1 / 11
プロローグ
しおりを挟む
マンションの塀と立木で作られた場所。そこは、通りから誰にも見られることはなく、側にあるマンションの窓からも隠されていた。ここを通るものといったら、街猫たちだけだった。そこに少年と杖を突いた男が立っていた。
「このままじゃ。珠美ちゃんが殺されてしまう。だから、ぼくが父さんをやるしかないんだ」
そう言った少年の手には果物ナイフが握られていた。
「ともかく、それはやめなさい。坊やが殺人者になってしまう」
「でも、ずっと、風呂場で水につけられてしまっているんだ。間違いなく、明日は死んでしまうよ」
少年の唇は恐怖と不安で震えていた。
「まちなさい。私がなんとかするよ」
男は少年の手から、果物ナイフをもぎとり、自分のコートのポケットに入れた。少年は震えを押えるように唇をかんでいた。
男は、少年の父親が振るう暴力を知っていた。匿名ではあったが、市や児童相談所にも連絡をし、警察にも通報をしていたのだ。彼らは、一度は訪ねるのだが、父親の言い回しに負けて、すぐに帰ってしまう。その結果は悲惨だった。父親の暴力は減ることはなく、いや、かえって増えていった。少年の中には、哀しみと無力感だけが残り、父親に対する憎しみが心の中に積もり続けていったのだ。
「私がなんとかする。待ちなさい」
そう言った男は、必死にたちあがった。杖を突いていない手で、少年の頭を強くなぜると、体をゆするようにして木立の間をくぐり光の当たる道路に出ていった。
歩いていた男は立ち止まり青い空に向かって顔を上げた。空には太陽が輝き男の目を射った。それでも、男は太陽を見続けていた。それをすることで、祈りが届くと思っているかのようだった。
「憎悪を持つしかない。だが、私に力が時間がまだあるのだろうか?」
「このままじゃ。珠美ちゃんが殺されてしまう。だから、ぼくが父さんをやるしかないんだ」
そう言った少年の手には果物ナイフが握られていた。
「ともかく、それはやめなさい。坊やが殺人者になってしまう」
「でも、ずっと、風呂場で水につけられてしまっているんだ。間違いなく、明日は死んでしまうよ」
少年の唇は恐怖と不安で震えていた。
「まちなさい。私がなんとかするよ」
男は少年の手から、果物ナイフをもぎとり、自分のコートのポケットに入れた。少年は震えを押えるように唇をかんでいた。
男は、少年の父親が振るう暴力を知っていた。匿名ではあったが、市や児童相談所にも連絡をし、警察にも通報をしていたのだ。彼らは、一度は訪ねるのだが、父親の言い回しに負けて、すぐに帰ってしまう。その結果は悲惨だった。父親の暴力は減ることはなく、いや、かえって増えていった。少年の中には、哀しみと無力感だけが残り、父親に対する憎しみが心の中に積もり続けていったのだ。
「私がなんとかする。待ちなさい」
そう言った男は、必死にたちあがった。杖を突いていない手で、少年の頭を強くなぜると、体をゆするようにして木立の間をくぐり光の当たる道路に出ていった。
歩いていた男は立ち止まり青い空に向かって顔を上げた。空には太陽が輝き男の目を射った。それでも、男は太陽を見続けていた。それをすることで、祈りが届くと思っているかのようだった。
「憎悪を持つしかない。だが、私に力が時間がまだあるのだろうか?」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

九竜家の秘密
しまおか
ミステリー
【第6回ホラー・ミステリー小説大賞・奨励賞受賞作品】資産家の九竜久宗六十歳が何者かに滅多刺しで殺された。現場はある会社の旧事務所。入室する為に必要なカードキーを持つ三人が容疑者として浮上。その内アリバイが曖昧な女性も三郷を、障害者で特殊能力を持つ強面な県警刑事課の松ヶ根とチャラキャラを演じる所轄刑事の吉良が事情聴取を行う。三郷は五十一歳だがアラサーに見紛う異形の主。さらに訳ありの才女で言葉巧みに何かを隠す彼女に吉良達は翻弄される。密室とも呼ぶべき場所で殺されたこと等から捜査は難航。多額の遺産を相続する人物達やカードキーを持つ人物による共犯が疑われる。やがて次期社長に就任した五十八歳の敏子夫人が海外から戻らないまま、久宗の葬儀が行われた。そうして徐々に九竜家における秘密が明らかになり、松ヶ根達は真実に辿り着く。だがその結末は意外なものだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
幾度繰り返そうとも、匣庭は――。
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。
舞台は繰り返す。
三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。
変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。
科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。
人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。
信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。
鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。
手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

魔法使いが死んだ夜
ねこしゃけ日和
ミステリー
一時は科学に押されて存在感が低下した魔法だが、昨今の技術革新により再び脚光を浴びることになった。
そんな中、ネルコ王国の王が六人の優秀な魔法使いを招待する。彼らは国に貢献されるアイテムを所持していた。
晩餐会の前日。招かれた古城で六人の内最も有名な魔法使い、シモンが部屋の外で死体として発見される。
死んだシモンの部屋はドアも窓も鍵が閉められており、その鍵は室内にあった。
この謎を解くため、国は不老不死と呼ばれる魔法使い、シャロンが呼ばれた。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる