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4アルバイト
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さっそく、ジョージは近隣の国で布地の売買が行われている市場へ出かけていきました。いい布地があれば、買い付けをしてくるつもりです。とくに中国から運ばれてくるシルク(絹)の布を手に入れたいと思いジョージは探し回っていたのでした。
カンナさんはすぐに洋装店に顔を出し始めました。
通常時であれば、喫茶店はアーサー一人でやれないわけではありません。でも、モーニングやランチ時には喫茶店が満席になっていました。食べ物の評判がよくなっていたからです。同じ商店街にあるパン屋からバケットやスコーンを入れていたので、その時間帯にはパン屋の配達員たちが手伝ってくれるようになっていましたが、いつまでも甘えるわけにはいきません。
まず近所の人で手がすいている人を探したのですが、みつけることができません。そこで、喫茶店の外壁にアルバイト募集の張り紙をはり、働いてくれる人を求めることにしました。
でも、アルバイト募集に応募する人が出てくる気配がなく、アーサーも諦め出していました。
そんな頃です。
その日の午後。まだ、日が空の真上に出ていた時間でした。その時間はランチが終わり、喫茶店にお客があまり来ない時間帯です。
一人の女性が店に入ってきました。若い人です。髪は黒く肌は褐色を帯びていて、ラテン系の女性のように思われました。
「いらっしゃい」と、アーサーはお客さんだと思って声をかけました。
「すいません。私はお客ではありません。外の張り紙を見たんですが」
「えっ、もしかしてアルバイトを希望される方ですか?」
「はい、そうです」
「朝の八時から午後四時まで働いてもらうことになります。まあ、昼には喫茶店で作れる物だが、こちらで用意した食事をしていただくつもりですが」
「それで、けっこうです」
「ええ、いいの。でも、働いたことはあるのかい?」
「いえ、ありません。でも、勉強はしてまいりました」
「勉強?」
「はい、お茶は最初は日本という国から輸入していたのですが、鎖国で輸入ができなくなった。その後、中国から輸入するようになって、中国で紅茶が作られ出したとか」
「すごいね。でも、ここでの仕事はお湯をわかすこと、お客さんに注文されたものをお出しすること。よごれた食器を洗うこと。簡単だけど、同じことを繰り返す仕事ですよ」
「いつから、働けばいいのですか?」
「よければ、今からでもお願いをしたい。でも、今日の日当は半日分しか払えないけど、それでいいかい?」
「よろしくお願いします」
「じゃ、今はお客がいないから、カウンターの中にたまった食器を洗ってもらおうかな?」
「はい、させていただきます」
「ところで、名前はなんて呼べばいいのかな?」
「えっ、名前ですか」
「そう、教えてもらわないと、なんと呼べばいいのか、わからないだろう」
「リンダ。リンダでどうですか?」
「どうですか? リンダさんだね」
「はい」
カウンターの真後ろの壁に、ドアなしの出入口がついています。そこから調理部屋に行くことができます。
そこには、かまどがあって、鍋、湯沸かしやポットがその上に置かれています。壁際には、調理台や調理器具をおく棚が作られ、その横には洗い場が設けられています。この洗い場の脇には、水を入れる大きなカメが置かれていました。
この部屋には外に出るためのドアがついていて、そこから店の裏に出ることができます。店の裏には井戸があって、朝早くにアーサーがそこから木の桶で水を汲んできてカメの中に入れていたのでした。
カウンターの下に置いていた汚れた茶碗、皿を入れた竹籠を抱えて、アーサーはリンダに言いました。
「私についてきてくれる」
「はい」
アーサーはリンダを調理部屋に連れて行きました。
アーサーは洗い場の中に竹籠を置きました。竹籠の中にあったカップの一つを手にすると、水の入れたタライに入れて洗い、布巾でふいて隣に置いてある別の竹籠に入れてみせたのでした。
「これを繰り返して、全部洗い終わったら、カウンターの下に戻して置いてよ」
「はい、わかりました」
リンダは感情を殺したような声を出していました。
アーサーは、カウンターに戻ると、店に組合長がやってきていました。
「やあ、いらっしゃい」
「ミルクティーね」と言って、組合長は自分の席と決めているいつもの席にすわりました。最近は、三日に一度はこの店にきています。アーサーはミルクたっぷりの紅茶を作り組合長の前に運んでいきました。
「最近、ジョージの姿を見かけないね。それにカンナさんの姿もこの店にない?」
「洋装店が忙しいので、カンナさんは手伝いに行っているだけですよ」
「ふ~ん、本当かな。ところで、探していたアルバイト見つかったかい?」
アーサーはにやりと笑っていました。さすがに、組合長は勘がいいというか、鼻が利くというべきか、アーサーたちの行動の変化を見のがしはしません。
「なんとか、見つかりましたよ」
「本当かい!」
「そうだ。もうアルバイト募集のチラシはずした方がいいですね」
アーサーは、店の外に出て、チラシをはがすと、それをエプロンのポケットにねじこみました。
アーサーが店に戻ると、食器を洗い終わったのでしょう。リンダがカウンターに戻ってきていました。組合長がいろいろと話しかけていたようですが、リンダが強張った顔のままでいるのを見ると、組合長の話術をもっても、話ははずまなかったようです。アーサーがカウンターに戻ると、組合長は、はやばやと席を立ってきて、お金を払い店から出ていってしました。でも、アーサーは内心よろこんでいました。組合長がいれば、いろいろ聞き出そうとして、それに答えてしまいそうだったからです。
「リンダさん、一つだけ、この店に勤めるにあたって、やってもらいたいことがある」
「なんですか?」
「それはね。お客さんに顔を向ける時は、できるだけ笑っていて欲しい」
「笑って、ですか?」
リンダは、まずアーサーに向かって、笑って見せようとしました。ですが、両頬にしわを深く刻んだようで、笑顔には見えません。
「こんなのでいいですか?」
「まあ、そんなものかな」と、アーサーは言いました。何度かやっていれば、そのうち、うまくなると思っていたからです。
カンナさんはすぐに洋装店に顔を出し始めました。
通常時であれば、喫茶店はアーサー一人でやれないわけではありません。でも、モーニングやランチ時には喫茶店が満席になっていました。食べ物の評判がよくなっていたからです。同じ商店街にあるパン屋からバケットやスコーンを入れていたので、その時間帯にはパン屋の配達員たちが手伝ってくれるようになっていましたが、いつまでも甘えるわけにはいきません。
まず近所の人で手がすいている人を探したのですが、みつけることができません。そこで、喫茶店の外壁にアルバイト募集の張り紙をはり、働いてくれる人を求めることにしました。
でも、アルバイト募集に応募する人が出てくる気配がなく、アーサーも諦め出していました。
そんな頃です。
その日の午後。まだ、日が空の真上に出ていた時間でした。その時間はランチが終わり、喫茶店にお客があまり来ない時間帯です。
一人の女性が店に入ってきました。若い人です。髪は黒く肌は褐色を帯びていて、ラテン系の女性のように思われました。
「いらっしゃい」と、アーサーはお客さんだと思って声をかけました。
「すいません。私はお客ではありません。外の張り紙を見たんですが」
「えっ、もしかしてアルバイトを希望される方ですか?」
「はい、そうです」
「朝の八時から午後四時まで働いてもらうことになります。まあ、昼には喫茶店で作れる物だが、こちらで用意した食事をしていただくつもりですが」
「それで、けっこうです」
「ええ、いいの。でも、働いたことはあるのかい?」
「いえ、ありません。でも、勉強はしてまいりました」
「勉強?」
「はい、お茶は最初は日本という国から輸入していたのですが、鎖国で輸入ができなくなった。その後、中国から輸入するようになって、中国で紅茶が作られ出したとか」
