引きこもり・ひらひら

矢野 零時

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哲学者が哲学者らしくなる

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 ぼくは学校でいじめられたので、学校に行くのをやめました。つまり、引きこもりを始めたのです。
 お母さんは、学校に行きなさいとぼくに言っていましたが、今ではもうあきらめたようで、なにも言わなくなりました。
 お父さんは死んでいないので、お父さんの代わりに、お母さんが働いてくれています。
 職場は、昼間はコンビニ、夜は居酒屋でした。

 お母さんは、今日のお昼のために、カツサンドを作っておいてくれました。
 やがて、お昼が来たので、牛乳を飲みながら、カツサンドを食べました。
 その後、ぼくは少し外を歩き回りたくなりました。
 家を出てから、どこに行こうかなと考えて、前に行ったことがあるみなみ公園に行ってみることにしました。

 なぜ、そこに決めたかというと自分のことを哲学者だと言っているおじさんが小屋をたてて住んでいたからです。
 ぼくの知識では、勝手に公園の中に住んでいる人はホームレスと呼ばれている人だけです。

 相変わらず、かしわの木のそばに小屋がありました。
 ぼくが近づくと、おじさんが出てきて手をふってくれました。
「よく来てくれたね。待っていたんだよ。もっと哲学的な話をしようじゃないか」
「話すことなんかあったかな?」

 そんな時に、小屋から、別の人が出てきました。
 若くて背の高い男の人でした。
「ほじめまして」と、若い人は、ぼくに頭をさげてきました。あわてて、ぼくも頭をさげました。
「二人とも、はじめてだったね」と、おじさんは、わかっていることを言い出し「こちらは、詩人をやっている人だよ」と、ぼくに紹介してくれました。
「詩人? 詩を書いている人ですね」
「詩なんか書いていて、食べることなんかできないと思っているんでしょう。ちゃんと詩を売って暮しているんですよ」と、若い人は笑っていました。
「どうやって?」
「駅前の広場で書いた詩を歩いている人たちに買って貰っているのです。もちろん、お店はないから、詩集を地べたにおいていますけど」
「へえ、そうなの」
 ぼくが感心をしていると、詩人はぼくの手に数枚の紙をホチキスでとめた物を手わたしてくれました。
 それを開いてみると、それぞれのページに青い色がぬられ、青い中に所々が白くなっていました。
「もしかしたら、これ空を描いているの?」
「そうだよ。よくわかったね」
「でも、字を書いてなくては、詩を書いたことにはならないと思うけど」
「その時々で書きたい言葉が違うんだ。だから、書かずにおいて、買ってくれた人の顔を見た時に、書くことにしているんだ」
「でも、ぼくが貰ったこれには、青い空の中に、ぽっかり雲のように所々が白くなっているだけだよ」
「それでも、皆はちゃんと買ってくれるよ」
「う~ん。それは詩と思っていないで、絵のパンフレットと思っているのじゃないのかな」
 すると、若い人は顔を赤らめて、うつむいてしまいました。

「少年、きみはまだ気づいてはいない」
「なに、おじさん?」
「そもそも、『言葉はうそをつくのには最良の道具だが、真実を記すには不完全すぎる物である。』と、言われている。それを知る者は言葉など使わないのだよ」
「おじさん、やっぱり哲学者だったのですね」と、ぼくは思わず、おじさんに尊敬のまなざしを送りました。
「前から、私は哲学者だと言っているだろうに」

「でも、『言葉がうそをつく』とは、どういうことですか?」
「わかりやすい実例をあげてみせよう。少年もテレビでニュースぐらいは見ているね」
 ぼくはうなずきました。

「最近、フェイクニュースという言葉が使われているじゃろう。

 その意味は『うそのニュース』という意味だが、その言葉を使って『そのニュースはフェイクニユースだ』と書かれたり、言われたりしている場合がおおい。
 この文のとおりであれば、『そのニュースはうそです』と、書かれたことになる。

 だが、うそのニュースでないのに、こう書かれていたならば、フェイクニュースという言葉そのものが、うそだったことになってしまう。

 そうなると、フェイクニュースという言葉は、何を言っている言葉なのかね?

少年も、わかっただろう。明らかなことは、言葉で真実を伝えることはできないかもしれないと言うことだよ」

 そこで、おじさんは声をあげて、笑っていました。


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