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第1章 ルナの願い

第0話 ルナリア

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 勇者たち冒険者は世界を滅ぼす”脅威”を打ち滅ぼし、世界に平和をもたらした。戦いが終わり、”最初の地”に戻ると、姫が勇者を待っていた。二人はやがて結ばれ、末永く幸せに暮らしたとさ…。めでたしめでたし…。

 ここまでは、よくあるお話。
 しかし、この物語は、そこから始まることにする。


 わたしの名前はルナリア。本当の名前は、もう忘れた。捨ててしまったから…。

 私の国は恐るべき”脅威”というものたちに滅ぼされてしまった。
 その”脅威”とはいったい何なのか? 正直なところ、今も、わたしにもよく分からない。悪魔や天使と言った超越した力は持っていても、エルフや人間のように顔と手足を持ち、羽根や角や翼があったとしても、わたしたちと似たような容姿をしていたのか、それとも邪神や異界の生命体のように異形な容姿だったのか、はたまた、悪霊や疫病といった目に見えず捉え処のない存在だったのか…。
 対峙した者によって、”脅威”はそれぞれ形を変えていたのだと思えた。

 共通していることは、”脅威”が去った後に文明の痕跡は失われ、あらゆる遺産、知識といった形あるものはすべて、砂塵のように崩れてしまっていた。“脅威”は単なる死だけでなく、これまで積み重ねられてきた、文明そのものを破壊していた。

 わたしは西方大陸にあったエルフ王国のエルフ王女として、最後まで抵抗を試みたが無駄であった。わたしはボロボロとなり、死にかけていた。人々は逃げるか、死しかなかった。
 破壊しつくされた王宮は、魔法が無効となる酸の雨が降り続き、美しいかった王都は見る影もない。やがて、すべてが砂と塵になってしまうだろう。緑豊かな庭園も、生命にあふれてた河や湖も、多く国民が生活していた街並みも、どこに見えなくなった。
 わたしはただ、誰もいなくなった最後の塔で上で、朽ちかけていく王都を、呆然と眺めているしかなかった。それが王都での最後の記憶である。わたしもやがて溶けていくのかもしれない…、そう考えながら…。

 気づいたとき、勇者・ライムと名乗るいう者に救われていた。孤児のようになった私は自分の名を捨て、彼に新たな名前を彼につけてもらう。それが”ルナリア”という名前だった。

 勇者たちは”脅威”と立ち向かうために旅をしてきたという。わたしは同行を願ったが、わたしの瞳をしばらく覗くと、勇者はそれを認めなかった。
 わたしは必死で彼に付いていった。足手まといとなりながら、邪険にされ、何度も追い払われた。王女が戦うなど、考えれないと勇者は言う。それは偏見だと何度も反論した。王女だって、戦うことはできる! わたしは、いつまでの守られているだけの存在から抜け出したかっただけのかしれない…けど。

 その日から、わたしの身体に傷のない日は無かった。指にはいつも傷があり、身体のどこかしらに包帯が巻かれていた。今思えば、かなり迷惑をかけていたことがわかる。しかし、わたし一度死んだエルフ、勇者に救われ、新しい名前をもらい生まれ変わった以上、この命を勇者に捧げていたつもりだった。
 
 そんなある日、数か月も必死に後をついてきたわたしに振り返ると、溜息をつくと、わたしの前まで歩いてくる。
「負けたよ。こんなに頑固な王女は見たことがない」
 彼は苦笑すると、同行を認めてくれた。

 わたしは遂に認められた。冒険者の仲間となった夜、わたしはどんなに嬉しかったかことか…。
 勇者の出した条件はただ一つだけだった。
「決して、己の命を粗末にしないこと」

 わたしは自分の命を簡単に、捨ててしまいそうだと…。勇者には見透かされていたのだ。他者のために、特に勇者のためにあっさりと命を捨てられる…、そう思っていたことを…。だから、”自分の命を大切にしてほしい”。それがついていく約束となった。

 その後の話はとても長いのでここでは語れない…。これは”その後”を語る”続きの物語”なのだから…。

 結果として、わたしたちは、”脅威”を打ち滅ぼすことができた。わたしは今は亡きエルるの王国の敵を討つことができたのだ。そして、わたしは勇者との約束も守った。
 ”生きていること”それが、わたしが勇者に対する、拙い表現だったのだと思う。それは憧れからか、それとも恋からか、そのどちらでもわたしにとって同じだった。わたしには勇者がすべてだったのだ。

 こうして、わたしたちは人間の王都へ凱旋した。




(ゲームでいうところのエンディングがこの辺にあたるかしら…。つまり、ここからがこの物語の本章となるわけね。<<ルナリア)




 ”脅威”は打ち滅ぼされた。人間の王都では緊急の議会が開かれ、人間の王をはじめ、様々な種族の代表たちが集まる議会で報告された。
 王はメンバーの中に、かつてのエルフ王国の女王がいることに衝撃を受けた。しばらく、元王女を見つめると、ねぎらいの言葉をかけて、最大限の援助をすると約束した。

 次に執り行われるのが”封印の儀式”であった。 

 勇者に授けていた伝説剣は、彼の所有ではなく、神から一時的に付与された“力”であり、無効化する必要があった。それもできるだけ早く…。”脅威”が無くなった今、勇者が帯剣している二振りの伝説剣が、世界の秩序を乱す力の元凶になりかねなかい…、世界のバランスを崩すには十分な圧倒的な存在だったからである。

 そのため、封印を取り仕切る神聖教会はもちろん、各種族の代表も、封印を急がせた。一つの種族にこのような破格の力を与え続けることに、強い警戒感を抱いている。実際に、二振りの神剣・魔剣を一人の人間に付与することに反対する派閥も数多くいたのだ。議会としては、今すぐにも封印を始め、力の均衡を図りたかった。

 ところがである。

 人間の王は、大神官たちに封印の儀式の執行を中断させると、勇者と姫と婚約の発表を宣言し、神託通りに、二人が結ばれることによって、”脅威”の攻略の完成とする、として、婚約の儀式を優先させた。


 会議は当然、紛糾した。封印を後回しにして宴を優先させる人間の放漫さに、他種族は異議を唱えた。しかし、最後は人間の王の提案が強行される形となり、一週間後には必ず封印するとして議会をまとめると、姫と勇者の婚姻を急がせた。

 この時、二振りの剣が、まだ人間の手の中にあったことが、無言の圧力となっていた。勇者は権力闘争の一つの駒になっていたのだ。

 そして、もう一つ、婚礼の優先を強行した理由があった。人間の王が、封印の二振りの剣を少しでも長く維持したかったか否か、その本心はわからないが、勇者と共に登場した、消えたはずのエルフ王女の存在が、王や貴族たちといった人間の権力者たちの様々な思惑に影を落としていたからだ。

 王はエルフ王国復興というシナリオが、王女が生還しているを見て、内心、苦々しく考えていた。しかも、勇者と万が一でも結ばれるとなると厄介この上ない。

 目の前に潜む微かな危険性を、今は少し手も排除したい。
 現在、最大勢力であったエルフ王国は消滅し、広大な西方大陸のすべてが空白地になっている。その土地を収奪すれば、莫大な利益を上げられるだけでなく、他種族に対する発言権は大きくなる。全種族の覇権・当主となることも夢ではない。

 権力者の持つ欲が、少しずつ運命の歯車をずらしていることに、王も権力者たちも気づかなかった。平和を手にした各種族たちは、愚かにも、自らの手で、その平和を危険にさらす愚を始めていた。かつての”脅威”と同じように…。


 ルナリアは”婚姻の儀式”が神託によって予定されている理《ことわり》であることを知っていた。そのため、婚約までの流れそのものを反対しなかった。一方で、その本心は反対であった。彼女にとって、勇者が誰かを娶ることなど、死にたくなるほど嫌だった。

 しかし、彼女にそれを反対することはできない。
 基本、彼女も王族であり、感情を優先させて、神託を無視し、下手すれば国家間の争いにもなりかねない愚を犯すことはできなかった。そこはルナリアもわきまえていたからだ。

 結局、ルナリアは与えられた自室で、布団をかぶって、泣き続けるしかなかった。
 泣きに泣いた。数日間、彼女は泣き続けた。泣いても、泣いても涙があふれ、エルフがこんなに泣けるものだと初めて知った。泣きつかれると次に、”死への誘惑”がルナリアの心を捕らえた。しかし、死の淵に立っても、彼女には一歩、踏み出すことができない。それは勇者との約束に反することになるからだ。

 泣くことも、死ぬことも、できず、彼女は議会の隅で静かに座っているしかなった。

 悲しむ彼女その様は、亡国の王女という稀代な箔を伴い、類稀な妖艶さを帯びていた。これほど佳人、気品さ、亡国の王女として最高位の血筋、そして勇者と共に戦いに抜いた戦闘力、ダイヤモンドなど石ころに見えるほど、彼女の価値は、女性としても、人材としても飛び抜けていた。

 “彼女を口説き落し、妻にできれば…”
 それは国家にとっても最大の利益を生み出し、あわよくば西方大陸の継承権が得られ、その夫となる家系の地位は、間違いなく繁栄が約束されている。ルナリア本人のあずかり知らないところで、凄まじい王女の攻防戦が始まった。

 他方、ルナリアの争奪戦において、勇者の存在は疎んじられていた。彼がルナリアに一番近い存在であり、彼女の視線の先には常に、勇者がいることを、誰もが知っていたからである。王が婚約を急がせた理由もそこにある。

 様々な思惑でかつての王女を口説こうとする男性が後を絶たなかった。その中には王族や権力者、そして王宮騎士や歴戦の勇者さえもいた。しかし、それらを彼女は躊躇なく半殺しにした(他の仲間にはそう見えた)。
 いまや彼女は伝説の冒険者であり魔道戦士でもある。例え、王都の軍が彼女を捕らえようとしても、一個師団以上は必要だろう。
 ルナリアはただの王女ではない。お人形のように、王宮で守られていたかつてエルフ王女とは違う。そこがルナリアの幸運でもあった。力で圧倒される弱い存在であった時代は、すでに遠い過去になっている。誰も彼女を力づくで奪うことなどできないのだ。


 宴が続き、日に日に増えていく誘いの手紙、しかも、一瞬の油断もできない。そんな王都にルナリアは耐えきれなくなってしまった。

“このままだと、わたし、最低の女になってしまう。”

 塞ぎこむエルフを見て「もう王都を出ようか」と提案したのは、最後まで一緒にいてくれた仲間たちだった。
 
「そうね。そうしましょ…。ここに居たって仕方ないもの…」
 数日間、泣いて、飲んで、暴れることも多くなった元王女は、いつまで経っても鳴り止まない婚礼の騒音、会いに来てくれない、会いにも行けない勇者を待つのが精神的に耐えきれなくなった。

 目の前の婚礼式は、彼女にとっては、もう”脅威”にしか感じらなくなっていた。彼女には王が、姫と勇者の婚礼を、自分の当てつけにさせている…、王女を王都から追い出そうとしているとしか、思えなかった。

「ルナ…、行こう。ここに居ちゃ、お前が壊れちまう」

 失意のルナリアは、終わりなく続く婚約の宴の中を、最後まで戦った仲間のドワーフとホビットに付き添われて、王都を離れることにした。最後に王宮の白い塔を振り返りながら「必ず、奪い返すわ…」そう呟いた。

 それは彼女の本当の心からの決心だった。

 その小さな言葉を聞いたドワーフは、ホビットと目を合わし、互いに頷いていた。


 王はエルフの王女が王都を去ったことを、もちろん知っていた。そうさせたのだからだ。”王女を殺せ!”と王が命令したのかどうかはわからない。しかし、ルナリアの後を追ったアサシンたちが、誰ひとり、還ってくることはなかった。彼らは闇のような存在であったが、その終わり方も、やはり闇のように人知れず朽ち果てていたのである。
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