わなかった。でも、俺には分かった。
「きみに会いに来た時は、どうやってきたのかな?」
「バスだよ」
「バス?」
「病院のバスだよ」
 俺は記憶を呼び覚ますことができた。どこの病院かは覚えていないが、病院名前をつけた小型バスが走り回っているのを見たことがあったのだ。それは普通の交通機関を使うことが困難な患者たちを街の中を走って乗降りさせているバスだった。そのバスに乗れば、突然のように街から街へ移動することができる。これ以上、正夫を苦しめる気はない。
「偉かったね。妹を助けたのは君だよ」
 正夫の両目から溢れるように涙が吹き出ていた。俺は少年の肩を軽くポンと叩くと立ち上がっていた。

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