「すごいね。でも、ここでの仕事はお湯をわかすこと、お客さんに注文されたものをお出しすること。よごれた食器を洗うこと。簡単だけど、同じことを繰り返す仕事ですよ」
「いつから、働けばいいのですか?」
「よければ、今からでもお願いをしたい。でも、今日の日当は半日分しか払えないけど、それでいいかい?」
「よろしくお願いします」
「じゃ、今はお客がいないから、カウンターの中にたまった食器を洗ってもらおうかな?」
「はい、させていただきます」
「ところで、名前はなんて呼べばいいのかな?」
「えっ、名前ですか」
「そう、教えてもらわないと、なんと呼べばいいのか、わからないだろう」
「リンダ。リンダでどうですか?」
「どうですか? リンダさんだね」
「はい」
カウンターの真後ろの壁に、ドアなしの出入口がついています。そこから調理部屋に行くことができます。
そこには、かまどがあって、鍋、湯沸かしやポットがその上に置かれています。壁際には、調理台や調理器具をおく棚が作られ、その横には洗い場が設けられています。この洗い場の脇には、水を入れる大きなカメが置かれていました。
この部屋には外に出るためのドアがついていて、そこから店の裏に出ることができます。店の裏には井戸があって、朝早くにアーサーがそこから木の桶で水を汲んできてカメの中に入れていたのでした。
カウンターの下に置いていた汚れた茶碗、皿を入れた竹籠を抱えて、アーサーはリンダに言いました。
「私についてきてくれる」
「はい」
アーサーはリンダを調理部屋に連れて行きました。
アーサーは洗い場の中に竹籠を置きました。竹籠の中にあったカップの一つを手にすると、水の入れたタライに入れて洗い、布巾でふいて隣に置いてある別の竹籠に入れてみせたのでした。
「これを繰り返して、全部洗い終わったら、カウンターの下に戻して置いてよ」
「はい、わかりました」
リンダは感情を殺したような声を出していました。
アーサーは、カウンターに戻ると、店に組合長がやってきていました。
「やあ、いらっしゃい」
「ミルクティーね」と言って、組合長は自分の席と決めているいつもの席にすわりました。最近は、三日に一度はこの店にきています。アーサーはミルクたっぷりの紅茶を作り組合長の前に運んでいきました。
「最近、ジョージの姿を見かけないね。それにカンナさんの姿もこの店にない?」
「洋装店が忙しいので、カンナさんは手伝いに行っているだけですよ」
「ふ~ん、本当かな。ところで、探していたアルバイト見つかったかい?」
アーサーはにやりと笑っていました。さすがに、組合長は勘がいいというか、鼻が利くというべきか、アーサーたちの行動の変化を見のがしはしません。
「なんとか、見つかりましたよ」
「本当かい!」
「そうだ。もうアルバイト募集のチラシはずした方がいいですね」
アーサーは、店の外に出て、チラシをはがすと、それをエプロンのポケットにねじこみました。
アーサーが店に戻ると、食器を洗い終わったのでしょう。リンダがカウンターに戻ってきていました。組合長がいろいろと話しかけていたようですが、リンダが強張った顔のままでいるのを見ると、組合長の話術をもっても、話ははずまなかったようです。アーサーがカウンターに戻ると、組合長は、はやばやと席を立ってきて、お金を払い店から出ていってしました。でも、アーサーは内心よろこんでいました。組合長がいれば、いろいろ聞き出そうとして、それに答えてしまいそうだったからです。
「リンダさん、一つだけ、この店に勤めるにあたって、やってもらいたいことがある」
「なんですか?」
「それはね。お客さんに顔を向ける時は、できるだけ笑っていて欲しい」
「笑って、ですか?」
リンダは、まずアーサーに向かって、笑って見せようとしました。ですが、両頬にしわを深く刻んだようで、笑顔には見えません。
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