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出版 : 1941年
原題 : La Maison des Sept Jeunes Filles
著者 : Georges Simenon (1903-1989)
有名なメグレ・シリーズだと思って読んだのですが、どちらかというとコメディー作品でしょうか。もちろんメグレ警視も登場しませんでした。いや別に「パリ警視庁から左遷された」とかいうわけではなくて。(タイトルに『メグレ』の名がないものには彼は出てこないんですね)
フランス北部ノルマンディーのカーン市にある小さな家を舞台とした、両親と結婚前の娘たちの中編小説です。日本語の翻訳版は現時点ではまだ出版されておりません。
「そこまでネタバレして大丈夫なん?」というくらい詳細を追っていきますので、原作を先に読みたいというかたはご注意ください。
それは11月のある日曜……、四番目の娘ユゲットを婚約者の青年ジェラールが訪ねてくる日です。
図書室で落ち着かない様子の父親ギヨーム・アドランは、接待の準備についてユゲットと話している……、そんな場面から始まります。いつも娘たちに「パピ」と呼ばれているギヨーム・アドラン――、でも彼は特に今日のような日は「パパ」と呼んで欲しいのです。形式を重んじる父なのですね。
青年ジェラール(学生)は故ボワルデュー将軍の一人息子で、この青年と自分の娘との結婚が成立すれば、一家の経済状況が救われる可能性があり、今日のおもてなしはギヨーム・アドランにとって非常に大切なのでした。
「故ボワルデュー将軍」という言葉にぜひご注目。彼は一人息子なので、この本には書かれておりませんが当時の欧州の法律によると亡き父の遺産の三分の二をすでに相続しているはずです。(残り三分の一は将軍の妻でジェラールの母であるマダム・ボワルデューが相続)
このアドラン家は12人も住めると建築家の保障付きのはずでしたが、ちょっと騙されたというか、本当のところは娘たちが寝室をシェアしている小さな建物なのです。「人形の家」というシムノンの表現はポジティぶでもありネガティブでもあるのですね。それでも近所で最も新しく美しいのが自慢の一戸建てでした。
最近フランスでは、費用を全額支払ったのに建設途中で業者がいなくなる事件が各地で多発していますから、まあ家が無事完成したのは何よりです。
さて、おいしそうな焼き菓子の香りが立ちこめる中訪れたのは、なんと借金取りのロリーヴ氏でした。この二年間毎週やって来ては金を催促するので一家からは悪夢扱いされている、元チーズ商人だった人です。父アドランはユゲットがジェラールと結婚すれば、四年前に家を建てたときに借りた六万フランを返済できるかもしれないと彼に説明します。
ところで七人の娘たちは、どんな人物なのでしょう。
家事や姉妹の世話をしているロベルト27歳には35歳の恋人エミル氏がいますが、自分の母親が亡くなるまで誰とも結婚できないから……とフランス南部アヴィニヨンに行ってしまいました。それでも毎週とても丁寧な手紙を彼女に送ってくれています。
ノルマンディーのイシグニー市で教師をしているクロチルド25歳は数回「結婚する」と家族に手紙をよこしたのですが、いずれも話はまとまりませんでした。同居しておらず今日も帰ってこないとのこと。
23歳のロランドは近所で薬剤師をしていて、17歳のときバカロレアに合格した秀才です。姉妹の中で最も頭が良く一番美人で父の自慢の娘でした。
18歳のエリザベートはデパートで化粧品の売り子をしていますが、いつも自室にいてあまり家族と会話しません。
婚約者を迎えるユゲットはといいますと、原文には「fonctionnaire des P.T.T」つまりPTTで働いていると書いてあります。もしかして組織のオペレーターか何かでしょうか。これはきっと作者の仕込んだ暗号に違いない――で、さっそく解読してみますと、Postes, telegraphes et telephones、……電信電話会社に勤務しているオペレーター(22歳)でした。
……というわけで家族みんなに出迎えられ挨拶したジェラールですが、そのあとなかなか話題がスムーズに続きません。彼はココ(コレット)が家にいないのが気になるようなのです。
二か月前ユゲットは16歳の末の妹、双子のコレットとエミリエンヌ(ミミ)を映画に連れて行った時、初めてジェラールに会いました。毎週水曜日映画館で話をするうちに、姉妹は彼とだんだん仲良くなっていきます。
「ミミの注意を引こうとしてるでしょ。パパに言いつけちゃうから」
ココは可愛らしくジェラールを咎めたりなんかするのですが、実は彼はそんなことはしていなくて、どちらかというとココに気があるのですけれどね。口止め料としてジェラールからセーターをもらいます。自分をアピールするコレットに対して、なんだか相手もどぎまぎしているのが伝わってきます。
さてお茶の時間も一段落し、ギヨーム・アドランは自分がウィリアム征服王の子孫だとジェラールに話しながら14世紀の写本を見せていました。結婚相手にふさわしい家柄だという売り込みですね。確かに「ウィリアム」はギヨームの英語読みです。でもウィリアム征服王の息子ギヨーム・アドランと同姓同名だからといって、この人が本当に王の子孫であるかどうかは――、まああまり定かではありません。
そこへ娘のコレットが、男の子みたいな服装で、魚やホタテ貝を捕って帰ってきたのでアドランは言葉をなくします。かたやジェラールは大笑い。結局みんなは室内ゲームをするよりも、外で魚介を焼いて食べることにしました。でも炭火で服が汚れてしまうため、心から楽しんでいたのはどうやらジェラールとコレットだけだったようなのですけれど。
今日のゲストが到着したあとも居座り続けるロリーヴ氏は、ジェラールがユゲットにあまり関心がないようだと言いつつも、二か月だけ返済期限を延ばしてくれます。
(つづく)
原題 : La Maison des Sept Jeunes Filles
著者 : Georges Simenon (1903-1989)
有名なメグレ・シリーズだと思って読んだのですが、どちらかというとコメディー作品でしょうか。もちろんメグレ警視も登場しませんでした。いや別に「パリ警視庁から左遷された」とかいうわけではなくて。(タイトルに『メグレ』の名がないものには彼は出てこないんですね)
フランス北部ノルマンディーのカーン市にある小さな家を舞台とした、両親と結婚前の娘たちの中編小説です。日本語の翻訳版は現時点ではまだ出版されておりません。
「そこまでネタバレして大丈夫なん?」というくらい詳細を追っていきますので、原作を先に読みたいというかたはご注意ください。
それは11月のある日曜……、四番目の娘ユゲットを婚約者の青年ジェラールが訪ねてくる日です。
図書室で落ち着かない様子の父親ギヨーム・アドランは、接待の準備についてユゲットと話している……、そんな場面から始まります。いつも娘たちに「パピ」と呼ばれているギヨーム・アドラン――、でも彼は特に今日のような日は「パパ」と呼んで欲しいのです。形式を重んじる父なのですね。
青年ジェラール(学生)は故ボワルデュー将軍の一人息子で、この青年と自分の娘との結婚が成立すれば、一家の経済状況が救われる可能性があり、今日のおもてなしはギヨーム・アドランにとって非常に大切なのでした。
「故ボワルデュー将軍」という言葉にぜひご注目。彼は一人息子なので、この本には書かれておりませんが当時の欧州の法律によると亡き父の遺産の三分の二をすでに相続しているはずです。(残り三分の一は将軍の妻でジェラールの母であるマダム・ボワルデューが相続)
このアドラン家は12人も住めると建築家の保障付きのはずでしたが、ちょっと騙されたというか、本当のところは娘たちが寝室をシェアしている小さな建物なのです。「人形の家」というシムノンの表現はポジティぶでもありネガティブでもあるのですね。それでも近所で最も新しく美しいのが自慢の一戸建てでした。
最近フランスでは、費用を全額支払ったのに建設途中で業者がいなくなる事件が各地で多発していますから、まあ家が無事完成したのは何よりです。
さて、おいしそうな焼き菓子の香りが立ちこめる中訪れたのは、なんと借金取りのロリーヴ氏でした。この二年間毎週やって来ては金を催促するので一家からは悪夢扱いされている、元チーズ商人だった人です。父アドランはユゲットがジェラールと結婚すれば、四年前に家を建てたときに借りた六万フランを返済できるかもしれないと彼に説明します。
ところで七人の娘たちは、どんな人物なのでしょう。
家事や姉妹の世話をしているロベルト27歳には35歳の恋人エミル氏がいますが、自分の母親が亡くなるまで誰とも結婚できないから……とフランス南部アヴィニヨンに行ってしまいました。それでも毎週とても丁寧な手紙を彼女に送ってくれています。
ノルマンディーのイシグニー市で教師をしているクロチルド25歳は数回「結婚する」と家族に手紙をよこしたのですが、いずれも話はまとまりませんでした。同居しておらず今日も帰ってこないとのこと。
23歳のロランドは近所で薬剤師をしていて、17歳のときバカロレアに合格した秀才です。姉妹の中で最も頭が良く一番美人で父の自慢の娘でした。
18歳のエリザベートはデパートで化粧品の売り子をしていますが、いつも自室にいてあまり家族と会話しません。
婚約者を迎えるユゲットはといいますと、原文には「fonctionnaire des P.T.T」つまりPTTで働いていると書いてあります。もしかして組織のオペレーターか何かでしょうか。これはきっと作者の仕込んだ暗号に違いない――で、さっそく解読してみますと、Postes, telegraphes et telephones、……電信電話会社に勤務しているオペレーター(22歳)でした。
……というわけで家族みんなに出迎えられ挨拶したジェラールですが、そのあとなかなか話題がスムーズに続きません。彼はココ(コレット)が家にいないのが気になるようなのです。
二か月前ユゲットは16歳の末の妹、双子のコレットとエミリエンヌ(ミミ)を映画に連れて行った時、初めてジェラールに会いました。毎週水曜日映画館で話をするうちに、姉妹は彼とだんだん仲良くなっていきます。
「ミミの注意を引こうとしてるでしょ。パパに言いつけちゃうから」
ココは可愛らしくジェラールを咎めたりなんかするのですが、実は彼はそんなことはしていなくて、どちらかというとココに気があるのですけれどね。口止め料としてジェラールからセーターをもらいます。自分をアピールするコレットに対して、なんだか相手もどぎまぎしているのが伝わってきます。
さてお茶の時間も一段落し、ギヨーム・アドランは自分がウィリアム征服王の子孫だとジェラールに話しながら14世紀の写本を見せていました。結婚相手にふさわしい家柄だという売り込みですね。確かに「ウィリアム」はギヨームの英語読みです。でもウィリアム征服王の息子ギヨーム・アドランと同姓同名だからといって、この人が本当に王の子孫であるかどうかは――、まああまり定かではありません。
そこへ娘のコレットが、男の子みたいな服装で、魚やホタテ貝を捕って帰ってきたのでアドランは言葉をなくします。かたやジェラールは大笑い。結局みんなは室内ゲームをするよりも、外で魚介を焼いて食べることにしました。でも炭火で服が汚れてしまうため、心から楽しんでいたのはどうやらジェラールとコレットだけだったようなのですけれど。
今日のゲストが到着したあとも居座り続けるロリーヴ氏は、ジェラールがユゲットにあまり関心がないようだと言いつつも、二か月だけ返済期限を延ばしてくれます。
(つづく)
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